私、栗原翠(くりはら みどり)は、黒崎豪(くろさき ごう)に夢中で、みっともないほど追いかけ回している女だということを、周りの人間はみんな知っていた。彼を追いかけ続けて13年間。栗原家の隠し子として生まれ、中学すらまともに出ていなかった私だったが、必死に勉強して名門大学で経済学の修士号を取り、ようやく彼の母親に認められて、黒崎家の嫁になることができた。しかし結婚後、私は豪の会社には関わらず、彼のために尽くすこともやめた。豪が初恋の井上睦月(いのうえ むつき)のために徹夜で企画書を作るなら、私は友人と世界旅行へ出かけたし、豪が睦月と海外のファッションショーへ行くというなら、私は自宅で猫の誕生日を祝った。この結婚に愛など介在しないこと、すべては私の身の程知らずな思い上がりだったと悟ったからだ。前世で豪が社内の揉め事に巻き込まれたとき、助けようとした私を、彼は眉をひそめて叱った。「でしゃばるな」胃を悪くした豪のため、胃に優しい料理を覚えたのに、彼はそれを残業する睦月に差し入れると、私にこう言った。「俺より睦月の方が大変なんだ」私が交通事故に遭ったその日、豪は睦月のために、花火を打ち上げていた。私が豪に縋り付いても、彼は見下ろすだけだった。「翠、お前との間に感情なんてものはないんだ」次に目を開けたとき……私は、彼との婚約披露宴の場に戻っていた。そして彼は、途中で席を立ち、失恋して落ち込んでいる睦月を慰めに行ってしまったところだった。私は追いかけず、参列者全員の前でマイクを握った。「皆様、大変申し訳ありません。この婚約は破棄させていただきます」マイクを台に戻すと、ゴンッという鈍い音が響いた。会場が一瞬にして静まり返る。数百人もの視線が私に集まっていた。驚愕、戸惑い、そして好奇の目。父は顔を真っ赤にし、壇上へ上がってくると唇を震わせながら、私にだけ聞こえるように言った。「翠、お前なんてことを!?」豪の母親である黒崎百合(くろさき ゆり)は、前世で私に陰湿ないじめをしていた女。そんな彼女の顔も、青ざめている。綺麗な顔を怒りで歪ませ、私を睨みつける様子は、今にも飛びかかってきそうだった。私は参列者の様子を、壇上から冷静に見つめる。前世では、この顔ぶれに散々笑いものにされ、冷たい視線を向けられてきた。
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