大晦日の夜、年越し蕎麦の香りが部屋いっぱいに漂っていた。私のおばあちゃん・白石澄江(しらいし すみえ)が古びた写真を持ってきた。端がすり切れるほど触られた一枚だ。「蒼はもうすぐ帰ってくるんじゃないかい?」言葉に詰まった。三年経っても、おばあちゃんはいつも忘れてしまう。弟の白石蒼(しらいし あお)はもうとっくにいない。骨壺を受け取りに行ったのは、私だった。そこへ、スマホが鳴った。その名前を見た瞬間、全身の血が凍りついた。「何か用?」向こうの声は嗄れていた。「もう三年だぞ。まだ怒ってるのか?俺と息子はずっとお前の帰りを待ってる、今、下にいる」私は窓際に近づいて、下を見た。大きな影と小さな影が並んで立っていた。電話の向こうで、息子が泣きそうな声で「ママ」と呼んだ。私は静かに答えた。「私たちはとっくに離婚した。息子も、私についてこないと言ったでしょう」言い終えて、電話を切った。私のおばあちゃんの手はひんやりと冷たくて、触れた瞬間はっとした。彼女が顔を近づけてきた。目に子供みたいな輝きがあった。「蒼が帰ってきたんじゃないかい、電話の音がしたよ、びっくりさせようとしてるんだろう?」胸を大きな手で握りしめられるように、心臓が痛んだ。私と蒼は幼い頃から母も父もいなかった。おばあちゃんが廃品回収をしながら二人を育ててくれた。おばあちゃんはいつも言っていた。「あんたたちが立派になったら、おばあちゃんも楽ができるよ」蒼が事故に遭ったあの日、こんなメッセージが届いた。【姉ちゃん、おばあちゃんに赤いウールのセーター買ったよ。きっと似合うと思う】その後にひとつの袋だけが私の元に届いた。中に入っていたのは、その赤いセーターだった。タグも外されていなかった。おばあちゃんがおかしくなり始めたのは、あの頃からだ。医者には彼女はショックが大きすぎてアルツハイマーになったと言われた。嫌なことを忘れられるなら、それでもいいかもしれない、と思った。「蒼は残業よ。大晦日に残業すると手当が出るって言ってたじゃない」おばあちゃんの手を自分の胸元に包み込んだ。おばあちゃんはゆっくりと頷いて、指先で無意識に私の袖口を引っ張っていた。「そうだね、蒼が新しい服を買ってくれるって言ってた
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