Alle Kapitel von 血月の誓い 〜生贄の一族と吸血鬼の花嫁〜: Kapitel 21 – Kapitel 30

33 Kapitel

第21話 夢の奥の声

 朝になっても、篝の胸の奥にまとわりついた嫌な感覚は消えなかった。 宮守の隠れ家の外では、弱い朝日が木々の隙間から差し込んでいる。 昼の間は少なくともあの双子は表立って動けない――そう頭では理解しているのに、心は少しも休まらない。 むしろ、光の中にいるからこそ夜の記憶だけが輪郭を持って鮮明になる気さえした。 そして、影月の声が頭から離れなかった。 ――俺のところへ来い。 ――そうすれば、お前はもう失わなくていい。 あれは夢だったはずだ。 実際には何も起きていない。 ただ疲れ切った頭が見せた悪夢にすぎない。 そう言い聞かせても、その囁きは耳の奥に棘みたいに残り続けていた。 消そうとすればするほど、余計にはっきりと思い出される。 篝は小屋の外に出て、井戸端に置かれた桶の水で顔を洗った。 冷たい水が頬を打つ。 少しでも頭をすっきりさせたかった。 けれど、水を拭う指先が触れた頬に、あの冷たい手の記憶が重なる。「……っ」 思わず手を離す。 水滴がぽたりと地面へ落ちた。 灯を助けたい。 その気持ちは本物だ。 あの子を置いてくるわけにはいかない。 今この瞬間も、紅月のそばに置かれて、どんな顔をしているのかわからない灯を思うと胸の奥が焼けるように痛む。 なのに、その痛みの裏側で、もうひとつの声が囁く。 ――もう苦しまなくていい。 ――お前は張り詰めすぎている。 篝は歯を食いしばった。「違う」 小さく呟いても、誰に向けた否定なのか自分でもわからなかった。 影月の言葉を否定したいのか、それとも、あの一瞬ほんの少しだけ安堵しかけた自分を否定したいのか。 背後で戸が軋み、結城が顔を出した。「篝?起きてたのか」 いつもの結城なら、もっと軽い調子で声をかけてきただろう。 だが今の声は低く、慎重だった。 まるで篝の様子
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第22話 香奈子の遺品

 昼の光が森の奥へ差し込むにつれて、空気は少しずつ白んでいった。 それでも、宮守に連れられて進む先はどこまでも薄暗かった。 木々の枝葉が幾重にも重なり、日差しを拒むように空を覆っている。 踏みしめる落ち葉は湿り、足元から立ちのぼる土の匂いが妙に重い。 篝は黙ったまま歩いていた。 昨夜、腕に浮かんだ黒い紋様の感触がまだ皮膚の奥に残っている気がする。 夢の中で聞いた影月の声も、完全には消えていなかった。 考えないようにすればするほど灯の顔と一緒に何度も頭の中へ浮かんでくる。 結城はそんな篝の少し後ろを歩いていた。 何度か声をかけかけては、結局やめる。 何を言っても、今の篝の胸の奥までは届かない気がしていた。 それでも隣にいなければならないと思っている。 そうでもしなければ自分は本当に何もできないまま終わってしまう気がした。 ――やがて宮守が足を止めた。「ここだ」 木立の奥に、ひっそりと社があった。 小さい――血月村で見たあの禍々しい社と比べれば、あまりにも慎ましく、あまりにも古い。 屋根は苔むし、柱は痩せ細り、今にも崩れそうなほど頼りない。 だが、その場には妙な静けさがあった。 恐ろしさとは少し違う、長く忘れられてきたものだけが持つ沈黙だった。「……ここは?」 結城が小さく問う。 宮守は社を見上げたまま答えた。「香奈子の遺品を隠してある」 篝の胸が、ひやりと冷えた。 香奈子――宮守の娘。 そして花嫁に選ばれ、戻ってこなかった女性。 宮守がその名を口にする時、いつもわずかに声の底が沈む。 その重さを、篝はもう知っていた。 宮守は軋む扉を押し開け、中へ入る。 篝と結城もあとに続いた。 社の中は狭く、埃っぽい。 壁際には木箱や古い布包みがいくつも積まれていた。 小さな祭壇の前には、色褪せた簪と櫛、ひびの入った手鏡、
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第23話 血月村の始まり

 社を出たあとも、篝の胸には香奈子の帳面に残されていた文字が重く沈んでいた。 あれは記録であると同時に、警告でもあったのだと理解した。 正気を保ったまま花嫁に選ばれ、少しずつ削られ、最後には自分が誰かも曖昧になっていく。 その過程があまりにも生々しくて、頁を閉じたあとも指先に冷たい感触が残っている気がした。 森の奥へ戻る途中、宮守は一度も振り返らなかった。 結城もまた黙ってついてきている。 枯葉を踏む音だけが、妙に大きく響いた。 昼のはずなのに空は薄曇りで、木々の隙間から落ちる光は白く、頼りない。 やがて隠れ家へ戻ると、宮守は囲炉裏のそばへ腰を下ろした。 火は落としてある。 灰の中にかすかな熱だけが残っており、篝と結城も向かいへ座る。誰もすぐには口を開かなかった。 沈黙を破ったのは、宮守だった。「お前たちには、まだ話しておくべきことがある」 その声音は低く、平坦だった。 だが、そこに含まれた重さだけははっきりと伝わる。「この村の始まりについてだ」 篝は顔を上げた。 結城も眉を寄せて宮守を見る。「始まり……って、あの双子が現れてからじゃないんですか」 結城の問いに、宮守はゆっくり首を振った。「違う。影月と紅月は、突然この村へ現れたわけではない。もっと古い時代からこの土地に結びついていた存在だ」 篝は思わず息を呑んだ。 あの双子は、どこかから流れてきた化け物ではなかったのか。 宮守は、遠いものを見るように目を細める。「この土地には昔から、山の神とも、夜の主とも呼ばれるものがいた。名は時代ごとに違う。だが、どの記録にも【血を求めるもの】、【月の夜に目覚めるもの】として残っている。影月と紅月はその系譜の果てにある」 囲炉裏の灰が、わずかに崩れる。 その小さな音にさえ、篝は肩を揺らした。「最初は祟りを鎮めるためだった。飢えたものへ血を供えれば、村は災いを免れる――そう信じられていた
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第24話 灯の記憶

 その夜、篝はひとりで外へ出た。 宮守の隠れ家から少し離れた林の縁には、細い月の光がひっそりと落ちている。 昼間のうちは曖昧に押し込めていられた考えも、夜になると輪郭を持って浮かび上がってくる。 木々のあいだから吹き込む風は冷たく、湿った土の匂いがする。 けれど篝の胸の内側には、それよりもっと重く、逃げ場のないものが沈んでいた。 灯のことを考えない時間など、もうなかった。 今ごろ、あの子はどこにいるのだろう。 紅月のそばで、花嫁衣装のまま、あの虚ろな目をしているのだろうか。 それともほんの一瞬だけでも、篝のことを思い出しているのだろうか。「……灯」 名前を口にするだけで、胸の奥が痛んだ。 篝は近くの切り株に腰を下ろし、膝の上で手を組んだ。 掌にはうっすらと爪の跡が残っている。 いつの間にか、強く握りしめていたらしい。 気を抜けばすぐ、灯を置いてきた時の光景が蘇る。 呼びかければ応えそうだった声。 ほんの一瞬だけ戻った瞳。なのに、最後には届かなかった。 目を閉じると、別の記憶が浮かぶ。 もっとずっと昔の、まだ何も知らなかった頃の灯だ。 幼い頃から、灯はよく篝のあとをついて回った。 家の中でも、学校でも、買い物に出た先でも、少しでも目を離すと気がつけばすぐ隣にいた。『篝ー、待ってよぉ』『なんでそんなに歩くの速いのー?』『ねえ、一緒に帰ろ?』 高くて、よく通る声。 いつも明るくて、遠慮がなくて、少しもうるさかった。 剣道の練習から帰れば真っ先に抱きついてきて、汗臭いからやめろと叱れば、灯はけろりと笑って「篝の匂いだから平気」と意味のわからないことを言った。 学校でも、友達より先に篝の隣へ来ようとした。 誰かが篝に話しかけていれば、灯は気づけばその輪の中に入り込んでいた。 鬱陶しかった。 本当に、何度そう思ったかわからない。 少しはひとりでいろ。
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第25話 紅月の訪れ

 昼の光は弱かった。 木々の隙間から落ちてくるそれは薄く白んでいて、森の奥へ届く頃にはほとんど色を失っている。 宮守の隠れ家の周囲だけが、かろうじて昼であることを思い出させていた。 夜の間に張りつめていた空気も、今は少しだけ緩んでいる。 けれど篝の胸の内は、少しも落ち着いてはいなかった。 灯の腕に浮かんだ紋様。 自分の肌にまで現れ始めた黒い線。 そして耳元へ残る影月の声。 考えることが増えるたびに一つのことしか考えられなくなっていく。 灯を助けなければならない。それだけだった。 隠れ家の前で、結城が手斧を握る練習をしている。 動きはぎこちなく、本人も自分が不器用だとわかっている顔をしていた。 宮守は少し離れた場所で札を整えている。 昼のうちにできる準備は限られているが、それでも何もしないよりはましだった。「……そんな持ち方じゃ、自分の足を割るぞ」 篝が思わず言うと、結城はむっとした顔で振り返った。「お前な、傷ついてるくせに一言多いんだよ」「事実だろ」「今は優しさってものを覚えろ」「お前に教える時間があるなら、私がやる」「そこを何とか教えてくれって言ってんの!」 噛みつくように返しながらも、結城の目にはわずかな安堵があった。 篝がこうして口を返すだけでも、少しは普段に近いように思えたのだろう。 だが、その軽口の空気は長く続かなかった。 ふ、と風が止む。 それまでかすかに揺れていた木の葉が、何かに耳を澄ませるみたいにぴたりと静まった。 結城が眉をひそめ、宮守も手を止める。 次の瞬間、くすりと笑う声がした。「――仲がいいねぇ」 声は頭上から落ちてきた。 篝が即座に顔を上げる。 木の枝の上に、白い影が腰かけていた。 陽の下でもなお青白い肌、雪みたいな髪、楽しそうに細められた目――紅月が姿を見せたのだ「&h
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第26話 初めての拒絶

 その夜、篝はひとりで外に出ていた。 宮守の隠れ家の周囲は、昼間よりもさらに静かだった。 夜の森は音を飲み込む。遠くで虫が鳴いていても、それさえ深い闇の底へ沈んでいくみたいに頼りない。 木々の隙間から差し込む月明かりは薄く、地面に落ちた影ばかりが濃い。 篝は社の方角を見ていた。 ――今ごろ灯はどうしているのか?  昼間、紅月が笑いながら言った言葉が頭から離れない。 灯はまだ自分を覚えている。だからこそ壊れきっていない。 そう信じたいのに、その【まだ】が、逆に時間の猶予のなさを突きつけてもいた。 胸の奥がざわつく。 聖刀の柄に触れる指先にも、力が入った。 ――その時だった。「――そんな顔をするな」 低い声が、すぐ耳元で響いた。「……っ!」 篝は反射的に振り向いた。 だが、そこには誰もいない。 森は暗く、木立の影が静かに揺れているだけだ。 なのに、声は確かに聞こえた。「誰だ」 吐き出すように言った瞬間、背後の空気が変わる。 ひやりと、肌にまとわりつくような冷たさ。 夜気よりももっと質の悪い冷気が、首筋を撫でた。「俺だよ、篝」 今度は目の前に、影月が立っていた。 まるで最初からそこにいたかのように、音も気配もなく。 黒い衣が闇と溶け合い、その赤い瞳だけが妙に鮮やかだった。 昼の間、姿を見せなかったせいか余計にその存在感が異質に思える。 月のない夜そのものが、人の形をとって立っているようだった。 篝は一歩、後ろへ退く。 だが影月は追い詰めるような動きはしなかった。 距離を保ったまま、ただ静かにこちらを見つめている。「安心しろ。今夜は、無理に連れて行くつもりはない」 その言い方が、ひどく気味が悪い。 まるで優しさを示しているつもりなのだろう。 けれど、その【無理に】という
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第27話 結城の決意

 翌朝、篝が目を覚ました時にはすでに結城の姿は小屋の外にあった。 戸口の隙間から差し込む朝の光は弱く、森の底に溜まった冷気を押しのけるほどの力はない。 けれど、それでも夜の名残を少しだけ薄めてくれる。 篝は重い身体を起こし、昨日の夜に影月と交わした言葉を思い出しながら無意識に唇を噛んだ。 頭の奥にはまだ、あの赤い瞳と、静かに歪んだ笑みが残っている。 気を抜けば、今にも耳元で囁かれそうだった。 篝はそれを振り払うように息を吐き、外へ出た。 小屋の前では、結城が札を束ねる宮守のそばで何やら話し込んでいた。 篝が出てきた気配に気づくと、結城はすぐに顔を上げる。 その表情には、いつもの気安さとは少し違う緊張があった。「起きたか?」「……何してるんだ?」「作戦会議」 結城は言ってから、自分でもその言い方が妙だったのか、少しだけ口元を引きつらせた。 篝は眉をひそめる。「また勝手に何か決めるつもりか、蓮?」「勝手じゃないよ!今度はちゃんと、お前にも言うから」 その言い方に、篝は嫌な予感を覚えた。 結城は一歩、篝の方へ近づく。 朝の光の下では、昨日まで見えていなかった疲労がよくわかる。 目の下には薄く隈があり、唇の色もよくない。 なのに、その目だけはまっすぐだった。「俺も行く」 篝は無言のまま結城を見る。 結城は視線を逸らさなかった。「最後まで一緒に行く」 その言葉は、意外なくらい静かだった。 無理に気負っている感じも、勢いで言っている感じもない。 ずっと考えて、何度も迷って、それでもここに立っている者。 篝はゆっくりと首を振る。「駄目だ」「またそれか」「またでも何でも、駄目なものは駄目なんだ、蓮」 声が少し強くなる。 それでも結城は食い下がらなかった。「危険なんだよ。わかってるだろ」
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第28話 条件

 夕暮れは、森の輪郭を少しずつ曖昧にしていく。 昼のあいだに進められる準備は、もうほとんど残っていない。 宮守の札と、結城の手に馴染ませた縄と刃物、隠れ家の周囲の確認、退路の確認。 ひとつひとつは小さな作業でも、どれも夜を越えるためには欠かせないものだった。 だが、そのどれよりも重いものが、今は篝の膝の上にあった。 ――黒い鞘に収まったままの聖刀。 抜こうとしても抜けない。 柄に触れるたび、刃の重みだけは手のひらへ伝わってくるのに、肝心の刀身はまるで拒むみたいに沈黙したままだ。 篝は火の落ちた囲炉裏のそばで、その刀をじっと見つめていた。 宮守は向かいに座り、結城は少し離れた壁際で札を束ねている。 外では風が木々を揺らし、葉擦れの音が絶えず鳴っていた。「……やっぱり、抜けない」 篝が低く呟くと、宮守はわずかに目を細めた。「力を込めれば抜ける、というものではない」「ああ、それは何度も聞いた」「なら、まだ理解しておらんのだろう?」 宮守の言葉は淡々とした言い方だった。 篝は眉を寄せ、刀の柄を握り直す。「理解って何だ……灯を助けたい気持ちは本物だぞ?」「それだけでは足りん」 宮守の声は低く、揺るがなかった。「その刀は吸血鬼を斬れる。だが、ただ強く願うだけでは抜けない。怒りでも、憎しみでも、焦りでも駄目だ。もっと深いところへ届かねばならん」 篝は顔を上げる。 結城も手を止めて、宮守の言葉に耳を傾けていた。「もっと深いところって」「本当に【手放せないもの】と向き合い、それでも斬る覚悟を決めた時だ」 その一言が、小屋の薄暗い空気に重く沈んだ。 そしてその言葉を聞いた篝はすぐには返せなかった。 本当に手放せないもの。 そんなもの、考えるまでもない。 灯だ――ずっとそう思っていた。 灯を助けるためなら何
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第29話 花嫁の部屋

 灯は、長い夢を見ているような気がしていた。 目を開けているはずなのに、何もかもが薄い膜を隔てた向こう側にある。 揺れる灯火も、畳に落ちる影も、遠くから聞こえる水音も、どれも少しだけ現実感がない。 身体は重く、指先ひとつ動かすにも、深い水の底でもがくみたいな鈍さがあった。 ――紅い。 部屋の中のものは、どれもひどく紅く見える。 壁にかかる布も、灯籠の火も、漆塗りの小箱も、目を凝らすたびに血の色を滲ませる。 白いはずの自分の袖口でさえ、灯の目にはどこか薄く染まって見えた。 花嫁衣装だと、誰かが言っていた気がする。 その言葉を聞いたとき、灯は最初、それが自分のことだとは思わなかった。 誰か別の、もっと遠いところにいる知らない娘の話をしているみたいだった。「灯」 柔らかな声が、耳元に落ちる。 灯はゆっくりと顔を上げた。 紅月がそこにいた。 白い髪、白い肌、そしてよく笑う口元。 見た目だけなら綺麗な人だと思う。 怖い顔をしているわけでもない。 怒鳴ったり、乱暴に掴んだりもしない。 寧ろ、最初からずっと優しかった。 気分が悪そうにしていれば水を飲ませ、髪が乱れれば指先で丁寧に梳き、眠そうにしていれば肩へ寄りかからせてくれる。 だからこそ、その優しさが怖かった。「また、そんな顔してるね」 紅月はくすりと笑った。 その指が、灯の頬へ触れる。 冷たい――ひどく優しい手つきなのに、その冷たさだけはどうしても慣れなかった。「怖い?」「……」 答えようとしても、うまく声が出ない。 灯は小さく唇を動かすだけで、すぐに力が抜けてしまう。 紅月はそれを責めない。 ただ、よしよしと宥めるみたいに髪を撫でる。「大丈夫だよ。怖がらなくていい」「……こわ、い」「うん。でも、すぐに慣れる」 
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第30話 再突入

 夜は、まるで最初から待っていたみたいに森へ降りてくる。 日が落ちるのを待っていたのではない。 寧ろ陽が沈んだ瞬間から、こちらがようやくあちらの時間へ足を踏み入れるのだと気づかされるような夜だった。 木々の隙間に沈んだ闇は深く、風さえどこか湿り気を帯びている。 宮守の隠れ家を出た時、篝は無意識に一度だけ背後を振り返った。 戻る場所を確かめたかったのか、それとも、今夜を越えられない予感を振り払いたかったのか、自分でもわからなかった。「行くぞ」 宮守の低い声が、夜気を裂く。 篝は短く息を吸い、頷いた。 隣では結城が黙って歩調を合わせる。 腰には札と縄、簡素な刃物。 戦う力は篝ほどない。 それでも、今夜ここへいるという意思だけは、誰よりも固かった。 三人は森の奥へ進んだ。 足元の落ち葉は湿り、踏むたびに鈍い音を返す。 前回、灯を取り戻せなかった夜と同じ道のはずなのに、今夜の森はまるで別の場所みたいだった。 木々の影が濃い。 遠くで鳴く鳥の声も、途中で首を絞められたみたいに不自然に途切れる。 篝は聖刀を抱えるように持ちながら歩いていた。 鞘の中の刃は相変わらず沈黙している。 だが重みだけは確かだった。 灯を助けるために必要なもの。 双子を断ち切るために必要なもの。 そして、自分の中の何かとも向き合わなければ抜けないもの。 今夜の目的ははっきりしていた――灯を取り戻し、そして儀式そのものを壊す。 もう一度だけではない。今度こそ終わらせる。「――ここから先は、声を落とせ」 宮守が足を止めずに言う。 その手には、すでに数枚の札が挟まれていた。 白い紙は夜の中で妙に浮いて見える。「社の周りには前より濃い結界が張られているはずだ。私はそれを崩す」「俺は?」「篝の補助だ。それと、無理に前へ出るな……お前の役目は篝が踏み込む道を切らさぬことだ」「……わかった」 結城の返答は短い。 けれど、その声に怯えはあっても迷いはなかった。 篝は前を見たまま、指先へ少しだけ力を込める。 影月と向き合わなければならない、避けては通れない。 あの男はおそらく、今夜も篝を待っている。 拒絶されるたびに喜ぶような、あの壊れた執着を胸に抱えたまま。 思い出したくもないのに、夜になると影月の声はひどく近くなる。 ――俺のところへ来
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