夫のクールで無口な秘書・雪村明日香(ゆきむら あすか)は、20億円もの大型M&A案件を取るため、食事もろくにとれないほど忙殺されていたという。そんな彼女に、夫は当たり前のような手つきで、エビの殻を3尾分剥いてやった。その光景を目にした私は、夫の前で弁護士に電話をかけた。「城戸(きど)先生、離婚協議書の作成をお願いします。離婚します」その大型M&A案件のために数日間一睡もしていなかった夫・西園寺洲弘(さいおんじ くにひろ)は、信じられないといった表情で私を見た。「たった3匹、明日香にエビを剥いてやっただけで離婚だなんて、本気か?」「ええ、本気よ」「美桜(みお)さん、女の人って、誰彼かまわず『マウント』を取らないと気が済まないんですか?」整った顔立ちの明日香がデスクの後ろから立ち上がった。清らかな瞳で私を射抜いた。「誰もが美桜さんみたいに愛だの恋だのと言っている暇はないんです。会社のみんなはこの大仕事のために必死なんです。一生懸命働いている人間に、これ以上嫌がらせをするのはやめていただけませんか?」社内の他の社員たちも、こちらの様子を窺いながら、ヒソヒソと囁き合った。「もう9人も秘書を追い出したのに、まだやるの?」「社長に甘やかされてるからって、調子に乗りすぎだよ。普通の男なら、とっくに愛想を尽かしてるって」「仕事の邪魔しかできない女はこれだから困る。こっちは命削って働いてるんだよ」「……」洲弘はそれを見て、私の腕を引いて外へ出ようとした。「外で話そう。限定品のバッグでも何でも、君が欲しいものは全部買ってやるから」私はその手を振り払い、椅子を引いて座り込んだ。「ここで話しましょう。もうすぐ城戸先生が離婚協議書を持ってくるわ。署名しなくちゃ」私の決意に、いつも温厚で紳士的な彼の目に怒りの色が宿った。「美桜、僕たちは結婚して8年だ。君の望むものは何でも与えてきたし、これまでの秘書を9人も辞めさせた時だって何も言わなかった。わがままも可愛いと思っていた。だが、離婚だと?君はそこまで冷酷な女だったのか?」彼は今にも崩れ落ちそうだった。洲弘は吸い込まれるような美しい目の持ち主だった。今、その瞳を赤く染め、溢れんばかりの情愛を込めて私をじっと見つめている。その痛々しくも切実な姿に、居合わせた人々は皆、胸を締め付けら
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