All Chapters of 夫の不実、隠された愛に背を向け: Chapter 1 - Chapter 9

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第1話

極秘結婚から5年。ゼミの飲み会で、お節介なゼミのメンバーたちが私の夫と後輩女子をくっつけようとしていた。「ダメだよ」靜本湊(しずもと みなと)はチラッと私を一瞥して言った。「俺はフリーだけど、こういうのはノリで決めるもんじゃないよ」私は微笑みながら左手の指輪を撫でた。だが次の瞬間、その後輩の有村結衣(ありむら ゆい)がいきなり湊の頬にキスをしたのだ。「先輩が好きです」結衣は真剣な顔で言った。「私、先輩に本気でアタックしますから」周囲の爆笑の中、結衣は甘ったるい笑顔で彼の胸にすり寄った。湊は承諾しなかったが、結衣を突き飛ばすこともしなかった。飲み会の後半、結衣は湊に甲斐甲斐しく尽くしていた。どの料理も少しずつ彼の取り皿に取り分けていった。その中には、彼が大嫌いなはずだったエビまで入っていた。それなのに、湊は躊躇うことなくエビを口に運んだ。結衣が尋ねた。「美味しいですか?」「ああ、美味いよ」周りがドッと沸いた。「見ろよ、靜本先輩、口数は少ないけどめっちゃ食うじゃん!」「マジかよ、さっき涼音(すずね)ちゃんが同じこと聞いた時はガン無視だったのに。俺らにはいつも塩対応のくせにさー」「まあまあ、お前らも空気読めって……そろそろご祝儀の準備でもしとくか!」どんちゃん騒ぎの中、私は隅の席で静かに押し黙っていた。私と湊は極秘結婚してもう5年になる。湊が「大学でバレるとマズい」と言ったせいで、私は周りに「夫は長期の単身赴任中」と嘘をついていた。今日の飲み会でも、湊から一番遠い席に座るように配慮しているのだ。それなのに今、湊が他の女とカップル扱いされるのをただ見ているしかないなんて。「その時はパートナー同伴でお願いしますね!」結衣は笑いながら、私の方を振り向いた。「涼音先輩も、旦那さん連れてきてくださいよ。何年も前からSNSで後ろ姿のツーショットしか見たことないですし」彼女は急に声のトーンを落とし、意味深な言い方をした。「もしかして、旦那さんから結婚を公表するのもNG出されてるとか?それとも……言えないような関係なんですか?」その瞬間、場の空気が凍りついた。十数人の視線が一斉に私に突き刺さったが、湊は顔を上げず、黙々と飯を食い続けていた。チクッと胸が痛んだ。バッグの中に入っている
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第2話

「有村さんはちょっと気になって聞いただけでしょ!」湊の声は氷のように冷たかった。「なんでそうやって突っかからないと気が済まないんだよ!」湊は結衣を庇うように肩を抱き、円卓越しに私と対峙した。でも、私たちこそが夫婦なのに。周りが慌てて仲裁に入った。「涼音ちゃん、結衣ちゃんも悪気はないんだから許してやれよ。まだ若いから口が滑っただけだって」「靜本先輩もめっちゃ結衣ちゃん庇ってるし、ここは大人になって引いてやれって」湊はこめかみに青筋を立てた。これがブチ切れるサインだ。こんなあざとい女のために。昔の湊は、私が理不尽な目に遭えば真っ先に私の前に立ち、代わりに怒ってくれたのに。今は私を貶める結衣を全力で守っている。波のように押し寄せる疲労感に、息が詰まりそうになる。こんな結婚生活、もうウンザリだ。私は最後に湊を冷ややかに見つめると、くるりと背を向けて店を出た。結衣はすすり泣いたままだった。車に乗り込むと、バッグの中から離婚協議書を取り出した。数日前、家の賃貸契約書を湊に渡す際、わざとこの離婚協議書も紛れ込ませておいたのだ。彼は中身もろくに確認せず、サラッとサインをしていた。あとは私がサインするだけで……その時、バッグから一本のリップが転がり落ちた。ほんの数時間前、湊は助手席で耳を赤くしながら私に軽くキスをした。後輩が恋人にこのリップを買っているのを見て、思わず自分も買ってみたのだと言っていたっけ。その時、私はすぐにその口紅を唇に塗った。たとえそれが、私が最も嫌いなトマト色だったとしても。説明のつかない思いが再び脳裏をよぎった。こんなことしてはいけないと分かっていながら、それでも私は車を降り、街角でタバコに火をつけた。一回ちゃんと話し合おう。サインはそれからでも遅くない……そんな言い訳を自分に言い聞かせた。タバコを一箱吸い終わる頃、ゼミの連中も店から出てきた。私を見て、一瞬、言葉を失った。「靜本湊はどこ?」私が尋ねると、誰も答えなかった。その代わりに気まずそうに私を諭し始めた。「水無月先輩が靜本先輩のことが好きなのは知ってます。でも……先輩には旦那さんがいるじゃないですか」「涼音ちゃん、旦那さんの気持ちは考えたことある?あんなに高いバッグを買ってくれたのに」「これって
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第3話

「今回は違うから」「俺が信じると思うか?」湊の声が鋭く上がり、木製のドア越しに、電話の電子音と重なった。私はじっとドアを見つめた後、迷いなくノックした。「開けて」ドアはすぐに内側から開いた。湊のシャツは三つ目のボタンまで外され、鎖骨には生々しいキスマークがついていた。「涼音、なんでここにいるんだ?」湊自身、気づいていないのだろうが、彼が私を「涼音」と呼ぶのは、何か悪いことをした時だけだ。私は湊を押しのけて部屋へ踏み込むと、結衣が乱れた姿でベッドの端にもたれかかり、不機嫌そうな顔をしていた。「涼音先輩、旦那様のもとへ帰らず、私と靜本先輩の邪魔をしますか?」彼女の視線はベッドサイドテーブルに注がれた。そこには、封が切られたコンドームが転がっていた。私の家のストックのものとそっくりだった。その瞬間、私の理性はすべて吹き飛んだ。私は湊を睨みつけた。「彼女と何をしようとしてるの?ヤるの?ねえ、あなた」湊は一瞬だけ沈黙し、冷たく言い放った。「水無月さん、俺たちそんな親しい関係じゃないだろ」死のような静寂が広がり、結衣がゲラゲラと笑い出す。「妄想癖があるなら病院行ったほうがいいですよ。ここで奥さんぶられてもウケるんですけど。見てよ。靜本先輩がそんなこと承諾すると思いますか?」湊の表情は相変わらず微動だにせず、まるでこれが私一人の独り芝居であるかのように平静だった。そうね、彼が認めるわけがない。品行方正な靜本先輩が極秘結婚していて、しかも浮気未遂してるなんて。体が思わずふらついた。彼の背後の鏡には、暗く歪んだ顔で両目を真っ赤にした女が映っていた。もう私とは思えない。「湊」私は深く息を吸い込んだ。「私たち、もう終わりよ。もう……」離婚協議書に署名済みだと伝えようとした。だが湊は大声で私の言葉を遮った。「何を戯言を言っている?俺たち、始まってすらいないのに終わるも何もあるかよ」彼の声は再び警告の響きを帯びていた。「これ以上俺に粘着するな」私は呆然と彼を見つめた。かつて靜本家が没落した後、父は私に湊と別れるよう強要した。湊が毎日会社の前で待ち伏せし、私が現れるたびに近づいてきたのだ。丸三ヶ月も待ち続け、風雨をものともせず、決して動じなかった。いつから私が彼に粘着している
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第4話

湊はまだ帰ってこなかった。私は仕方なく離婚協議書をテーブルの目立つ場所に置き、スーツケースを引きずって実家へ飛んだ。ここは父が眠る場所だ。父は昔から湊を快く思っていなかった。それで、私は湊のために父と決裂した。父は死ぬまで私を許さなかった。後悔しても、もう手遅れだった。私はスマホの電源を切り、父の墓前で三日間静かに座っていた。すると突然、見知らぬ男が駆け寄ってきて、私を指さして罵声を浴びせ始めた。「このあばずれ!恵まれた家庭があるくせに、浮気なんかして!よく墓参りなんか来れたもんだな!親に顔向けできねえだろうが!」私は不意を突かれて激しく突き飛ばされ、頭を墓石にぶつけた。血が流れ出し、石板を濡らした。「何言ってるのよ?」私は呆れて笑った。「警察呼ぶわよ!」「怖くねえよ!今日は俺が世直ししてやる!」血が止まらず、視界がぼやけてきた。けれど男はさらに私の髪を掴み、再び墓石に打ち付けようとした。私が痛みに悲鳴を上げると、すぐに周りに人が集まってきた。それなのに、誰一人助けようとはしなかった。彼らは私を指さしてヒソヒソと話していた。「この女か。よく平気で外歩けるよな」「本当に厚かましいわ、あんなに長く相手に付き纏ってたなんて」「金持ってるからって、何してもいいと思ってるのよ」ようやく警察が駆けつけて男を取り押さえ、私は心身ともにボロボロになって病院へ運ばれた。弁護士に連絡して法的手続きを進めようとしたけれど、スマホを開いた瞬間、無数のメッセージが狂ったように押し寄せてきた。父の会社の株価はどん底まで落ち、取締役会からは不満の声が噴出していた。指導教員やゼミのメンバーからは非難のメッセージが届き、見知らぬ人からの「死ね」という呪いの言葉も山ほどあった。すべての原因は一つの動画だった。ぼやけた映像の中で、私はベッドの前に立ち、湊に「あなた」と呼びかけながら、ベッドに誘っていた。そして彼は、毅然とした態度で私を拒絶していた。動画の投稿者は結衣だった。彼女はご丁寧に、私が長年にわたって湊にどうアピールしてきたかを解説までしていた。切り取られた内容のせいで、私は「旦那を放置して独身イケメン先輩にガチ恋粘着するヤバい女」として特大の炎上を引き起こしていた。私はカナダの結婚証明書をイン
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第5話

電話が切れる音が耳に届き、私は呆然と窓の外の薄暗い月明かりを見つめ、疲労感に包まれていた。結衣は最初から全部知っていたのだ。結局、ピエロだったのは私の方だった。ネットの炎上はとどまるところを知らず、ついには「性行不良で改善の見込みがない」として処分を求める声にまで発展した。世論に押される形で、大学側も私に対して厳しい処分を下さざるを得なくなった。ほどなくして届いたのは、無慈悲な「退学通知」だった。泣きっ面に蜂とはこのことだ。この騒動のせいで父の会社も信用を失い、倒産寸前の危機に追い込まれてしまった。大学を去る日、湊と結衣の姿はどこにもなかった。指導教官は嘆き混じりの表情で私の肩を叩き、これからはよく顔を出せと諭した。私を信じてくれているゼミのメンバーたちは、憤りとともに湊と結衣をこき下ろした。「靜本先輩のこと、清廉潔白な人だと思ってたのに。結局二股かけるようなクズ男だったなんて」「水無月先輩はこれから会社を継ぐんだし、男なんて選び放題ですよ。もし就職できなかったら、コネで雇ってくださいよ」「そうだよ!私たち、真実が明らかになる日まで涼音ちゃんの味方だから!」「ありがとう」私は微笑んで頷いた。「でも、もう……どうでもいいの」校門を後にした私を待っていたのは、場違いなほど高級感を漂わせるマイバッハだった。車のドアには、オールバックの決めたスーツ姿の若い男がもたれかかり、タバコをくゆらせている。私を見つけるなり、彼はすぐに歩み寄ってきた。「乗れ。送ってやる」彼を無視して自分の駐車スペースに向かおうとすると、男は立ち塞がり、黒い眉をぎゅっと寄せた。「涼音、あいつが迎えに来るとでも思ってるのか?いつまで目を覚まさないつもりだよ」彼の声が大きくなるにつれ、私もつい語気が強まった。「あなたに関係ないでしょ。そもそも誰よ?」男の動きがぴたりと止まり、空気が一気に凍りつく。彼は私をガン見した。そこで、私の脳裏にある人物の記憶がフラッシュバックした。アフロヘアに派手なタトゥー。いつも腰パンで、キレると手がつけられないほど凶暴だったあの少年。目の前の仕事ができそうなエリート男と、どうしても結びつかない。「もしかして……瀬戸青葉(せと あおば)?」青葉の表情がわずかに和らぎ、私の推測が当たったことを知ら
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第6話

「乗れ、涼音」湊は青葉が私の腕を掴んでいる手を睨みつけ、冷たい口調で言った。「俺の妻をどう送るかは俺が決める。瀬戸さんが心配することじゃない」「妻?」青葉が鼻で笑った。「よくそんな言葉が口にできるな。ネットであいつが叩かれてた時は黙り込んでたくせに、今さらヒーローごっこかよ。白々しいんだよ」青葉が今にも殴りかかりそうに袖をまくり上げたので、私は慌てて彼の前に立ちはだかった。「離婚協議書にはもう署名済みよ」私は湊に言った。「もう帰って。私たちに話すことなんて何もないわ」湊の瞳に、一瞬、怒りの炎が宿った。「涼音、いい加減にしろ。わがままにもほどがあるぞ。あの晩は実験が忙しくて手が離せなかったんだ。だから電話に出られなかった。それだけのことだろ?有村さんに話させたはずだ。離婚協議書も手違いだ。何かの間違いに決まっている」こちらの騒ぎはすでに多くの人の注目を集めており、詮索好きな連中が覗き見するような視線を向けてきたが、青葉は彼らを睨みつけて追い払った。「いいえ、あれはあなたが自分の手で署名したものよ」と、私は静かに告げた。「何を馬鹿なことを言っているんだ!」湊は声を荒らげた。「俺が署名なんてするわけないだろう!」だが、彼が言い終わるか終わらないかのうちに、私の名前を叫びながらこちらへ駆け寄ってくる集団が現れた。その瞳には狂気が宿っている。まるで私を叩けば金が溢れ出す金のなる木か何かだと思っているかのような熱狂ぶりだった。中には、正体不明の液体が入った小瓶を振り回している者さえいた。青葉が即座に顔をしかめ、咄嗟に湊の車の後部座席のドアノブを引いた。私を一旦安全なところに入れようとして。ガチャッ。虚しい金属音が響いた。ドアはすでに、湊によって内側からロックされていた。それと同時に、運転席の窓がゆっくりと閉まっていく。湊の顔が、ガラスの向こうへと消えていった。私は呆然と、その光景を眺めていた。頭に血が上り、指先から血の気が引いて力が入らず、あまりのショックに、その場から一歩も動けなかった。湊と過ごした日々が走馬灯のように脳裏をよぎった。まるで最初から無かったのかのように、最後に残ったのは目の前に迫っている暴徒たちの醜悪な笑顔だけだった。すべてが、あまりにも荒唐無稽で、笑えてくる。耳元で罵声が響き、私の腕
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第7話

その一言に、また涙がこぼれそうになった。私はおどけるように、青葉の胸を軽く小突いた。すると彼は、待ってましたと言わんばかりに私をその腕の中に引き寄せた。「涼音」青葉の声は低く響いた。「ずっと後悔してたんだ。もしあの時、もっと強引にでもお前を引き止めていれば……もし、靜本家の葬儀に付き添っていれば……お前は、今より少しは幸せになれたんじゃないかって」けれど、歴史に「もしも」なんて存在しない。もしあの時、周囲の反対を押し切ってまで湊と結婚していなければ、私は父の最期を看取ることができたのだろうか。潤んだ瞳のまま青葉を車で見送り、マンションへ戻ろうとした時――予想だにしない人物と出くわした。湊だ。湊は屈強なボディガードたちに囲まれながら、場違いなほど可愛らしいピンク色のケーキの箱を手に持っていた。「俺は彼女の夫だぞ」平然を装っているが、赤く上気した頬が隠しきれない怒りを物語っている。「妻にケーキを買ってくるのに、お前らの許可が必要なのか?」ボディガードの一人が確認するように私へ視線を送り、それに続いて湊の視線も私に向けられた。「涼音!」湊は焦ったように言葉を重ねた。「昼間のことは、その、車に別の人が乗っていたんだ。わざと乗せなかったわけじゃない。彼女は体調が悪かったし、あんな修羅場に巻き込むわけにはいかなかったんだよ……それに、あいつなら絶対にお前を助けてくれるって分かってたから。見捨てるつもりはなかったんだ。ほら、お前の好きなケーキも買ってきた。一度、ちゃんと話し合おう……」立て板に水のごとく言い訳を並べているけれど、昼間のあの光景は今も網膜に焼き付いている。あんな厳しい状況を、どうしてそんなに軽々しく語れるのか。「有村さんでしょう?」私がそう問いかけると、何かのスイッチが切れたかのように、湊の声がピタリと止まった。苛ついた反応が返ってくるかと思ったが、彼は意外にも声を低めてこう言った。「……いい加減、有村さんを目の敵にするのはやめてくれないか?彼女からすれば、俺は独身なんだ。ただ俺を好きで、近づきたいと思っているだけ。それの何が悪いっていうんだい?それに、いつまでも離婚の話を口にするのもやめてくれ。……まあいい、ここでは話しにくい。部屋へ行こう」煌々と照らす月明かりのせいで、彼の瞳に浮かぶ
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第8話

「でも、それ私には関係のないことだよね」私は冷静に、そう告げた。「彼とはもう離婚したし。それに、私は大学を退学になった身だから」絶句する後輩をよそに、私はそのまま電話を切った。そもそも、当時はただ湊に付き添っていただけ。彼が帰国するというから、私も一緒に戻ってきたに過ぎない。ゼミのメンバーとしての情がまったくないわけじゃないけれど、それもほんのわずかなものだ。仕事のポストを用意してあげるくらいならお安い御礼だけど、あの「靜本湊」という底なし沼に再び足を踏み入れるなんて、真っ平ごめんだった。その夜、私は青葉の誘いに応じて、彼のオープンカーで海辺をドライブしていた。ヤシの木が風にそよぐ中、青葉が「本当に、このまま引き下がっていいのか?」と聞いてきた。私は少し考えて、答えた。「そりゃあ、納得いかないところはあるわよ。でもね、この数年彼に合わせて自分を押し殺してきて、もうヘトヘトなの。今さら彼とケンカをしたり、有村結衣に詰め寄ったり、世間に向かって一から説明したりなんて……そんなこと、これからの新しい生活にプラスになるとは思えないのよね」青葉は豪快に笑った。潮風が彼の整った髪を乱していたけれど、私を見つめる瞳はどこまでも優しく、熱を帯びていた。「おめでとう。吹っ切れたみたいだな」「ええ、お祝いしなきゃね」私は微笑んで彼を誘った。「どう、一杯行かない?」その夜、私はかつて湊が嫌がっていたキャミソールのレザースカートに着替え、濃いめのメイクを施して、青葉と一緒にクラブへと繰り出した。夜の闇に紛れて、私たちはまるで反抗期の真っ只中に戻ったような気分だった。帰る頃には、空がうっすらと白み始めていた。私は眠くて目を開けるのも億劫で、青葉がそっと私の頬にキスを落としたことにも、気づかないふりをした。翌朝、目が覚めるとスマホが湊からの不在着信とメッセージで埋め尽くされていた。【俺が悪かった。騙されてたんだ】【どうして電話に出てくれないんだ?】【あいつがお前を侮辱するのを放っておくべきじゃなかった。謝罪させるから、な?】相変わらず、自分の過ちについては一切触れず、すべての罪を結衣に押し付けてきていた。ひどく後味の悪い不快感に眉をひそめ、私は彼をブロックした。これでようやく、私の世界に静寂が戻った。と
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第9話

大衆というものは、自分たちの「正義」が実は悪に加担していただけだったと知ると、それを耐え難い屈辱と感じる。そして、その鬱憤を晴らすために猛烈な報復を始めるのだ。大学のゼミ室の入り口には警備員が配置されていた。それでも侵入を企む者たちを食い止めることはできなかった。結衣は地面に押さえつけられて殴打された。髪は血に染まり、スカートは無惨に引き裂かれていた。彼女がどんなに泣いて許しを請うても、誰も耳を貸さなかった。ようやく警備員に救い出されたとき、彼女は全身にペンキを浴びせられ、見る影もない姿になっていた。それだけでは怒りの収まらない人々は、次に湊へと矛先を変えた。だが、湊はとっくに姿を消していた。誰もが湊をクズ男と罵り、既婚者でありながら独身のふりをして不倫を楽しんでいた詐欺師だと、徹底的に糾弾した。私の結婚証明書が再び検証され、真相が明らかになった。あの日と同じように、今度は無数の慰めと謝罪のコメントが私のもとに押し寄せてきた。今回は同じ手には乗らなかった。何も返答しなかった。私は青葉に電話をかけた。「あの完全版の動画、あなたが仕掛けたんでしょ?」「それがどうした」電話の向こうで青葉が笑った。「お前が自分で手を下さないなら、俺が代わりに報復するしかないだろ」私も思わず笑ってしまった。青葉は言った。「お前にプレゼントがあるんだ」夜、彼は私を瀬戸氏ビルの屋上ヘリポートへと連れ出し、自らヘリを操縦して都市の夜景を見せてくれた。眼下には宝石を散りばめたような繁華街の灯り、見上げれば深く静謐な夜空。「子供の頃に約束しただろ、いつかお前を夜空へ連れて行くって」青葉はさりげなく言った。「なのに、お前は湊が買ってくれた模型の飛行機にばっかり夢中だったけどな」私は少し照れくさくなって、黙ってなさいよと彼を小突いた。そして、ヘリから降りるとき、彼にキスを贈った。「これからは、もうそんなことないから」私は言った。「ヘリコプター、気に入っちゃった。明日も乗せてくれる?」彼はいたずらっぽく微笑んだ。「キスがセットなら、考えてやってもいいぜ」湊と最後に会ったのは、空港だった。私はすでに身辺整理を終え、この国にはもう未練もなかったので、青葉と一緒に海外へ移住することに決めていた。どうやって入り込んだのか
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