母の心臓手術を行えるのは、世界でわずか三人だけだった。「神の手を持つ心臓外科医」と呼ばれる夫、柘植覚(つげ さとる)は、手術を放り出し、風邪を引いた初恋の相手・杉之原美帆(すぎのはら みほ)の看病のために海外へ向かった。絶望の淵に立たされたとき、幼馴染の稲玉琉太(いなだま りゅうた)が、最高の医師を連れて母の手術のために駆けつけてくれた。けれど、遅すぎたのか、母は結局、手術台の上で息を引き取った。三年の月日が流れ、覚と離婚し、琉太からプロポーズされた。受け入れようとしたそのとき、琉太と覚の会話が耳に飛び込んできた。「天音は気が強い。もしあのとき、母親が本当は病気じゃなかったことや、俺たちが美帆のために母親を死に追いやったと知ったら……」全身の血が、一瞬で凍りついた。琉太が覚の言葉を遮った。「もういい。美帆は母親のことで体調を崩し続けてた。天音の母親だけが唯一、適合するドナーだったんだ。俺が美帆の死を黙って見過ごせというのか?今こうして責任を持って天音と結婚してやるんだ。彼女はこれで満足すべきだろう」そのとき、私・竹本天音(たけもと あまね)は初めて知った。母は、どこも悪くなんてなかったのだ。彼らが共謀して、母を殺したのだ。 私はドアノブを、壊れそうなほど強く握りしめた。爪が手のひらに食い込んでいるのに、痛みさえ感じない。涙が音もなく溢れ出し、床に落ちていった。琉太が私にプロポーズしたのは、最初から最後まで美帆のためだった。三年間そばにいてくれたことも、すべて嘘だった。ドアの向こうでは、まだ会話が続いている。覚が言った。「あのとき、美帆のために、俺はこの手で天音の母親を殺した。自分を恨めしそうに見つめてたあの目が、今も忘れられない。こうしてお前が天音と結婚式を挙げることが、俺にとって彼女へのせめてもの償いだろう」琉太の口元に、冷ややかな嘲笑が浮かんだ。「美帆が愛してるのがお前でなければ、誰が天音みたいな女と結婚するか。いいか、美帆を大切にしろ。さもなければ、タダでは済まさないぞ」「お前も天音を大切にしてやれ」覚が言葉を返した。「余計なお世話だ。天音を愛してなどいない。俺が愛してるのは、いつだって美帆だけだ。天
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