海鳴市のご令嬢、神楽坂舞夜(かぐらざか まや)は公言していた。外で男を作るのはただの遊び。恋はしないと。それでも男たちは、揃って彼女と付き合いたがった。舞夜の機嫌がいいとマンションごと相手に贈る時があるし、機嫌が悪くても、千万単位の慰謝料がもらえるからだ。海鳴市の人々は、俺・神楽坂涼介(かぐらざか りょうすけ)を「史上最も情けない旦那だ」と笑った。皆、俺が一生このまま彼女の言動に耐えると思い込んでいるのだ。ある日、舞夜が浅井辰也(あさい たつや)という大学生を連れ帰るまでは。平凡な顔立ちの辰也だったが、舞夜にとっては初めての「遊びでは済まない相手」となった。舞夜は俺に二つの選択肢を突きつけた。一つ目は、辰也と彼女の関係を認めたまま婚姻を続けること。二つ目は、離婚して財産を半分に分け合い、二度と関わらないこと。舞夜の友人たちは、面白がってこの様子を見ていた。俺が金のために、我慢を続けると確信しているのだ。だが、俺は迷わず後者を選んだ。前世で我慢し続けた結果、辰也はますますつけあがった。彼は舞夜を独り占めして、俺の子供を産ませないようにしたのだ。年を取った時、俺は子や孫に囲まれる辰也を見て嫉妬した。舞夜が亡くなった時でさえ、遺言では俺について何も語らなかった。そして全ての遺産は辰也に残された。舞夜の夫でありながら、俺は孤独な一生を終えたのだ。死に戻った今では、もう迷いは吹っ切れた。金を持って出て行く。二度と舞夜とは関わらない。……離婚届に目を通し、俺は迷わずサインをした。舞夜は珍しく動揺し、声に焦りが滲んでいた。「涼介、本当にいいのね?サインしたら、もう後戻りはできないわよ」俺は手を止めず、ペンを走らせた。「今すぐにでも出て行く」後悔など、するわけがない。前世では、舞夜が辰也を連れて帰ったのはいつものように俺の気持ちを弄ぶためだけだと思っていた。これだけ長く連れ添えば、俺に少しでも情があるはずだと勘違いしていたのだ。しかし、俺の人生は笑い話のように終わった。舞夜は辰也と次々に子供を儲け、生涯仲睦まじく過ごした。一方、俺は家で余計な置物のように、一生世間の笑いものにされていたのだ。そして晩年になって、舞夜の病室で彼女と辰也の会話を耳にした。
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