All Chapters of 裁かれた罪と、真実の愛の夜明け: Chapter 11 - Chapter 20

27 Chapters

第11話

情事を終え、柊夜は瑠奈のベッドで上体を起こした。部屋の空気には、まだ情事の匂いが漂っていた。一糸まとわぬ姿の瑠奈が柊夜の背中にすがりつき、その瞳にはとろけるような色香が宿っていた。「柊夜……ここまで来たんだもの、今夜はこのまま泊まっていって……」だが、柊夜は突如として、ひどく興醒めしたような感覚に襲われた。長年待ち焦がれていた極上の料理を、いざ口にしてみたら「なんだ、こんなものか」と失望したような感覚。彼は狂おしいほど、凛音に会いたくなった。「一回だけだと約束したはずだ」柊夜は不快げに眉をひそめ、すがりつく瑠奈を冷たく突き放した。引き止める声にも耳を貸さず、足早に服を着て車に乗り込み、自宅へと車を走らせる。深夜の道を、赤信号をいくつも無視して猛スピードで駆け抜けた。柊夜は片手でネクタイを引きむしるようにして緩めた。胸の奥に、えも言われぬ苛立ちが込み上げる。これまでずっと自分を苛んでいた、あの胸を掻き毟るような不満や渇望――それらが、瑠奈と肉体を重ねた途端、嘘のように霧散してしまった。柊夜はようやく一つの残酷な真実に気がついた。自分は、瑠奈のことなど愛していなかった。ただ、不満だけだ。かつて瑠奈に「結婚式から逃げられた」という事実が。その不満が長い時間をかけて、身勝手な執着へと変貌していたに過ぎない。いざ手に入れてしまえば、その執着も消え失せ、後にはただドロドロとした嫌悪感だけが湧き上がってきた。柊夜はスマホに目をやった。凛音からの返信は未だにない。少し前、何度電話をかけても、彼女はすべて着信を拒否した。一時間前、凛音に投げつけたあの言葉を、彼は後悔し始めていた。だが、凛音が人を雇って瑠奈を拉致し、強姦しようとした挙句、自分の電話まで切ったのだ。だからこそ、腹立ち紛れにあんな言葉をぶつけてしまった。そうすることで道徳的な優位に立ち、自分が不貞を働いているという事実から目を逸らそうとしていたのだ。だが今なら、自分の本当の気持ちがはっきりと分かる。この数ヶ月の心の迷いなど、ただ男としてのつまらない自尊心が引き起こした、暴走に過ぎなかったのだと。最初から彼が愛していたのは、凛音ただ一人だった。明日になったら、瑠奈を警察署へ連れて行き、虚偽告訴を自白させよう。そうすれば
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第12話

つまり、凛音は俺と瑠奈が情熱的に絡み合う光景を、見ていたというのか?俺の凛音が、あの場面を目の当たりにした時、どれほどの痛みを味わったというのだ。柊夜は果てしない深海に突き落とされたように、全身の血液が凍りつくのを感じた。彼は震える手で、再び凛音に電話をかけようとした。だが、指先の震えが止まらず、何度試してもまともに操作すらできない。やっとの思いで発信しても、やはり電話は通じない。絶望に打ちひしがれる中、ふと柊夜の視線が一筋の赤に吸い寄せられた。彼は驚愕にその目を見開いた。テーブルの片隅に、血に染まったお守りが静かに横たわっていた。柊夜は獣のように飛びつき、震える両手でその血まみれのお守りを掬い上げた。布地に染み込んだ血痕はまだ生々しく、その持ち主がどれほど凄惨な目に遭ったかを物語っていた。お守りを握りしめる柊夜の脳裏に、あの光景がフラッシュバックする。麻袋の隙間から伸びた血まみれの手が、最後の力を振り絞るように、自分の服の裾にすがりついてきた感触。そして、あの手のひらに握られていたのが、このお守りだったのだ。同時に思い出した。あの時、袋の奥から微かに聞こえた、消え入りそうな助けを呼ぶ声を。「凛音!」柊夜は目が真っ赤に充血するほどの絶叫を上げ、同時に大量の鮮血を吐き出した。あの麻袋の中にいたのは、凛音だったのだ。俺が世界で一番愛し、指一本触れられるのさえ惜しいと大切にしていた、あの凛音が。なのに、俺は何をした?彼女の目の前で、瑠奈と口づけを交わした。助けを求めてすがりついてきた彼女の手を冷酷に振り払い、その細い手首を自らの革靴で踏みにじった。何度も、何度も棒を振り下ろし、彼女の骨をへし折ったのは、他でもない俺自身だった。俺は自分の手で、最愛の人を破滅させてしまった。お守りに染みついた血痕の一筋一筋が、自らの罪状を突きつけてくるようで、見つめるたびに呼吸が止まりそうになる。柊夜の瞳からは光が消え、絶望の深淵へと沈んでいった。心臓に鋭利な刃を真っ直ぐに突き立てられ、じわじわと生きたまま身を削がれるような責め苦が、彼を苛んでいた。凛音は完全に姿を消した。一夜にして、帝都のどこを探しても彼女の痕跡は見つからなかった。柊夜は狂乱したように、帝都中をひっくり返さんばかりに
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第13話

だが、拘置所で告げられたのは、「星野蒼真さんはすでに自ら罪を認め、懲役五年の実刑判決が下がりました」という無情な事実だった。柊夜の顔から一瞬にして血の気が引いた。彼は逃げ場を失った獣のように、たまらず背中を丸めて震え上がった。蒼真が罪を認めるはずがない。彼は明らかに瑠奈の虚偽告訴によって陥れられただけなのだから!分厚いアクリル板越しに、凛音が柊夜から離れて姿を消したことを知ると、蒼真は心底晴れやかな笑みを浮かべた。「柊夜。お前と瑠奈はもう二度と、俺を人質にして凛音を縛り付けることはできないんだよ!」柊夜の全身に、激しい戦慄が走った。自分自身でも気づいていなかった。まさか自分が、瑠奈と足並みを揃えるようにして、無意識のうちに凛音の弱みを握り、彼女を支配し続けていた。俺は誰よりも深く凛音を愛していたはずなのに。それなのに、どうして俺は彼女を少しずつ崖っぷちへと追い詰め、傷つけ、裏切るような真似をしてしまったのか!血走った目で、絶望に顔を歪める柊夜を見て、蒼真は口角を上げた。「柊夜、お前は一生かかっても、二度と凛音を見つけ出すことはできない!」柊夜の瞳から、最後の希望の光が完全に失われた。彼の世界が、音を立てて崩れ落ちていく。柊夜は魂が抜けたような有り様で、ふらふらと自宅へ戻った。家の中は、どこもかしこも凛音の気配で満ちていた。玄関には彼女のスリッパが元の場所にきちんと揃えられており、まるで彼女がただちょっと下へゴミを捨てに行っただけで、次の瞬間にはひょっこり戻ってきそうだった。壁には二人の仲睦まじい写真が飾られ、ソファにはお揃いのペアクッションが置かれている。凛音がまだそのソファに丸くうずくまり、自分の首に腕を回して甘えてきそうな錯覚に陥る。心臓を締め付けられるような激痛とともに、喉の奥まで熱く焼けるような痛みを感じた。柊夜は水を飲もうとグラスを手に取った。だがハッと気づく。彼が握っていたのは凛音のグラスであり、その縁にはまだ、彼女がつけた口紅の痕が微かに残っていた。この瞬間、柊夜の精神の糸がぷつりと切れた。堰を切ったように大粒の涙が溢れ出し、ポタポタと床に叩きつけられていく。彼は胸元を狂ったように掻きむしり、痛みに耐えかねて背中を深く折り曲げた。「凛音……俺が悪かった……許して
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第14話

凛音は、あの薔薇の花畑に隠されていた俺の特別な感情に、とっくに気づいていたのだ。俺と瑠奈が、表面上は冷たく嫌悪し合っているように見せかけて、その実、甘ったるい駆け引きを楽しんでいるという茶番劇を、彼女はすっかり看破していたのだ。凛音は、最初からすべてを知っていた。そして瑠奈は、俺の目の届かないところで、あの殊勝で気丈な態度を隠れ蓑にして、凛音をどれほど深く傷つけ、追い詰めてきたことか。映像の最後、凛音はどこかへ一本の電話をかけると、離婚届受理証明書、USBメモリ、そしてあのお守りをリビングのテーブルに置き、スーツケースを引いて二度と振り返ることなく去っていった。柊夜は、ビール瓶を握る指にギリッと力を込めた。彼は防犯カメラの映像を極限まで拡大し、彼女が入力した発信先の電話番号の羅列を凝視する。柊夜の心臓がドクンと跳ね、その顔にどす黒い殺気が満ちた。あいつだったのか!よりによって、あいつが凛音を連れ去ったというのか!柊夜は即座に部下へ電話をかけ、冷徹に命じた。「二つのことを調べ上げろ。一つ目は、星野純子の交通事故の真相、星野蒼真が自白した理由、そして瑠奈が拉致された事件の裏側と、ここ最近の彼女の全行動だ。もう一つ。ある男の居場所を特定しろ」電話を切った柊夜の瞳の奥に、冷徹な光が走った。五年だ。五年経っても、あの男はまだ凛音を諦めていなかったというのか。数日後。柊夜は家中に残された凛音の私物を、狂気じみた執着で一つ一つ丁寧に保管し始めていた。そうでもしなければ、彼女を想うたびに襲い来る、魂を引き裂かれるような激痛を和らげることができなかったからだ。だが、何気なく引き出しを開けた瞬間、そこに一枚の妊娠の診断書が横たわっているのを発見した。柊夜の呼吸が急激に荒くなり、心臓が早鐘のように激しく打ち始める。ある信じられない可能性が、彼の脳裏をよぎった。彼は震える手で、その診断書を取り上げた。そこには、凛音が妊娠一ヶ月であることが記されていた。しかも受診した日付は瑠奈が二人の家に火を放ち、彼が瑠奈を庇って公判を延期させた、まさにあの忌まわしい日だった。柊夜は弾かれたように立ち上がり、一瞬で目頭を赤くすると、突然狂ったように泣き笑いを始めた。俺の凛音に子供ができた!五年間も待ち望み、もう一
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第15話

海都。地価が跳ね上がる超一等地に、巨大なオフィスビルはそびえ立っていた。ビルに掲げられた「天音法律事務所」の文字が、陽光を受けて眩しく輝いている。巨大な全面ガラス張りの窓際で、凛音はデスクに向かい、この五年間における天音法律事務所の全資料と過去の案件記録に目を通していた。ノックの音が響き、ドアが開いた。橘響介(たちばな きょうすけ)だった。「仕事が忙しくても、ちゃんとご飯は食えよ」響介の顔立ちは、息を呑むほど端正だった。知的な目元とすらりと通った鼻筋、そして引き締まった薄い唇が絶妙な調和を保っている。その佇まいからは、長年組織の頂点に立つ者だけが纏う、静かな、だが逃れようのない威厳が滲み出ていた。彼は手に弁当箱を提げて入ってきた。淡いグレーのシャツの袖口をわずかに捲り上げており、そこからしなやかで大きな手が覗いている。彼が手際よく弁当箱を開け、中から料理を一つ一つ取り出してテーブルに並べていく。まずは、厚切り大根と若鶏の黄金出汁仕立て。面取りされた真っ白な大根と、口の中でほどけるほど柔らかく煮込まれた鶏肉。その表面には、彩りとして鮮やかなねぎが丁寧に散らされている。続いて、特選和牛と根菜の甘辛時雨煮。じっくりと時間をかけて炊き上げられた肉は、箸を当てるだけで崩れるほどに柔らかい。最後は、一粒一粒が真珠のように輝く炊き立ての白米と、口直しにぴったりの季節のお浸しが添えられていた。「ありがとうございます」立ち込める良い香りに、凛音は資料を閉じ、テーブルの前に座った。その顔には、微笑みが浮かんでいた。彼女が海都に来てから、すでに十日以上が経過していた。十日前の深夜、響介が彼女を帝都から密かに連れ出して以来、彼女は仕事に没頭し、この五年間で生じた弁護士としてのブランクを必死に埋めようとしていた。響介はシャツの袖を捲り上げると、厚切り大根と地鶏の黄金出汁仕立ての中に散らされたねぎを、一つ一つ丁寧に取り除き始めた。その手つきは、まるで最優先の重要案件でも処理するかのように真剣そのものだった。凛音の胸の奥が、ふっと温かくなった。響介はまだ覚えていてくれたのだ。彼女がこの一品を何よりも好んでいることを。特に、ねぎの風味は好きだが、ねぎそのものを食べるのは苦手だという厄介な好みを。五年前も、彼はいつも
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第16話

響介は、柊夜を八つ裂きにしたいほどの殺意を抱いていた。凛音は母の無念を晴らし、蒼真を獄中から救い出して身の潔白を証明しようとしていた。だが、柊夜の絶対的な縄張りである帝都において、彼女一人の力などあまりにも無力だった。だからこそ彼女は、至誠法律事務所、そして柊夜と互角に渡り合える力を持つ人間を求めたのだ。向こう五年間、無給で奉仕することを条件に、天音法律事務所の力を借りて柊夜と対決する道を選んだのである。響介がそれを断るはずなど、万に一つもあるわけがなかった。凛音が望むなら、彼は自分の持ちうるすべてを捧げても構わなかったのだ。今、ついにその時が来た。ずっと愛し続けた凛音が、自ら自分の元へやって来た。彼にもついに、堂々と彼女の隣に立つ資格が与えられたのだ。今度こそ、絶対に彼女を手放しはしない。一方、天音法律事務所のビルの真下。柊夜はそのビルを見上げながら、忌々しげに瞳を細めた。法曹界では、「南の天音、北の至誠」という言葉が囁かれている。だからこそ、凛音が天音法律事務所へ、それも響介の元へ戻ったという事実は、柊夜の心臓をギリッと締め付けた。凛音にすべての連絡先をブロックされていた彼は、別の番号から電話をかけ続け、こうして執拗にビルの前で待ち伏せている。行き交う人々は、その洗練された佇まいで沈黙を守る男を振り返り、彼が一体誰を待っているのかと好奇の視線を向けていた。ビルの上層階。巨大な全面ガラス張りの窓から下を見下ろし、響介は不快げに眉をひそめた。「警備員を呼んで、あいつを追い払わせようか?」すでに丸一日が経過している。このままでは凛音の仕事や精神状態に障る。全くいまいましい、執念深い男だ。凛音は静かに首を横に振った。「お気遣いありがとうございます。ですが……私とあの人との間には、いずれ必ず決着をつけなければならないんです」母の無念を晴らし、兄の身の潔白を証明する。彼女はどうしても、柊夜と真正面から対峙しなければならないのだから。凛音が階下へ向かうと、響介も守るようにその隣に寄り添った。ビルの前。凛音が響介と共に姿を現したのを見た瞬間、柊夜の指先が白くなるほどギリッと握り込まれた。彼は震える手で懐から妊娠診断書を取り出し、凛音の目の前へ差し出した。その目頭は赤く
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第17話

凛音は冷ややかな目で柊夜を見つめた。柊夜は瞬時に崩れ落ちるように背中を丸め、その唇を微かに震わせる。「凛音……どうすれば、俺を許してくれるんだ?」「永遠に許すことなんてないわ!」凛音の瞳の奥には憎悪の炎が宿り、射抜くような鋭い光を放っていた。「あなたと瑠奈が私や家族にしたこと……そのすべてを、一つ残らず報復してやる。柊夜、私たちはお互いが死ぬまで、この地獄は終わらない!」そう言い放つと、凛音はきびすを返し、ビルの中へと歩き出した。柊夜はすかさず前に出て引き止めようとしたが、響介がその前に立ちはだかった。「これ以上しつこく付きまとうのはやめてもらおう」柊夜は、凛音と響介が肩を並べて入っていくのをただ見送るしかなかった。両足が地面に釘付けにされたように、一歩も動かすことができない。心臓から息が詰まるような鈍痛が伝わってくる。まるで自らの手で切り裂いた傷口から、血が止めどなく流れ出ているような感覚だった。彼は力を込めて息を吸い込むと、凛音の背中へ向かって大声で叫んだ。「凛音、待っててくれ!俺は必ず償う!絶対に、お前に許してもらうからな!」上の階のオフィスに戻って初めて、響介は凛音の体がまだ微かに震えていることに気がついた。彼は白湯を一杯注ぐと、凛音の前に置き、ついでに暖房の温度を一度上げた。凛音がその温かいマグカップを両手で包み込むと、体は少しずつ温もりを取り戻していった。ここ数日、ようやく落ち着きを取り戻していた心が、柊夜の出現によって再び激しく波打っている。どうして忘れられるだろうか。母が卑劣な言いがかりをつけられ、病院で適切な治療も受けられないまま、自分の目の前で息を引き取っていったことを。兄が無実の罪で投獄され、自分を守るために自ら罪を被り、最後に浮かべたあの生きる希望を失った絶望の表情を。そして五年もの間待ち望んだ我が子が、自分の腹の中から命が零れ落ちていった、あの熱く、あまりに虚しい喪失感を。これらすべては、柊夜と瑠奈のせいなのだ。微かに震え続ける凛音の体を見て、響介は胸を痛め、彼女の前に歩み寄るとその体をそっと抱き寄せた。「凛音、もう大丈夫だ……これからは、俺がいる」凛音が自分の腕の中で少しずつ落ち着きを取り戻し、やがて眠りに落ちるのを見届けると、響介は彼女を抱き
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第18話

その瞬間、響介の心臓は早鐘を打ち、その音は耳元まで届くほどに激しく鳴り響いた。その後、響介は凛音を自身のアシスタントとして引き入れ、数多くの訴訟案件を共に手がけた。彼は凛音に、弁護士としてのすべてを根気強く教え込んだ。事案の争点整理からリスク分析、法廷での立ち振る舞いや戦略立案に至るまで、自身が持つノウハウのすべてを惜しみなく叩き込んだ。凛音もまた、彼の指導のもとで驚異的なスピードで成長していった。その二年間、二人が共に駆け抜けた現場は数知れない。最も危険だったのは、響介の出廷を阻止しようとする相手方の妨害に遭い、二人が山奥へと追い詰められ、一晩身を潜める羽目になった時のことだ。冷え込む山中で、響介は自分のジャケットを脱いで凛音の肩に掛けた。やがて彼女は、彼に寄りかかるようにして眠りに落ちた。響介は今でも覚えている。あの夜の月は、ひどく丸く美しかった。月明かりに照らされ、静かに寝息を立てる凛音の横顔は、夜空の月よりもずっと無垢で澄み切っていた。響介は衝動を抑えきれず、そっと彼女の唇に口づけをした。それが彼にとって最初で、そして今に至るまで唯一の、凛音とのキスだった。唇を離した瞬間、彼はまるで初恋を知ったばかりのうぶな若造のように、顔から火が出るほど赤くなり、狼狽した。社会の荒波を潜り抜け、若くして名を馳せる法律事務所を構えた自分が、女の子にキスをしたくらいでこれほどまでに動揺するなど、思いもしなかった。彼自身も、彼女よりたった三歳年上なだけだったにもかかわらず。その二年間、響介は胸の奥の慕情を必死に押し殺していた。自分の感情が彼女を怯えさせ、遠ざけてしまうことを恐れたからだ。彼はただひたすらに、凛音が柊夜と別れるのを待っていた。だが、二人の破局を待つ彼に向けられたのは、愛のためにすべてを投げ打つ覚悟を決めた、凛音の真っ直ぐな表情だった。「柊夜が私を必要としているんです。私、帝都へ行きます。彼のそばで、一緒に戦いたいんです!」どれほど引き止めたくとも、響介は手を放すしかなかった。自分の本当の気持ちを打ち明けることすらできなかった。彼は冗談めかしてこう言うのが精一杯だった。「もし……あいつのところで幸せになれなかったら、いつでも戻ってこい。俺はここで待ってるから」秘めた想いを
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第19話

映像の最後まで見届けた柊夜の瞳には、どす黒い怒りが渦を巻き、凄まじい殺気が満ち溢れていた。この女だけは、決して許しはしない。その頃、瑠奈は柊夜がすべての真実に気づいたことなど知る由もなかった。邸宅の一室で、彼女は友人と電話越しに談笑していた。「凛音っていう泥棒猫、やっと離婚して出て行ったわ。私が御影夫人の座に収まるのを楽しみにしててね!あの頃の柊夜なんて、ただのしがない下っ端弁護士だったじゃない。将来、帝都で一番の法律事務所を立ち上げるなんて知ってたら、死んでも婚約破棄して逃げたりしなかったのに……まあ、外の世界で色々探したけど、結局いいパトロンが見つからなかったから、仕方なく戻ってきてあげたってわけ……」その時、凄まじい音と共に、ドアが乱暴に蹴り開けられた。スマホを耳に当てていた瑠奈は、ビクッと体を強張らせる。次の瞬間、彼女は慌てて通話を切り、顔に愛想笑いを貼り付けた。「柊夜、おかえり」なおも気高く強情な悲劇のヒロインを演じようと、瑠奈はわざと背を向け、目元を赤く染めて顎を上げた。「前回が最後って約束したはずよ。柊夜、もう帰って。あなたの凛音のところへ行けばいいじゃない!どうせ彼女がいれば、あなたの心の中で私なんて何の価値もないんでしょう!」背後には、ただ不気味なほどの静寂が広がっていた。瑠奈の胸にふと嫌な予感がよぎった。今までなら、こうして意地を張って拗ねてみせれば、柊夜はすぐに駆け寄ってきて、甘やかすように機嫌を取ってくれたはずだ。振り返ると、そこには冷酷な柊夜の顔があった。瑠奈は背筋が凍るような恐怖を覚え、顔からさっと血の気が引いた。「柊夜……どうした?さっきの話、まさか……聞いていた?」次の瞬間、柊夜の手が、瑠奈の首を猛烈な力で締め上げた。柊夜の眼差しは凍りつくほど冷たく、その奥には凄まじい怒りの炎が渦巻いている。「瑠奈。いつまでその茶番を続けるつもりだ?」瑠奈は首を絞め上げられて呼吸ができず、恐怖とパニックで目を剥いた。「柊夜……っ、さっきのは……冗談で言っただけで……本当じゃない……っ」柊夜は瑠奈をボロ雑巾のように床へ叩きつけると、分厚い書類の束を彼女の顔めがけて容赦なく投げつけた。「お前がしでかしたこと、すべて知っている!」瑠奈は床に這いつくば
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第20話

柊夜は瑠奈を二階の踊り場へと引きずって行き、幾度も幾度も、彼女を階段から突き落とした。全身傷だらけになり、手足の骨をほぼすべて砕かれた瑠奈は、まるで糸の切れたボロ人形のように床に転がり、もはや虫の息だった。最後に、柊夜は部下に命じて瑠奈を麻袋の中に詰め込ませた。そして、かつて彼自身が凛音にした仕打ちをなぞるように、袋の上から棒を何度も何度も、容赦なく力任せに振り下ろした。袋の中から凄惨な絶叫が一度だけ響き渡り、すぐにぷつりと途絶えた。中から一切の動く気配がなくなるまで打ち据えた後、柊夜は部下に命じて瑠奈を地下室へ監禁させ、薬を使って生かさず殺さずの状態で命を繋がせた。無実の人間を罠にはめて投獄するのが好きだった女だ。ならば、その身をもって一生、光の差さない地下室に閉じ込められる絶望を味わうがいい。地下室に引きずり込まれる直前、もはや柊夜が二度と自分を許すことはないと悟った瑠奈は、血を吐き出しながら口汚く罵った。「柊夜、これで凛音が許してくれるとでも思ってるの?私が騙したからって何よ!私がやったことは全部、あなたが黙認して甘やかした結果じゃない!今更になって純愛ぶってんじゃないわよ!確かに私は凛音を傷つけた。でもあなただって五十歩百歩じゃない!あなたこそが本当の処刑人なのよ!あなた、一生凛音に愛されることなんてないわ!」柊夜は指の関節が白くなるほど拳を強く握りしめた。その瞳の奥には底知れぬ暗闇が広がり、周囲の空気は、今にも凄まじい嵐が吹き荒れそうな一触即発の緊張感に支配された。彼が冷淡に手を振ると、瑠奈は奥へと引きずられていき、喚き散らしていた罵声は唐突に途絶えた。柊夜は長い間、その場に立ち尽くしていた。瑠奈が最後に吐き捨てた言葉は、彼の心の一番恐れている急所を的確に貫いていたのだ。凛音と結婚した日、彼自身が立てた誓いの言葉が脳裏に蘇る。「俺の生涯をかけて、凛音ただ一人を愛し抜く。もしこの誓いを違えるようなことがあれば、俺は永遠に愛するものを失う天罰を受けよう!」かつてないほどの巨大な恐怖が、じわりと心臓を締め上げた。柊夜は瑠奈に下したすべての制裁を映像に記録し、凛音へとリアルタイムで送信し続けていた。だが残酷なことに、何の返信もなかった。瑠奈への制裁を終えた後、柊夜は邸宅の庭に咲き誇
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