《20年の片思い、来世への願い》全部章節:第 11 章 - 第 20 章

27 章節

第11話

隣の病室では、千輝がベッドの背もたれに体を預け、実家の両親から届いたメッセージ画面を気だるげにスクロールしていた。【千輝、怪我の具合はどうなの?お手伝いさんに看病に行かせましょうか?】【必要ない。大した怪我じゃないから、そっちは引き続き旅行を楽しんで】適当に返信を打ち終えると、千輝はスマホをベッドの脇に放り投げた。昨夜怪我をしてからというもの、実家からの連絡はこの上辺だけの短いメッセージのみ。電話の一本すらかかってこなければ、ましてや病院へ様子を見に来る気配など微塵もなかった。和彦は四六時中仕事にかまけて滅多に家に帰らず、由美子は旅行にうつつを抜かして息子にはまるで無関心。世間体を気にして「理想の家族」を演じているだけで、実際には息子の生死などこれっぽっちも気にかけていないのだ。彼がどれほど優秀であろうと、両親にとっては外で自慢するための見栄の道具に過ぎない。コンコンとノックの音が響き、ドアが開いた。弁当箱を提げた明美が満面の笑みで入ってくる。「千輝、これ、私特製の栄養スープよ。温かいうちに飲んでみて」千輝は胸に渦巻く冷めた寂しさを瞬時に覆い隠し、穏やかな笑みを浮かべた。「ありがとうございます、明美さん。京奈は大丈夫ですか?多分、悪い夢でも見てパニックになっていたんだと思うんですが」明美は弁当箱を彼の前に置き、優しい声で答えた。「大丈夫よ。さっきまで私に抱きついて泣いていたけど、今はもう落ち着いてぐっすり眠っているわ」「それならよかったです」千輝は小さく頷き、ホッと胸をなでおろした。「今回は本当にあなたのおかげね。これから何か必要なことがあったら、遠慮せずに私に言ってちょうだい」明美は慈しむように語りかけた。千輝は首を横に振り、口元に微かな笑みを浮かべた。「京奈を守るのは、俺にとって当たり前のことですから」「ええ。じゃあ、私はもう邪魔しないから、ゆっくり休んでね」……数日の休養を経て、京奈はようやくベッドから降りて歩き回れるまで回復した。「お父さん、お母さん、見て。もうすっかり平気よ!だからこれ以上心配しないで」言いながら、京奈は両親の前でくるりと軽快にターンをしてみせた。この数日間、京奈は多くのことを考えた。せっかく人生をやり直せたのだから、もう二度と過去の苦しみや憎悪に囚われたままでいてはいけな
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第12話

A大付属高校。久方ぶりに足を踏み入れたそのキャンパスで、京奈の口元は自然と緩んだ。前世では両親が亡くなった後、逃げるように海外へ渡ってしまったため、この場所へまともな別れを告げることすらできなかったのだ。こうして再び足を踏み入れると、不思議な感慨に包まれる。「1週間も休んで、ようやく学校に来る気になったわけ?」祐吏だ。彼は学生鞄を片方の肩に引っ掛け、階段の手すりに斜めに寄りかかっている。その様子は、まるでわざわざ彼女を待ち伏せしていたかのようだった。京奈は軽く頷き、胸の奥から込み上げる懐かしさをぐっと押し殺して答えた。「ええ、久しぶり」「……は?」祐吏は一瞬、ぽかんと間の抜けた顔をした。顔を合わせればいつも犬猿の仲のように突っかかってくる京奈が、今日に限ってこんなにも平然とした態度を見せるとは予想していなかったらしい。「どうしたの?見惚れちゃった?」京奈は片眉を上げ、からかうような笑みを浮かべて彼を見た。祐吏はバツが悪そうに鼻をこすり、少し顔を背けた。「いや……君のあの『ボディガード』はどうしたのかと思ってさ」京奈はふと動きを止め、記憶をたぐり寄せた。そういえば、前世の千輝は彼女より1学年上だったのだ。当時はよく、周囲から「千輝くんは京奈さんのボディガードだ」とからかわれていた。毎日教室の席に着くまで送り届けないと安心できない過保護ぶりだったからだ。それにしても、今の祐吏の言い方――どう聞いても、どこか焼きもちのニュアンスが滲んでいる。彼女はそれ以上その話題には触れず、祐吏をちらりと見て、何気ない風を装って尋ねた。「祐吏、誰かを待ってるの?」祐吏は一瞬言葉に詰まった。「あ、ああ。それがどうしたよ」京奈は片眉を上げ、さらに畳みかける。「へえ?一体誰を待っているのかしら?」祐吏の顔に一瞬、明らかな動揺が走った。「き、君には関係ないだろ!さっさと教室に行けよ、遅刻するぞ」京奈は腹を立てることもなく、ただ静かに彼を見つめ返した。「それじゃ、今日の遅刻者リストにあなたの名前が載らないことを祈っておくわ」そう言い残すと、彼女は祐吏がどんな顔をしているか確かめることもなく、踵を返して教室へと向かった。学校での1日、京奈は驚くほどの速さでその生活リズムへと適応していた。たとえこの16歳の体の中に、30代の魂が宿って
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第13話

青柳家。こんな時間になってようやく帰宅した京奈の姿を見るなり、明美は慌てて出迎えた。「京奈、今までどこに行ってたの?千輝に電話したら、病院には来ていないって言うから心配したわよ」京奈は首を横に振り、静かな声で答えた。「お母さん、ちょっとその辺を散歩していただけよ。週末の休みになったら、彼のお見舞いに行くから」娘の落ち着いた様子に、明美はそれ以上深く追及することはしなかった。自室に戻り、ベッドに横たわった京奈の瞳には珍しく迷いの色が浮かんでいた。せっかく人生をやり直せたというのに、自分は一体何を目標に生きればいいのだろうか?前世の自分がデザイナーになることに執着していたのは、ひとえに優秀なデザイナーである母の夢を代わりに叶えたかったからに過ぎない。今の京奈は、自らに問いかけずにはいられなかった。――私が本当に望んでいるものは、一体何なのかしら。とめどない思考の波に揺られながら、彼女は静かに目を閉じ、深い眠りへと落ちていった。その後の半月間、京奈は平日はいつも通り学校に通い、週末には病院へ千輝を見舞うという穏やかな日々を送っていた。学校に突然、1人の転校生がやってくるまでは。「皆さん初めまして、久我紗耶(くが さや)です」京奈はその自分とあまりにも酷似した顔立ちと、前世の彩緒と寸分違わぬその声に、思わずその場に釘付けになった。教室中がにわかにざわめき始める。「ねえ、彼女……京奈さんにそっくりじゃない?」「嘘でしょ、まさか隠し子とか……?」「でも、やっぱり京奈さんの方が綺麗だよね」囁き声が次々と耳に飛び込んでくるが、京奈は平然としたままじっと前を見据えていた。その後ろ姿を、後方の席から祐吏が黙って見つめていた。その瞳には、ほんの一瞬だけ痛ましそうな色がよぎる。「どこか空いている席に適当に座ってくれ」と教師が声をかけると、紗耶はふんわりと微笑み、迷うことなく祐吏の隣の空席へと歩み寄った。「あの……ここに座ってもいいかしら?」祐吏は片眉を上げ、勝手に腰を下ろそうとする紗耶を心底鬱陶しそうに一瞥した。そして無言のまま自分の通学鞄をひょいと掴み上げると、京奈の隣に座っていた男子生徒に声をかけた。「悪い、席代わってくれ」京奈はこの一連の茶番劇を、まるで自分とは何の関係もないかのように、ただ黙って見つ
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第14話

分厚い写真の束が目に飛び込んできた。どの写真も義雄と妖艶な女が親しげに寄り添っているものばかりだ。そして2人の傍らには、紗耶のほかに、7歳ほどに見える小さな男の子の姿も写っていた。「これ……お父さんなの?」京奈は信じられないといった様子で胸元を押さえ、声を震わせた。祐吏は顔を背け、少し低い声で言った。「俺の悪ふざけだとか、君をからかうためのイタズラだって疑わないのか?」京奈は首を横に振り、真っ直ぐな瞳で彼を見つめ返した。「あなたのことは信じてる。ただ、それが本当にお父さんだっていう事実が、どうしても信じられないだけよ」前世であれ今生であれ、両親の絆はこの世の何よりも完璧なものだと京奈は信じて疑わなかった。父は仕事で忙しいながらも、常に彼女と母のことを気にかけて、優しくしてくれていたからだ。まさか父が外で別の子供を2人も作っていたなんて思いもしなかった。それどころか、あの紗耶が自分と同い年だなんて。祐吏は手を伸ばして彼女の頭をポンと撫でると、やりきれないような口調で言った。「そんなに落ち込むなよ。こういうのって……俺の家だって例外じゃないんだから」祐吏の言う通りだった。彼らのような上流階級の家系において、ある日突然、腹違いの兄弟姉妹が現れることなど珍しい話ではないのだ。京奈は沈黙したまま、どう返事をすればいいか分からなかった。いつも自信に満ち溢れている祐吏の顔に、珍しく狼狽の色が浮かぶ。「だから落ち込むなって。俺が悪かったよ。君に教えるべきじゃなかった」京奈は首を振り、どうにか作り笑いを浮かべた。「ううん、違うの。真実を教えてくれてありがとう」そう言い残すと、彼女はその写真の束をすべて鞄に突っ込み、きびすを返して学校を後にした。青柳家に戻ると、義雄と明美がリビングのソファに座って彼女の帰りを待っていた。「京奈、お帰りなさい!さあ、手を洗ってご飯にしましょう」明美がいつもと変わらぬ慈愛に満ちた声で言った。京奈は何事もなかったかのように席に着いて箸を取った。義雄は彼女のためにエビの殻を剥いてやり、彼女の茶碗に入れてくれた。「お父さん、お母さん。今日、クラスに転校生が来たの。久我紗耶って言ってね、私とそっくりな顔をしてるのよ」彼女はわざと何でもないことのように言い放ち、2人の反応を窺った。しかし、両親の顔色
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第15話

紗耶は腕を押さえ、床に倒れ込んで声を殺して泣き始めた。周囲のクラスメイトたちが、一斉に非難がましい視線を向けてくる。「京奈さん、紗耶さんは親切でやってくれたのに、いくらなんでもひどすぎるよ!」「もしかして、自分に顔が似てるからって嫉妬してるんじゃないの?」京奈は冷ややかな目で紗耶を見下ろした。脳裏に、前世のあの光景がフラッシュバックする。彩緒が自ら階段から転げ落ちて自分を陥れたあの茶番だ。相変わらず、実に退屈で底の浅い手口だ。京奈は片眉を上げ、鼻で笑った。「ええ、そうよ。私が突き飛ばしたわ。だから何?あなたのお父さんは教えてくれなかったの?賢しらに私の前に姿を現すなって」「ど、どういう意味……?」紗耶はどこまでも無実の被害者ぶった態度を崩さない。「ふん、どういう意味ですって?愛人が産んだ隠し子のくせに、よくもまあいけしゃあしゃあと私の前に顔を出せたわねって言ってるのよ」京奈は容赦なく、冷酷に言い放った。「わ、私、そんなんじゃないわ!」まさか人目もはばからずに自分の正体を暴露されるとは思っていなかったのだろう、紗耶は途端にパニックに陥った。「私がいらないと突き返したもので周りのご機嫌取りをするのは勝手だけど、それをわざわざ私の前に持ってくるなんて、一体どういうつもり?そんなことで私が嫉妬するとでも本気で思ってるわけ?」京奈は氷のように冷たい声で嘲笑した。すると紗耶はあろうことかそのまま気を失って倒れ込んでしまった。本当に気絶したのか、それともこの窮地を脱するための演技なのかは分からない。見かねた数人のクラスメイトが、紗耶を保健室へと運んでいった。教室に残された他の生徒たちは水を打ったように静まり返り、ただおずおずとこちらの様子を窺っているだけだった。祐吏は鋭い声で一喝した。「何見てんだよ!首を突っ込むな」そう吐き捨てると、彼は京奈の方へと振り返り、心配そうに声をかけた。「京奈……君、大丈夫か?」京奈の顔色は紙のように青ざめていた。彼女は掠れた声で答える。「平気よ」その尋常ではない様子に、祐吏はハッとして息を呑んだ。「どうしたんだ?すごく顔色が悪いぞ、念のために病院に行くか?」京奈は力なく首を横に振った。祐吏は納得がいかないようで、さらに何かを聞き出そうとしたが、京奈がそれを遮った。「祐吏、先生に早退の手続
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第16話

京奈は問い詰めているのではなく、すでに知っている冷徹な事実を突きつけていただけだった。義雄は目の前に立つ娘を見て、ふと得体の知れないよそよそしさを覚えた。まるで、今まで自分の腕の中で無邪気に甘えていた愛娘が、全く別の何かにすり替わってしまったかのような錯覚に陥る。「ああ。確かに、あの子は俺の娘だ」義雄はふうっとため息をつき、どうにか京奈の心を繋ぎ止めようと言葉を紡いだ。「だが心配しなくていい。お父さんが一番愛している娘は、お前なんだからな」京奈は静かに伏し目がちに言うと、冷たく問い返した。「……本当に?」「俺と明美は単なる政略結婚だった。だがな、俺はこの十数年、お前には何だって甘やかして望むものを与えてきたはずだ。着るものも食べるものも、すべて最高級のものをあてがってきたじゃないか。お前の誕生日だって、これまで一度だって欠かしたことはないだろう」義雄は必死に自己弁護を並べ立てた。「でもそれは、結局お父さんが外にもう1つの家庭を持っていたという事実の免罪符にはならないわ」京奈は淡々と口を開いた。その声には、微かな苦渋の色が滲んでいる。義雄は絶句した。確かに、反論の余地などどこにもなかったのだ。京奈はそれを見届けると、すっと1枚の財産分与に関する協議書を取り出した。「お父さん、私だって子供じゃないの……お金のあるところにこそ愛があるってことくらい、もう分かっているわ」その協議書には、青柳グループの株式譲渡に関する条件がはっきりと明記されていた。それを目の当たりにした義雄の胸に、どっと深い後ろめたさが押し寄せる。かつて自分の前で無邪気に甘えていた愛娘が、今やまるで赤の他人のように思え、彼はその現実をどうしても呑み込めずにいた。「京奈。約束しよう、株はお前1人にすべて譲る」京奈は頷いた。「わかったわ」義雄はため息をつき、手早く署名と捺印を済ませると、その書類を彼女へと差し出した。「今日はもう遅い。部屋に戻ってゆっくり休みなさい」京奈は協議書を丁寧に鞄へしまうと、背を向けて自室へと戻った。その時、ふいにスマホの着信音が鳴り響いた。画面に目をやると、祐吏からの着信だった。「君、大丈夫か?少し心配でさ」電話の向こうから、祐吏の気遣うような声が聞こえてくる。「この程度のこと、私1人で十分に処理できるわ」京奈は極力、声を
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第17話

学校。紗耶がとうとう転校していったと聞いた時、京奈はそれが父親の差し金であることを見抜いていた。だが、今さら深く詮索する気にもなれず、彼女はただひたすらに学業へと打ち込んだ。時は流れ、2年の歳月はあっという間に過ぎ去った。千輝はA大へ進学した。その大学は高校から通りを1本隔てただけの、目と鼻の先にある。京奈が何度拒絶しようとも、千輝は毎日欠かさず校門の前に車を停め、彼女が下校してくるのを待ち構えていた。学校では、京奈と千輝が熱愛中だという噂がまことしやかに飛び交っている。「京奈、お前がよく行くあのお店のかき氷を買ってきたぞ。食べるか?」千輝は車のドアを開け、慣れた手つきで彼女の鞄を後部座席へと置いた。京奈は仕方なく、相槌を打つ。実際のところ、彼女はとうの昔に千輝への想いを断ち切っていた。しかし、いくらそう伝えても、千輝は冗談だと思い込み、彼女が照れ隠しで甘えているのだと勘違いするばかりだった。おまけに現在、青柳家と井垣家のビジネス提携は順調そのものであり、双方の親も2人がお似合いだとすっかり信じ切っている。両家の顔を潰すことなく、波風を立てずに彼を拒絶する方法など、今の京奈には到底思いつかなかった。「千輝。私、もう高校3年生よ。これからは受験で死ぬほど忙しくなるから、毎日校門で待つのはやめて」彼はそれを聞いてふっと笑った。「気にするな。お前を待っている間に仕事の処理もできるし、時間の無駄にはならないから」京奈は小さくため息をついた。彼女はかき氷を口に運びながら、何気なくあのスイーツ店の様子を尋ねた。「そういえば、あの店の店主の娘、少し前に手術を受けたって聞いたけれど……」「ああ、安心しろ。手術は無事に成功したよ」千輝は答えた。京奈はこくりと頷き、2人の間にはしばらく無言の時が流れた。大学入学共通テストまで残り1ヶ月に迫った頃、ずっと京奈の隣の席だった祐吏が突然何日も続けて学校を休んだ。【どうしたの?なんで授業に出ないの?】彼女は少し心配になり、メッセージを送った。しかし、丸3日が経っても返信はない。京奈の胸に得体の知れない焦燥感が広がっていった。放課後、彼女は千輝の誘いを断り、1人で平良家の本邸へと向かった。インターホンを鳴らし、対応に出た執事に告げた。「こんにちは。祐吏のクラスメイ
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第18話

「おいおい、本気で俺を殺す気かよ!」間違いない、祐吏の声だ。カランと音を立てて京奈の手からナイフが床に滑り落ちる。彼女が目を開けると、そこには壁にもたれかかり、からかうような笑みを浮かべてこちらを見つめる祐吏の姿があった。彼女は弾かれたように手を伸ばし、祐吏に力いっぱい抱きついた。「もう!死ぬほどびっくりしたんだから!」この不意打ちの抱擁に、祐吏はすっかり固まってしまい、両手をどこに置けばいいのか分からず宙に浮かせた。やがて、彼はかすれた声で言った。「傷口、押されてるんだけど」「えっ?ご、ごめん、わざとじゃないの」京奈は慌てて体を離し、緊張した面持ちで彼の傷口を確認した。「服、血まみれじゃない!ひどい怪我なの?病院に行かなくて大丈夫?」祐吏は力なく首を横に振った。「病院に着く前に、兄貴たちに息の根を止められちゃうよ」その一言で、京奈はすべてを悟った。この酷い傷は彼の兄たちの仕業なのだと。彼女は急いで救急箱からガーゼと止血剤を取り出し、慎重な手つきで祐吏の手当てを始めた。祐吏は黙ったまま彼女の横顔を見つめていたが、その胸の奥ではすでに激しい感情の波が渦巻いていた。京奈は彼を支えてソファに座らせた。「ろくなものがない家だけど、しばらくはここで我慢してね」「京奈」「ん?どうしたの?」「君のことだから、面倒事には関わらないようにするか、せいぜい一晩だけ泊めて『明日はさっさと出て行け』って追い出されるかと思ったよ」ソファに横たわりながら、祐吏は気だるげに口にした。京奈は呆れたようにふっと笑った。友達としてであれ、恋人としてであれ、祐吏は彼女の命を救ってくれた恩人だ。見殺しになんてできるはずがない。ましてや、前世で彼が自分の目の前で無惨に死んでいくのを見たあの絶望は、今生ではもう二度と味わいたくなかった。「さっきあなたの家に行ってきたの。あなたが病気で人に会えないって言ってたけど、ドア越しに声を聞いて、すぐにあなたじゃないって分かったわ」京奈は意図的に話題を変えた。祐吏の瞳に一瞬、冷たい光が走った。彼は冷笑を浮かべた。「あの家で、俺の無事を祈ってるのはお母さんくらいさ。他の連中は、俺が1日でも早く死んでくれるのを待ち望んでる」その言葉を聞いて、京奈はふと前世の記憶を思い出した。祐吏が死んだ後、理
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第19話

図星を突かれた祐吏は、バツが悪そうに言い張った。「だって、みんなは君と千輝が婚約してるって噂してるじゃないか。美男美女でお似合いのカップルだって。俺がそう勘違いしたって、無理ないだろう!」その言葉に、京奈はなぜか腹が立った。「そう。勝手に思っていれば!」吐き捨てるように言い放つと、彼女は容赦なく祐吏を部屋の外へ押し出した。バタンッ!激しい音を立てて、ドアが閉まる。翌日。2人は前後して家を出たが、結局その日は一言も口を利かなかった。試験が終わった直後、京奈は祐吏とまともに話をする間もなく、明美に強引に空港へと連れて行かれ、海辺のリゾート地へ向かう飛行機に乗せられていた。「京奈、本当にお疲れ様!お母さんが南国のリゾートでパーッと羽を伸ばさせてあげるからね!」京奈は通知の来ない静かなスマホを見つめ、小さくため息をつくと、もう考えるのをやめた。――海辺のリゾート。京奈は白い砂浜に寝転び、果てしなく広がる青い海を静かに見つめていた。前世からやり直して3年。こうして心からリラックスできたのは、初めてのことかもしれない。……本当に、よかった。今生では両親も健在で、青柳グループの事業も順風満帆。そして何より、祐吏が元気に生きている。これが完璧な結末でなくて何だろうか?彼女の脳裏に、あの「答えの本」に記されていた【すべては願い通りになる】という一文がよぎった。現在、その言葉は確かに現実となっている。唯一、彼女を悩ませているのは、千輝との婚約問題だ。これまではまだ高校生で未成年だったため、両家の親も結婚について急かすようなことは言わなかったが、今となっては、これをどう処理すべきか本当に見当もつかない。海を見つめながら、京奈の心にはなぜか言いようのない焦燥感が募っていた。彼女はスマホを取り出し、祐吏にメッセージを送った。【今、何してるの?】すぐに返信が来た。【シャワー浴びたところ。もう寝る】そのメッセージを見て、京奈の胸に寂しさが走る。【そっか。じゃあ、早く休んでね】だがその直後、祐吏から不意に着信が入った。「何か悩み事でもあるのか?」京奈は驚いて目を見開いた。「どうして分かったの?」電話の向こうから、祐吏の低く笑う声が聞こえる。「ただの勘だよ。文字だけでも、なんだか元気がないように見えたから
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第20話

京奈は平良家の本邸の重厚な門の前に立ち、これで3度目となるインターホンを鳴らした。冬の終わりを告げる柔らかな春の陽射しが降り注いでいるというのに、彼女の心には少しの暖かさも届かなかった。「京奈様」インターホン越しに聞こえてきた平良家の執事の声には、微かなため息が混じっていた。「祐吏様は出張に出られておりまして、まだお戻りになっておりません」京奈は指の関節が白くなるほどに両手を強く握りしめた。今月に入ってからこれで3回目だ。毎回、判で押したように同じ返答だった。彼女は見上げるように、かつて祐吏が使っていた2階の部屋の窓を見つめた。海辺から帰ってきて以来、彼に数え切れないほどのメッセージを送ったが、すべて海に石を投げたように音沙汰がなかった。「いつ頃お戻りになるか、聞いていませんか?」京奈は食い下がった。「それは……」執事は少し言葉を濁した。「私ども使用人が、祐吏様のご予定を勝手に詮索するわけにはまいりません。京奈様、本日はどうぞお引き取りください」胸の奥がぎゅっと締め付けられ、何かがつかえたように息が詰まりそうになる。もし、あの夜の電話が最後になると知っていたら、自分は必ず彼に伝えていたのに。私が好きなのは千輝なんかじゃない、祐吏、あなたなんだって!彼女は深くため息をつき、踵を返した。もしかすると、私と祐吏は本当に縁のない運命なのかもしれない。でも……少なくとも今生の彼は、私に関わったせいで苦労することもないし、無駄に命を落とすこともない。それだけで十分だわ。実家に戻ると、ベッドの上にC大の合格通知書が置かれていた。結果は分かっていたはずなのに、実際にその通知書を目の当たりにした瞬間、やはり嬉しさが込み上げてきた。義雄と明美は、彼女が勝手に遠くの大学を選んだことを少し咎めはしたが、最終的には娘の決断を尊重してくれた。入学までまだ1週間あったが、京奈は早めにC市へ向かい、新しい環境に慣れることにした。明美は娘が大学の学生寮で不便な思いをしないよう、いっそのことと大学のすぐそばに真新しいマンションを買い与えてくれた。京奈もそこに落ち着き、安心して新生活の始まりを待つことにした。ある日、京奈は荷物を抱え、人気のない夜道を1人で歩いていた。よりによって今日に限って、この道の街灯は調子が悪い
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