松崎家の長男――松崎怜也(まつざき れいや)は三十二歳の若さで亡くなってしまった。死因は突然の心筋梗塞。松崎家は、深い喪失の中に沈んだ。そして今日、葬儀のあとに会食の席が設けられていた。朝から空がどんよりと重く垂れ込め、夕方になるころ、とうとう雨が降り出した。屋敷の大広間では、もともと置かれていた家具がすべて運び出され、代わりに会食用のテーブルと椅子が搬入された。祭壇の前には花立やローソク立てなどが配置され、中央に飾られた遺影の中で、ブリティッシュススーツを着ている怜也は、穏やかな笑みを浮かべていた。室内に、花の香りと線香の煙が混ざり合って漂っている。その中を、松崎綾音(まつざき あやね)は朝から弔問客の対応に追われていた。今日訪れているのは、政財界の関係者ばかりだ。顔なじみもいれば、テレビでしか見たことのない人物もいる。外の雨は、いつの間にか細かくなっていた。そのとき、来客の一人がグラスを誤って倒し、綾音はすぐに駆け寄る。相手のシャツの胸元が濡れているのを確認すると、すぐ声をかけた。「少々お待ちください。替えのシャツをご用意しますね」男性は驚いたように顔を上げ、すぐに柔らかく笑った。「それは助かります。お願いします」「いえ」綾音は軽く頭を下げると、周囲を見回した。さっきまで近くにいたはずの夫、松崎尚弥(まつざき なおや)の姿が見当たらない。少し戸惑ったが、すぐに思い当たる。――仲の良かった兄が急に亡くなったんだ。きっと、どこかで気持ちの整理をしているのだろう。そう思いながら、綾音は足早に三階へ向かった。三階の廊下は、一階の喧騒が嘘のように静まり返っている。あらかじめ用意しておいた予備の衣類を取りに、三つ目の部屋の前まで来た、そのときだった。中から、押し殺した泣き声が聞こえてきた。綾音の胸が、きゅっと締めつけられる。義姉の松崎薫(まつさじ かおる)だった。夫を突然亡くした彼女は一人ぼっちになり、耐えきれずにここで泣いているのだろう。綾音はそっとドアに手を伸ばした。薫とは昔から仲が良かった。こんなときこそ、そばにいてあげるべきだと思った。だがそのとき、話し声が聞こえた。「尚弥……葬式が終わったあと、私はおばあさまの指示で海外へ送られるってこと、知ってた?怜也がいなくなった今、もう私
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