前世、裕司が紗那に「愛している」と告げたことがあったのか、紗那にはもう思い出せなかった。 肌を重ね、互いの熱に溺れるような夜でさえ、裕司は一度として「愛している」と口にすることはなかった。 あの結婚生活で積極的に想いを伝え、よく話しかけていたのは、いつも紗那だった。 裕司は仕事に追われ、複雑な家庭の問題を抱えながらも、余計な付き合いをせず、交友関係も乱れてはいなかった。 酒場へ通うことも、夜の街へ繰り出すこともない。 どれほど帰りが遅くなっても、最後には必ず家へ戻ってくる。 そんな裕司を見て、紗那はずっと信じていた。 愛とは、言葉ではなく、行動で示すものなのだと。 あの頃の彼女は、愚かなほど純粋だった。 だからこそ、現実はあまりにも残酷だった。 言葉も。 行動も。 人は、そのすべてを偽ることができる。 愛でさえも。 裕司が口にした「愛している」という一言を、紗那はもう信じない。光晴もまた、その言葉に惑わされることはなかった。 しかし、その場にいる誰もがそうだったわけではない。 裕司の演技に心を動かされ、その言葉を本物だと受け止める者は、確かに存在していた。「紗那! もういい加減にしなさい。結婚は子どもの遊びじゃないのよ。結婚したいから結婚する、離婚したいから離婚するなんて、そんな勝手が通ると思っているの? これは二つの家の問題なの。これ以上わがままを言うんじゃありません」「そうだぞ、紗那。お前は昔から少しわがままなところがあった。たとえ裕司君が何かしたとしても……悪気があったわけじゃないだろう。もう夫婦なんだから、一番大切なのは互いに理解し、支え合うことだ。いきなり手を上げるなんて、許されることじゃない」 正則も千代子も、まるで裕司こそが実の息子であるかのように、彼ばかりをかばっていた。 その言葉の一つひとつが、鋭い刃となって紗那の胸へ突き刺さる。 気づけば、再び瞳には涙が滲んでいた。 裕司を指差す紗那の手は、小刻みに震えていた。力を入れすぎたからではない。 骨の髄まで、この男を憎んでいたからだ。「お父さん! お母さん! この最低な男が、私たちに何をしたのか……何も知らないくせに……!」 あの日々を思い出しただけで、息がうまくできなくなる。 激しく込み上げる感情に全身が震え、今にも崩れ落ちてしまいそうだった。
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