かくいうわたしの家、つまり篠沢家にもそれと同じくらいの長い歴史がある。 母の七代前に当たる初代の篠沢家当主が始めた〈篠沢商会〉という企業グループが現在の〈篠沢グループ〉の前身で、初代と二代目とで今のような大財閥にまで成長させたのだそう。 つまり何が言いたいのかというと、わたしの家もこの館も建てられたのは同じくらいの時代だったということ。でもわたしの家がイギリス風の建築様式なのに対して、この館は設計したのもドイツ人だったそうで、ドイツの建築様式の特徴が出ている。 「――あ、見て見て。この建物、NHKの朝ドラの題材になったことがあるらしいよ」 わたしは入り口に建てられているパネルの文字を指さした。 「ホントですねぇ。一九七七年……っていうと、もう四十年以上前ですか」 「うん、ママが生まれる前だね。でも、朝ドラの題材にまでなっちゃうなんてスゴいよね。ウチも使ってくれないかな」 篠沢家の歴史だってけっこう深いし、第二次大戦中も国の財政をだいぶ助けていたおかげで財産没収をまぬかれたらしい。そして戦後には国の復興のために尽力していた。そういうポイントが評価されたら、もしかするかも? 「……どうですかねぇ。NHKに直接売り込みます? もしくは有名な脚本家の先生に」 「う~~ん……、それはそれで厚かましいような……」 わたしはハッキリ言って、お金に物を言わせて何かを思いどおりにするという考え方がキライだ。いくら大金を積んだところで、世の中にはどうにもならないこともいくらでもあるから。……まぁ、貢を傷付けた犯人を見つけてもらうために、調査事務所に五十万円支払ったことはあったけれど。 それなら、どうにもならないという現実を受け入れることも大事だ
Last Updated : 2026-05-06 Read more