パリのオートクチュール・サロンの空気は、金と恐怖の匂いがした。私がウェディングドレスを待ち続けて、もう半年。なのに今、そのドレスはソフィア・ロス――今をときめくインフルエンサーであり、マフィアボスのヴィンセント・カッシオの義妹――の身にまとわれていた。サロンの支配人は冷や汗を滲ませ、私と、ベルベットのソファにくつろぐ男の間で視線を行き来させている。ヴィンセント・カッシオが立ち上がった。ダイヤモンドで縁取られた長いトレーンの折り目を、軽く手首を払うだけで整える。「来週のプレミアで目立つ一着がどうしても必要なんだ。だから彼女に貸した。そこに既製品があるだろ?代わりに選んでよ」その口調は平坦で、結論を覆す余地はなかった。クリスタルのシャンデリアの下で、ソフィアは全身鏡に映る自分の姿に見入っている。唇には勝ち誇ったような笑みが浮かんでいた。私は同じ鏡に映る自分を見た。ジーンズに、雨で濡れたトレンチコート。まるで道に迷った観光客みたいだった。この一年かけて準備してきたすべてが、ひどい冗談に思えてくる。反論はしなかった。ただ、冷たかった。もう何も感じない。私は指から5カラットの婚約指輪を外した。それがガラスのローテーブルに当たり、鋭く乾いた音を立てる。「あなたの言う通りよ、ヴィンセント。このドレスはもういらない。この結婚も......もう必要ない」......沈黙。銃声が鳴る直前のような、張り詰めた静けさ。ソフィアのドレスに触れたままのヴィンセントの手が、ぴたりと止まる。ゆっくりと振り向いた彼の目には、ブランド物の眼鏡越しでも隠しきれない氷のような軽蔑が宿っていた。「エララ。今、なんて言った?」低く抑えた声。制御された威圧。胃がきりきりと痛む。「結婚は取りやめだって言ってる」ソフィアがくすくす笑う。彼女は私のトレーンドレスを揺らしながら、ふわりとこちらへ歩み寄ってきた。「エララ、そんなこと言わないで」ぱちぱちと瞬きをして見上げてくる。「ヴィンスは私のキャリアを手伝ってくれてるだけよ。このドレス、退屈な教会なんかよりレッドカーペットのほうがずっと注目されるから」彼女は顔を寄せてくる。甘ったるい香水の匂い。「いつもわかってくれるのに。どうして今日はそん
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