牛車というのは当然だが牛が引いている。 当たり前だが引いている牛が暴走すれば牛車も暴走する。 これが意外と速い。 そして牛の暴走というのはそれほど珍しくなかった。 何が言いたいのかというと――。「牛車が暴走した!」 「誰か止めろ!」 という道行く人達の声に振り返った瞬間、牛車が突っ込んできて撥ね飛ばされ意識を失った。 「姫様! 気が付かれましたか!?」 目を開けると乳母子のトメがいた。「ようございました。三日もうなされてらっしゃって……」 「心配いたしましたよ」 周りを取り囲んでいた他の女房達も次々に言った。 外からは陰陽師や僧侶達の祈祷の声が聞こえてくる。「私、一体どうして……」 意識を失っている間に前世の記憶を取り戻し、現世の記憶もそのままである。 だから自分が今は水弥という名の左大臣の大君(長女)だということは分かる。 問題は何故今の自分が意識を失っていたのかが分からないということだ。「今、都で流行っている痘瘡(天然痘)に罹られたのです」 トメが教えてくれる。 そう言われてみれば、ここ二、三日なんだか気分が優れないと思っていたのだが――。 痘瘡でしたのね……。 そういう理由なら意識を失って当然だ。 むしろ高熱で苦しい時に意識がはっきりしている方がイヤですわ……。「お顔には痕が残らなくてようございました」 トメが顔を覗き込みながら言う。 痘瘡というのは痘痕が残る。 だから痘瘡に罹る前の娘や娘を持つ親は「痘瘡に罹っても命と顔は無事ですように」と祈るのだ。 まぁ、夫以外の男性に顔を見せることはないし、飛ぶ鳥を落とす勢いの左大臣の娘だから器量が悪かったところであまり関係ないが。 左大臣の娘に求婚してくる男は出世の手伝い目当てだからだ。 父がちゃんと夫の出世を手伝ってくれれば私が粗末に扱われることはないだろう。器量はいいが貧しい家の娘を別の妻にすることはあるだろうが。 ……って、私って意外と覚めた物の見方しますわね。 前世では継母にいじめられている物語の主人公に同情して「なんて可哀想なの」と涙するような素直で心優しい性格だったはずなのに。 自分で言
Last Updated : 2026-05-28 Read more