Alle Kapitel von 血月の誓い 〜生贄の一族と吸血鬼の花嫁〜: Kapitel 31 – Kapitel 33

33 Kapitel

第31話 偽りの再会

 社へ足を踏み入れた瞬間、篝は息を止めた。 前に来たときと同じはずの場所なのに、空気の質が違う。 赤い布、揺れる灯火、壁を埋める札、床板に染み込んだ古い匂い――どれも見覚えがあるのに、今夜はそれらが妙に整いすぎて見えた。 まるで誰かのために、丁寧に舞台が用意されたみたいに。 ――その中央に、灯はいた。 花嫁衣装をまとい、祭壇の前に静かに座している。 白い衣は灯火を受けて薄く紅を溶かし、黒い髪が肩口に滑り落ちていた。 指先は膝の上で綺麗に重ねられ、背筋はすっと伸びている。 その姿だけ見れば、ひどく整っていて、ひどく穏やかだった。 穏やかすぎて、逆におかしい。「……灯」 篝の声が、思ったより小さく出た。 胸の奥で心臓が痛いほど脈打つ。 ようやく会えたはずなのに、喜びより先に背筋へ冷たいものが走っていた。 灯はゆっくりと顔を上げる。 その動作には、前に見たようなぎこちなさがなかった。 まるで夢の底から引き上げられかけているような危うさもない。 ただ静かに、滑らかに、篝の方へ視線を向ける。 そして――微笑んだ。「――篝お姉ちゃん」 その呼び方に、篝の足が止まる。 懐かしい声。 懐かしいはずなのに、どこか薄い膜を一枚挟んで聞いているような違和感がある。 抑揚はある、ちゃんと灯の声だ。 けれど、そこに灯そのものの熱がない。 まるでよくできた人形が、覚えた台詞を綺麗に口にしたみたいだった。 灯は小さく首を傾げる。「来てくれたんだね」「……灯」「うれしい」 笑顔は柔らかい。 だが、その柔らかさが篝にはひどく不気味に思えた。 灯はこんなふうに静かに笑う子ではない。 もっと無遠慮で、もっと感情が顔に出る。 嬉しいなら嬉しいで、駆け寄ってきて腕にしがみつくくらいの子だ。 今、目の
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第32話 檻の中

 笑い声が、社の奥でひどく静かに響いた。 それを合図にしたように、空気が変わる。「……っ!」 篝が聖刀へ手をかけた瞬間、床に貼られた札が一斉に赤く燃え上がった。 火ではない――けれど火に似たものが走り、畳の上に複雑な紋を描く。 社全体が生き物のように脈打ち、壁も床も、天井から垂れた布も全てが一斉に篝へ牙を剥いた。「篝っ!」 結城の叫びが飛ぶ。 宮守が札を投げるが、白い紙片は途中で見えない壁に弾かれ、空中で焼け落ちた。 これは、結界だ。 しかも前とは比べものにならないほど濃い。 篝は反射的に灯へ駆け寄ろうとした。だが足元から黒い靄が這い上がり、足首へ絡みつく。 冷たくぬめるような感触に全身が総毛立つ。 振り払おうと身を捩ったその瞬間、背後から伸びてきた腕に腰を強く引かれた。「――捕まえた」 耳元で落ちた声に、心臓がひやりと縮む。 影月が、こちらに目を向けていた。 気配もなく背後へ回り込まれていた。 篝が振り返るより早く、影月の腕は完全に篝を囲い込み、逃げ道を塞ぐ。 乱暴に締め上げるわけではない。 けれど、一度捕らえたものを二度と離すつもりはないという静かな強さが骨の奥まで食い込んでくる。「放せッ!」「嫌だ」 低く囁く声は、奇妙なほど穏やかだった。 それが余計に恐ろしい。 社の奥で、紅月が楽しげに笑う気配がする。 灯は祭壇の前で揺れるみたいに座ったまま、こちらを見ていた。 さっきまで見せていた柔らかな笑みは薄れ、代わりに苦しげな揺らぎが瞳の奥に浮かんでいる。「篝!くそ、離れろ!」 結城が結界へ体当たりする。 鈍い音とともに弾き返され、地面へ膝をつく。 宮守も即座に札を打ち込むが、今度は社全体がそれを拒むように低く唸った。「駄目だ、分断された……!」 宮守の声が苦く沈
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第33話 甘い牢獄

 結城の叫びは、ほとんど悲鳴だった。「篝ッ!!」 その声が、深い水の底へ沈みかけていた意識を強引に引きずり上げる。 篝の指先は影月へ伸びかけたまま空中で止まり、次の瞬間、はっと我に返った。「……っ、あ……」 息が乱れる。 胸の奥まで這い上がってきていた黒い紋様が、まだ熱を持ったまま脈打っている。 痛みは消えない――むしろ意識が戻ったことで、余計にはっきりした。 肩から胸元へ、皮膚の下を何かがじわじわと侵していくような不快感。 篝は反射的にその腕を押さえた。 影月の目が、わずかに細まる。 その表情の変化はほんのわずかだった。 だが、篝にははっきりわかった。 間違いなく苛立っている。 自分へではなく、あの声を飛ばした結城へ向けて、底の深い苛立ちが滲んでいる。「……また、あの男か」 低く吐き捨てるような声。 さっきまで篝へ向けていた甘さが、ほんの一瞬だけ剥がれた。 赤い瞳の奥で、獣めいた不機嫌が鋭く光る。 外では、結城がなおも何か叫んでいた。 結界越しで言葉は途切れ途切れにしか届かない。 それでも、篝の名を呼び続けていることだけはわかる。 宮守も札を打ち込み続けているのだろう。 社全体が低く軋み、赤布が揺れ、見えない力同士がぶつかり合う気配がしていた。「篝に触れるなと言ったはずだ」 影月が静かに呟く。 それは結城へ向けた言葉でありながら、同時に篝の耳元へ落とされた呪いみたいでもあった。 篝は苦しげに呼吸を整えようとする。 正気へ戻った、戻ったはずだ。 なのに、身体の奥へ入り込んだ熱と痺れは消えない。 影月の声も、さっきよりさらに深く残っている。 夢の残響なんかではない。今この場で直接、意識の内側へ流し込まれている。 影月は再び篝へ視線を戻した。 先ほどの苛立ちは、すでに表面から消えている。 穏やかですらある――だが、その静けさがかえって恐ろしかった。「……まだ、折れないか」「誰が……」「そう言いながら、さっきは手を伸ばしただろう?」 その一言が、篝の喉を締めつけた。 否定したい。 したいのに、指先がほんの一瞬でも影月へ向いた事実が、声を奪う。「違う……!」「違わないぞ?」 影月は篝の顎へ指を添える。 冷たい。 冷たいのに、その冷たさが火照った皮膚へ触れた途端、身体の奥の痛みがわずか
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