《妻を男と間違えた夫。正体を明かして離婚する》全部章節:第 11 章 - 第 20 章

25 章節

第11話

「どうして……どうして女なの?」穂花は最初、信じられないというように首を振り、「そんなはずない」と繰り返すことしかできなかった。しかし、いくら触れてみても、目の前の体は紛れもなく女性のものだった。あこがれの王子様が、実は女だったなんて……「すぐ結婚とか言うからじゃないの?相手が男か女かも見分けられないくせに」「女同士で結婚?笑わせてくれるわ。よっぽどのことして、誰かに復讐でもされてるんじゃないの?」夢が砕け散り、心がボロボロになった穂花は、膝から崩れ落ちて泣き崩れた。「かっちゃん!私を騙したのね……この嘘つき!私のすべてをめちゃくちゃにして!全部台無しよ!」「他人の家庭を壊さなければ……」明里は一語一句言い聞かせるように言う。「趣味も合うし、いい友人になれたはずだったね」醜い会話の録音が、会場に響き渡った。明里はスマホの画面を穂花に向けた。今、この結婚式の様子がリアルタイムで配信されている。画面には無数の嘲笑や罵詈雑言のコメント。「あなたが馬鹿にしていたのは、この私よ」明里は穂花に顔を近づけ、低い声で囁く。「私が正人の妻なの。それに今、10万人もの人があなたの『輝かしい功績』を聞いているわ。これであなたも有名人ね」「そんなはずない……」穂花は激しく首を振った。「あの女は取り柄もなくて、清水家にも捨てられて、正人さんにも愛想を尽かされているんだから……そんなはずない」しかし穂花は、レザーの手袋を外し、右手に残る火傷の痕を自分に見せつける、冷徹でいて凪のような瞳の明里と目があった瞬間――穂花はこの女の恐ろしさを肌で悟った。明里は夫の不貞を黙って耐えながら、着々と「愛人」を追い詰める準備をしていたのだ。自分はずっと、明里の手のひらの上で踊らされていた。口の中に血の味が広がる。穂花はそれを飲み込み、真っ赤に充血した目で叫んだ。「配信を切って!」穂花は傍らのグラスを叩き割り、破片を手に明里へ突進する。ガラスの鋭い破片が喉元へ迫ったその時――2本の腕が穂花の手首を強く締め上げた。「やめろ!」「正人さん……」積み重なった感情が一気に溢れ出した。昔のように正人の胸に飛び込んで甘えたい。しかし、正人は穂花を突き放した。「正人さん……全部この女が仕組んだの!私をハメて、皆の笑い者
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第12話

病室はしんと静まり返っていた。医療機器の微かな音だけが響く病室では、正人の深い溜め息をかき消すことはできなかった。正人は薬指をそっとなでた。そこはもう何もなくて、淡いリングの跡だけが残っている。それが正人を皮肉にも現実に引き戻した。自分と明里は、もう他人になってしまった。祐介にも調べてもらった。あの日、穂花を馬鹿にしていた女子大生たちはただの偶然で、誰かが呼んだわけではなかった。自分はまた、明里を誤解してしまっていた。それに、穂花が自傷騒ぎを起こした時、自分を見る明里の目はあまりに冷ややかで、まるで知らない人を見るようだった。明里はただ、静かにこう言っただけ。「人命に関わることだから、早く病院に連れて行ってあげて」「でも、俺はこいつのためにここへ来たんじゃない」正人は最後のチャンスを掴もうと、必死に言葉を絞り出した。「お前のためにきたんだよ。離婚したくない……愛しているんだ」しかし、明里は聞こえなかったかのように、話を続けた。「離婚届のことは父に任せてあるから。それに、父は商売人。いずれあなたにも見返りがあるはず。正人。心の中では踊りたいほど嬉しいんじゃないの?もういい人のふりなんかしなくていいんだよ」そのひと言は、正人にとっての死刑宣告だった。だが、正人は食い下がる。「半年前……お前が書斎に入ったから怒ったわけじゃない」唾を飲み込み、正人は続けた。「お前が、俺とお前のお父さんとのラインのやり取りを見て、俺たちがお前をただの商品だと思っているって誤解されるのが心配だったんだよ。ただ、お前のプライドを守りたかっただけなんだ。でもその時、穂花が事故にあって俺は動揺してしまった。それで冷静さを欠いていて……本当にごめん」「半年……」明里は視線を伏せ、わずかな動揺を隠す。「半年もあったのに、あなたは何も話してくれなかった。その間、どれだけ私より穂花を優先してきた?あなたの『善意』ってやつで、私は何回捨てられたか……あなたが一番よく分かってるはずだよね?あなたと私、元々生きる世界が違ったのよ」明里は顔を上げ、静かに言った。その静かさは、正人を不安にさせる。「私たちがこうなってしまったのだって、誤解のせいじゃない。ただ、縁がなかっただけ」正人はその場に立ち尽くした。驚くほど多くのやり直し
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第13話

かつて明里と過ごしていた家に足を踏み入れると、全てが元通りになっていた。しかし、正人は何かが足りないと感じた。それは階段の踊り場にあった、満面の笑みを浮かべるウェディングフォトが無くなっていたのだ。写真を撮られることに慣れていない二人は、プロのカメラマン相手にどうしても顔が強張ってしまい、カメラマンの必死のボケでやっと笑いが出た瞬間を収めた、いわゆる失敗作だった。それでも明里は、その写真をいたく気に入っていた。新婚後も、わざわざ階段に飾り、瞳を輝かせて言った。「この写真に名前をつけるとしたら、『不意打ちの愛』なんてのはどう?結構あってると思うんだけど」2階のクローゼットには、ほこりを被ったウェディングドレスがあるはずだった。結婚式の夜、明里が逃げ出した時に着ていたもので、後からしおらしく戻ってきた時には、裾に泥がこびりついていて、あわれさと愛おしさがこみ上げたことを覚えている。明里はそのウェディングドレスを見てよく言っていた。「これを見ると、あなたに一目惚れしたことを思い出すの」寝室のドレッサーの上には、見返しすぎて端がめくれたままの二人で未来への希望を書いたノートも置かれているはずだ。明里は思い出を大切にし、少々完璧主義だったので、毎晩、寝る前に必ず広げては、嬉しそうに呟いていた。「私って本当に幸せ者だよね!ようやく、神様が幸せをくれたのね……」走馬灯のように記憶が蘇り、正人の胸を突き刺した。生き生きした生活があったはずなのに、今ではしんと静まり返っている。すべては、自分のせいだ。結婚当初から性格が噛み合わないことは分かっていた。しかし、長い間共に過ごす中で、明里の強情な一面を見て、まるで自分など不要かのように思えてきたのだった。そこに、男特有のプライドの高さが災いし、明里を制御できないという焦りを感じた。だから、明里が自分を愛していると過信し、冷戦中でも自分からは決して折れず、彼女を屈服させようとした。しかし、半年に及ぶ冷戦状態の中、明里からの歩み寄りはなく、ただ幾度も突きつけられたのは離婚の話だった。それにひどくプライドを傷つけられたのだ。それからは、何をやっても裏目に出た。やり直すことができたなら……もし本当にやり直せるのなら、どんなにいいだろうか。グラスは空になって
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第14話

二宮家の邸宅は4階建てなのだが、なんと以前使用人の部屋だった場所が明里の部屋だったのだ。ベッドサイドに置かれた幼少期の写真以外、部屋にあるものはすべて男の子の部屋のようだった。服もゆったりとした服の中に、スカートが申し訳程度に1、2着混ざっているだけ。「明里様は普段から家事をしていますから、基本的にスカートは履かないんです」「家事を……」毎年冬になると、明里の手には必ずあかぎれができていたことを、正人は思い出す。かつて彼は冗談めかして言った。「小さい頃、冬に水遊びでもしすぎたのか?まさか家事のせいってわけじゃあるまいし」その時、明里の顔がこわばったことを、てっきり冗談がきつすぎたからだと思っていた。しかし、自分の無神経さが、明里の古傷を抉っていたとは。豪は正人の肩を叩き、揶揄するように言った。「嫁に行った女が家事や炊事をするのは当然のこと。正人、君は優しすぎるんだ」「それは明里じゃないです」「どう言う意味だ?」「明里は最初から家庭に縛られることを望んではいなかったんです」正人はテーブルに置かれていた、明里が使っていた古いコップを手に取った。「明里が求めていたのは、自由と自立でした」豪は理解できず、正人が感傷に浸っているのをただ見つめていた。その時、部屋の隅から小さな声が聞こえてきた。「明里様を愛しておいでなのですね……お願いします、明里様を助けてあげてください」廊下の突き当たりには隠し部屋があった。ドアを押し開けると、目に入ってきたのは数々の拷問道具だった。鞭、釘が打ち付けられた棒、鉄鎖。そして、折れた竹刀には、生々しい血痕が残っている。何も語らぬ拷問具から、今にも凄惨な叫び声が響いてきそうだった。「これは健太様が半月前、明里様を叩くために使った竹刀です……」年老いた使用人は声を震わせた。「旦那様たちは今も明里様を探しています。もし、見つかってしまったら、明里様はまた辛い目に……ここは明里様が罰を受ける場所なのです。明里様を見つける術があるなら、どうか……守ってやってください」正人の全身の血が凍りついた。「一人の女に対して……なぜ、これほどまでのことができるんだ?」明里の背中にある古い傷跡や、新しく増えていく何かで叩かれた跡……なぜ自分は、「遊んでたらちょっと怪我
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第15話

盛沢市から遠く離れた海鳴市で、明里は信頼できるメンバーを引き連れ、新しいスタジオを構えていた。正人が二宮家に容赦ない攻撃を仕掛けているというニュースは、数日間ずっと経済欄のトップを占めており、見たくなくても目に入ってしまう。「こいつのことすごい穏やかだって言ってなかったっけ?」陣内慎吾(じんない しんご)がスマホの画面を指さし、呆れ半分に笑った。「それにしても、随分と非情なやり方だよな。二宮家を完全に潰す気だろ」明里はスマホを置き、慎吾をちらりと見る。「陣内部長。他人のことより自分の仕事を考えたら?次の企画のアニメが面白くないって、視聴者から厳しい声が届いてるけど?」「分かってるって。まったく、もう」慎吾はわざとらしく目を見開き、買ってきたばかりのパンを明里のデスクに置いた。「これ、おまけでもらったやつ。やるよ。それじゃ、仕事しようっと」オフィスの扉が閉まった。それと同時に、明里の笑顔がふっと消える。穂花への復讐は、結婚式という場で行った。しかし、穂花が命を盾に正人に二択を迫ったとき、彼は結局、穂花を選んだ。正人が去っていく後ろ姿を見つめ、明里は声を押し殺して長い間泣いたのだった。周囲には、何にも動じない強い人間だと思われているのに。だが、正人への思いを断ち切ることは、死ぬほど辛かった。このところ、正人からの連絡は途絶えない。謝罪のライン、着信履歴、様々な手段で自分を探し回る姿……冷静沈着だったあの男が、別人になってしまったかのように自分に執着している。正人もまた、明里のせいで自分を見失ったのだ。しかし、二人の間にできてしまった深い溝は、もう二度と埋められない。「忘れることができないなら、全部なかったことにしよう」と明里は自分自身に言い聞かせるように呟いた。「人は前を向いて生きなきゃね」スマホをしまい、牛乳を一口飲むと、再び仕事に没頭した。……慣れない環境でも、一生懸命支えてくれるメンバーたちに感謝を示すべく、明里は飲み会を企画した。皆がアニメ好きということもあり、推しキャラのコスプレをして集まることにした。しかし、顔を合わせた途端、誰が誰かわからなくて大笑いした。明里は喧騒の中で一人過ごし、気づかないうちに酒が進んでしまった。「もう飲むな」酒を取り上げたのは慎吾
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第16話

「慎吾。酔った同僚たちを家に送ってもらえる?」明里は淡々とそう言った。「私、正人と二人で話すから」車のドアを開け、明里は正人の車に乗り込んだ。狭い車内では、息遣いまで手に取るように分かる。「一緒に帰るぞ」有無を言わせぬ口調に、抑えていた明里の感情が爆発した。「もう離婚したんだよ。その命令みたいな言い方、やめてくれる?」明里は正面を見据えながら、冷たく言う。「もう知ってると思うけど、離婚を仕組んだのは私。父を使って記入済みの離婚届を用意したのも私だし、あなたが役所へ行けないよう、人を手配したのも私。でも、後悔なんてしてないよ。だって私は、目的のためなら手段を選ばない女だからね」「愛してる」正人の呼吸が止まった気がした。その瞳には、深い痛みが渦巻いている。「何もかも俺が悪かったんだ。やり直すチャンスをくれないか?もう一度一緒に始めようよ」5年間の結婚生活で、正人は愛を言葉にすることが少なかった。しかし、離婚してからこの1ヶ月、もう二度も愛を伝えてきた。だが、もう遅いのだ。「本当に私のことを理解しているなら、もう二度と現れないで」明里は車のドアを開けた。「私たち、合わないの」しかし、手首を強く掴まれた。正人が明里を自分の方へと引き戻す。正人の吐息が肌をかすめた。「なんでそんな冷たいこと言うんだよ……心臓をえぐり出さなきゃ、俺の愛が見えないとでも言うのか?!」言葉が終わるよりも早く、唇が塞がれた。以前の穏やかなものとは違い、その口づけはすべてを奪い尽くそうとする侵略のようだった。外に出せない、憤りをそこに感じる。パシッ鋭いビンタの音が車内に響き渡った。正人の頬には赤い指跡が残り、唇からは血が滲んだ。明里は息を切らし、瞳を赤く潤ませながら言い放つ。「あなたも二宮家の人間と同じ。私をコントロールしたいだけ。そんなの愛じゃない!私が折れなきゃ、いつも無視して、穂花と私の間に立つときは、あなたは善人を装い私を捨てる。正人、あなたは誰にでも優しいフリをして、本当は誰よりも冷酷な人なの」明里は強引に手を振り払い、声を震わせた。「二度とつきまとわないで」……車が激しく閉まる音がした。明里の残り香が薄れ、唇の熱が冷めていく。だが、胸の奥の悔しさは燃え盛る一方だった。
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第17話

慎吾はただ正人に殴られに行ったわけではなく、ちゃんと音声を録音してきていたのだ。「清水のやつは今、世間の注目を浴びてピンチだ。これを切り札に話し合いができれば、あいつも妥協するはず」実は明里もそう考えていたのだが、慎吾に先を越されてしまった。二人の考えが奇跡的に一致したことには、驚かされた。「ありがとう。今回一番の立役者だよ。仕事が軌道に乗ったら、ボーナスを弾むから」「じゃあ、数日間だけ……ここに泊めてもらえないかな?」潤んだ瞳で口元から血を流す慎吾は、まるで行き場のない子犬のようだった。「ついてないことに、借りたばかりのマンションが上の階から浸水しちゃってさ。しばらく住めないんだ」明里は結局、怪我をした慎吾を突き放せなかった。この怪我人は翌朝、率先して明里に朝食を作ってくれた。「オムレツの味、どう?手を怪我してるから、ちょっと不格好だけど。それに、もし薄が味すぎたら……」「美味しいよ」明里はうつむいたまま、黙々と食べた。正人が初めて料理をしてくれた時も、オムレツだった。あの頃の正人はエプロンをして、キッチンでドタバタと騒ぎ、もう少しで火事になるところだった。10回失敗して、ようやく焼けたものを出してくれたのだった。「お前の食べたい味にはまだ少し足りないよな。次はもっと上手く作るから」その後も、正人は自分の好物をたくさん作ってくれ、自分もそれをよく食べた。いつからか正人が作る味が変わったのだが、彼はそれを頑なに認めようとはしなかった。「ずっと同じ味付けだよ。口が肥えたんじゃないか?」「しょっぱい?そんなことないだろ。もう一度食べてみて」食事から始まり、正人は徐々に自分を支配し、ぞんざいに扱うようになっていった。慎吾が作ったオムレツを食べ終えると、明里は昔の記憶を頭から追い出した。30分ほど車を走らせ、明里は正人の滞在するホテルへと向かい、取引をしようとした。しかし、正人に会う前、ホテルの入り口で顔色の悪い穂花と鉢合わせた。穂花が追いかけてくることは予想できたが、極力関わりたくはなかった。「安心して。仕事のことできただけだから」そう明里が言っても、穂花は殺気だった目で明里を睨みつけ、手を振り上げながら襲いかかってきた。「この卑怯者が!自分から誘い出そうなんて図々
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第18話

「たかがスタジオのために、自分の命を落としそうになるなんて。素直に謝れば済んだことなのに……」明里はまだ眠っていた。柔らかい日差しが彼女の顔を照らし、穏やかで善良な人形のように見せたが、その裏に隠れた鋭い牙を正人は知っている。正人は明里の眉目を見つめながら、胸を締め付けられる思いでいた。二人でこんなふうに落ち着いて過ごすのは、いつ以来だろう。「お前に冷たくしていたあの頃、俺だって同じように苦しかったんだ。だって、俺は聖人君子じゃない。感情もあれば、欲だってある。この壁を乗り越えることができなかったんだ。でも今は、すごく後悔している。だから今度こそ、お前に嫌われようが何されようが、ずっと離さないから」その途端、入り口の方から嘲るような声がした。「今さら後悔したって何の意味もないのに」冷徹なオーラを纏った慎吾が、悪びれる様子もなくベットの反対側へと座った。「結婚すれば女をコントロールできるとでも思っているのか?口ばかりの慈善家は、所詮その程度だったんだな」正人は鋭く相手の動向を伺い、警戒心を剥き出しにして睨む。「出ていけ、そうでなければ……」「それしかできないのか?」慎吾は鼻で笑った。正人を恐れる気配など微塵も感じさせない。「明里のこの事業がどれだけでかいものか、わかっているのか?昔、明里はあんたのために二宮家からの理不尽な要求をすべて飲んでいたんだ。二宮家の連中に暴力を振るわれていた時だって、あんたに知られるのが恥ずかしくて必死に隠していたんだぞ。明里は昔から誰かに大切にされたことなんてない。だから、刺を持って自分を守るしかなかった。卑屈になってしまうのも仕方がないことだったんだよ」慎吾の言葉は、ことごとく夫としての自分の無能さを突いてきた。正人は耐えきれず声を上げる。「いい加減にしろ!明里のことは俺が一番わかっているんだ」慎吾は滑稽だと思った。「じゃあ、明里が妊娠するために、死にかけたことは知っているか?」「なんだって?」正人は狼狽しながらも食い下がった。「明里はあまり子供が好きじゃない、それに……」「それがわかっていないって言ってんだよ。明里は繊細な人間だ。だから、あんたが親族の子供を可愛がり、周りの子供を望む空気も感じ取っていた。でも明里は、以前暴力を受けたせいで子宮が傷
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第19話

人気のない倉庫の中。竹刀がしなる音が空気を震わせる。病院着姿の明里は柱に縛り付けられ、傷口から流れ出る血で、体はどろどろに汚れていた。「へぇ、根性あるな。ここまでやって、一度も命乞いなしかよ」男は竹刀を放り出し、時計に目をやる。「切り上げるか。腕がだるくてたまらねえ。後は二宮社長が来るまで放置だ」「二宮社長」という言葉に、明里の意識が引き戻された。二宮家と縁を切った時点で、この事態は避けて通れないと気づく。全身の激痛に耐えながら、誰かが気づいて助けに来てくれないかと、心の中で祈るしかなかった。「ようやく起きたか?明里」頭上から響く健太の気味の悪い声。明里は顔を上げ、血の混じった唾を吐き捨てた。「何してくれんのよ!こんな卑怯なことしかできないなんてさ」「他のことができなくなって、俺は別に困らない」健太は明里の傷ついた髪をつかみ、強くねじり上げた。苦痛でゆがむ彼女の顔を見て、楽しそうに笑う。「男として生まれてきただけで、この二宮家では裕福な暮らしが保証されてるんだ。お前みたいに、運命に抗ったりはしない。見てみろ、その代償がこれだ。必死に二宮グループの仕事をして何になる?子供すら授かれずに離婚された、そんな無能な女に何ができるって言うんだ?家の事業を奪って逃げ出せば成功できるとでも思ってたのか?笑わせてくれるよ、お前は!」明里は皮肉な笑みを浮かべる。「それって、私を褒めてるの?全然、貶してるように聞こえないんだけど。てか、そもそも、あなたには何ができるのかしら?」「てめえ!」激怒した健太は明里の顔を殴り、満足するまで何度も何度も蹴り飛ばした。「大人しくお前の事業を渡せ。さもなければここから生きて出られると思うなよ。遺言書でも何でも書かせて、全部奪ってやる」笑えてくるほど惨めな状況だった。目の前の男は血を分けた身内でありながら、自分を殺してまで、必死に築き上げた事業を横取りしようとしてくる。「ふざけるのもいい加減にして」明里は笑いながら言い放った。「死んだって、一銭も渡さない。全額寄付するって遺言も残してあるんだから。二宮家には一切渡らないよ」「やっぱり最低のクズだな、お前は!腐ってやがる」健太は怒りのままに明里の首を締め上げた。「二宮家が潰れかかっているっていう
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第20話

「あら?結構しぶといのね?まだ死んでいなかったなんて」目の前に現れた穂花は、以前とは全くの別人だった。かつての穂花は清純で愛らしく、その裏に狡猾さを隠しても、それを人には見せなかったが、今は卑屈さと憎悪に塗り固められた痛々しい姿に変わっている。明里は嘲笑うように言った。「私と結婚できなかったからこんなことするなんて、本当に薄情な人だね」「そのことを言うのはやめて!」穂花は鋭いネイルを明里の顔に突き立て、奥歯を噛みしめた。「あんたが私を騙さなければ、私が笑いものになるようなこともならなかったし、いじめられることも、こんな泥沼のような生活を送ることもなかったのに!私はただ生まれた環境が悪かっただけ。見た目や頭の良さじゃ誰にも負けてない!それなのにあんたたちエリートは、わざわざ私を見下して……あんたなんか、地獄に落ちればいい」何も知らない第三者なら、穂花の凄惨な主張に思わず同情していただろう。しかし、明里は鼻でせせら笑った。「どんな理由があっても、人を傷つけていいことにはならないよ」「またそうやって!」穂花は神経を逆なでされたのか、泣き笑いながら、手近にあった棒を掴んで明里に叩きつけた。「あんたも正人さんも偽善者!どうして私が悪くて、あんたたちが正しいの?もう何も聞きたくない!」腹部に衝撃が走り、口の中に血の味が広がるのを感じたが、明里はそれをぐっと堪えた。「私を尾行して二宮家に私の居場所を教えたのは、私を殺すため?」「そうよ!正人さんはあんたのことしか頭にないし、二宮家だってあんたを恨んでる。どうせなら情報を売って、お互い得をしたほうがいいでしょ?」殺気立った穂花は、満足そうに何度も棒を振り下ろす。「この辺りはあんたが知らない場所。それに、正人さんは入院中。あんたがここで死んでも誰も助けに来れはしない。これで、やっと私と同じく惨めになるの」絶体絶命の中で、明里は慎吾がいてくれることに心からの安堵を覚えた。自分には、まだ支えてくれる存在がいる。ついに我慢の限界を迎えた慎吾が飛び出し、穂花を引きはがして明里を救い出した。「証拠はすべて撮ったぞ」「また罠を仕掛けて私を……」慎吾の登場で目論見が外れた穂花は、逃げ場を失い力なくへたり込んだ。「触らないで!この……」しかし、
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