「ええ。どうぞ」彼女は首を縦に振り、椅子へ戻って腰を下ろし、そのまま手元のデザイン画を描き続けた。海隼も何も言わず、ただ静かに隣に座って彼女を見守る。時間が少しずつ流れ、やがて静野はようやく一枚のデザイン画を描き上げた。顔を上げたとき、男がじっとそのデザイン画を見つめていることに気づく。あまりにも静かな空気のせいで、隣に彼がいることを忘れかけていた。「ジュエリーデザイナーなんですか?」「いいえ。ただ興味があって、ここの大学で勉強しているだけです」静野は軽く微笑んだ。「まだ始めたばかりで、本物のデザイナーにはほど遠いです」「興味があるなら、うちの会社でアルバイトしてみない?」海隼は名刺を取り出し、彼女に差し出した。そのとき初めて、静野は目の前の男が、多くのデザイナーが憧れる存在――「深見ジュエリー」の社長・深見海隼だと知る。この偶然の出会いが、これからの自分の道を大きく変えることになるとは、まだ思いもしなかった。その日、静野は海隼と長く話し込み、帰る頃にはすっかり夜になっていた。彼は家まで送ると申し出て、彼女もそれを断らなかった。共通の話題が多く、道中ずっと話は尽きなかった。「もしよければ、連絡先を教えてもらえないかな?」家の近くまで来たとき、彼がふいに言う。静野はすぐにスマホを取り出した。「大企業の社長さんが無名の私に連絡先を求めるなんて、断る理由なんてありませんよ」連絡先を交換した直後、彼女は門の前に立つ人影に気づいた。背中だけでわかる。――翔悟だ。やはり、来たのか。街灯に照らされて、彼の影が長く伸びている。静野はその姿を見つめながら、指先がひんやりと冷え、胸の内も次第に乱れていくのを感じた。その変化に気づいた海隼が、静かに問いかける。「あの人、君を待ってるの?あまり会いたくなさそうだが」「大丈夫です。深見さんは先に帰ってください。送ってくれて、ありがとうございました」静野は深く息を吸い、足を踏み出して彼のもとへ向かっ――婚姻届が提出されなかったことを知った後、翔悟は祖母から静野の住所を聞き出した。一切迷うことなく、仕事を放り出して彼女を追いかけてきた。彼女の家の前で長い間待ち続けたが、なかなか姿は現れない。手にしていた花は、
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