月は雲に隠れ、愛は傷になる のすべてのチャプター: チャプター 21 - チャプター 23

23 チャプター

第21話

「はぁ、社長……このプロジェクトが、我が社にとって最後の起死回生のチャンスなんです。それでも、本当に手放されるおつもりですか」秘書は山積みにされた書類を抱えたまま、パソコンの画面に映し出された望月グループの株価チャートを虚ろな目で見つめた。急落を示す無機質なグラフが、痛いほど目に突き刺さる。秘書は深く、ひどく重い息を吐き出した。将吾は答えなかった。ただ疲れ果てて床にへたり込み、度の強いウォッカの瓶を機械的に口へと運び続けていた。味などわかっているのかいないのか、ひと口、またひと口と強いアルコールを喉の奥へ流し込むたびに、こぼれた酒がシャツの胸元をだらしなく濡らしていく。かつては常に清潔感を保ち、完璧な身だしなみに誇りを持っていた男の姿は、今や見る影もなかった。無精ひげがだらしなく伸び、手入れされていない前髪がうっとうしく目元まで垂れ下がっている。最高級のオーダーメイドだったはずのスーツは、一度もアイロンをかけられた様子もなく、くたくたに皺が寄ったまま着ていた。重要な商談の場に引きずり出されても、幾度となく上の空になって話の流れを見失い、相手先の重役たちをひどく苛立たせた。かつて飛ぶ鳥を落とす勢いだった望月グループの名前は、今や複数の大手取引先のブラックリストに名を連ねている。名家のスキャンダルを血眼になって追うゴシップ記者たちは、将吾が泥酔して街で暴れる醜態を何度もカメラに収めていた。毎晩のようにバーやクラブを渡り歩き、自暴自棄に酒に溺れ続けるその姿には、かつて界隈の羨望を集めた洗練された面影は微塵も残っていなかった。一方、あの幼馴染の歌穂は、国外での大規模な詐欺事件と違法賭博への関与が発覚し、最終的に国際刑事警察機構を通じて逮捕された。身柄を拘束された時には、全身に暴力の痕が残り、精神的にも完全に崩壊した状態だったという。「星山様が亡くなられて、もう3年です。いつまでも過去の幻影に縛られて、自分を欺き続けるのはやめてください。社長、今のように生ける屍のように過ごしていて、一体何の意味があるというんですか!」足元の床には、空になった酒瓶と潰れたタバコの箱が足の踏み場もないほど散乱していた。かつて茉知が心を込めて整え、磨き上げていたこの家は、今や完全に荒れ果てている。ほこりが積もり、あの頃彼女が飾ってくれた愛らしい小物た
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第22話

にぎやかなクリスマスが過ぎると、スイスはようやく国中が休暇ムードに包まれた。誰もが温かい家の中でくつろぎながらドラマを観たり、暖炉の炎のそばでバタークッキーとホットチョコレートを楽しんだりする、心安らぐ季節だ。茉知は、毎日続く重い洋食にすっかり胃が飽き飽きしていた。服飾デザインの才能にかけては右に出る者はいないが、こと料理の腕前に関してはまったくの不得手である彼女を見かねて、ふたりは街角にある小さな料理屋へ行くことにした。移民の老夫婦がひっそりと営むその店は、30平米ほどしかないこぢんまりとした空間だったが、隅々まで丁寧に磨き上げられて清潔だった。どこを見渡しても、異国情緒あふれる飾りつけが施されている。手染めの暖簾、季節の花が生けられた小さな花瓶、壁に掛けられた木札の品書き、棚に並んだ招き猫やだるま。店の入り口の鉢植えには、青々とした南天が行儀よく植えられていた。出汁のやさしい香りに、茉知は久しぶりに食欲が湧き、食べたいものを品書きから次々と頼んだ。出汁巻き卵、湯気の立つ肉じゃが、香ばしく焼かれた銀だらの西京焼き、ほうれん草のおひたし、そして熱々の豚汁。ふたりは夢中で箸を進め、それぞれ白いご飯を2杯もおかわりした。テーブルの奥に置かれた小さな旧式のテレビでは、昔懐かしいドラマが静かに流れている。老夫婦は仲良く老眼鏡をかけ、真剣に画面に見入りながら、時おりドラマの展開についてあれこれと楽しそうに語り合っていた。茉知はふと、遠い故郷の空気に包まれているような、不思議な安心感を覚えた。思い立ったように、向かいに座る悠の大きな手をきゅっと握り、穏やかに澄み切った気持ちで言った。「悠。私たち、結婚しよう」その日の穏やかな昼下がり。ふたりはお腹いっぱい満たされた後、そのまま手続きを済ませ、正式に結婚した。日取りも、場所も、そして互いの気持ちも、何もかもが完璧に揃っていた。冬の太陽の光もどこか優しく温かい。世界中のすべてが、このふたりの門出を祝福してくれているかのようだった。手の中に収まった結婚を証明する書類を見つめていると、まだ幸せな夢の中にいるような、ひどく不思議でふわふわとした気分になった。ケーキでも買って、ささやかなお祝いをしようと笑い合った。マンションの入り口に戻ってきた時。見覚えのある冷たい風景の中に、異物
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第23話

「悠、痛む?早く中に入って手当てしてあげるわ」顔を血に染めた悠の痛ましい姿を見て、茉知の胸がきゅっと締め付けられた。弾かれたようにマンションの中へ駆け込み、救急箱を抱えて戻ってくると、冷たい雪の上でてきぱきと傷口を消毒し、丁寧に止血を行った。「君にこんなに優しく丁寧に手当てしてもらえるなら、あんな奴のパンチ一発くらい、安いもんだよ」悠は痛みを隠すように、甘える仕草で茉知の首元に顔を埋め、からかうように低く笑った。そのあまりにも自然で親密なふたりのやりとりを目の当たりにして、将吾は冷たい壁にもたれかかったまま、力なく荒い息を吐いた。いつの間にか、絶望の涙が血まみれの顔を無様に伝い落ちていた。「じゃあ、俺は……っ?昔、俺が怪我をして苦しんでいた時、誰よりも一番に心配して、泣きながら看病してくれていたじゃないか……」茉知は、彼の方へ一切視線を向けることもなく、静かな声で言った。「自分で言ったでしょう。それは『昔』だって。今さら、どの口がそんなことを言っているの。あなたが私より別の人を選んだあの瞬間から、私たちはもう、完全に赤の他人よ」その冷たい態度を前にして、将吾はようやく悟った。かつての茉知にとって、自分がどれほど特別な存在だったのかを。心臓が千切れるような凄まじい喪失感の中で、将吾は血を吐くように焦って言葉を並べ立てた。「南雲歌穂が俺を騙していたことがわかったんだ。あいつとはもう完全に決着をつけた。今の俺の心には、お前しかいないんだ。頼む、もう一度だけ、俺とやり直してくれないか」茉知は自嘲するように笑った。目の前でこれほどみじめな姿をさらしているこの男の、一体どこがいいのか、今の彼女にはもう全く理解できなかった。これほどまでに自分勝手で思い上がり、人の心を蹂躙し、取り返しのつかない罪をこれほど重ねておきながら、よくも平然と「やり直す」などという言葉が口にできるものだ。「私たちが元に戻ることなんて、この先永遠にないわ。さっさと帰って。もし今後も私の目の前に現れて、周りの人たちに少しでも迷惑をかけるような真似をするなら、今度こそすぐに警察を呼ぶわよ」今度ばかりは、その冷酷な言葉に一切の容赦や感情はなかった。悠も茉知を背後に庇うように立ちはだかり、地を這う将吾を鋭く見下ろして睨みつけた。低く、強い威圧感を込めて、明
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