All Chapters of 仮病で結婚式を邪魔した妹。本当の末期癌になれ: Chapter 1 - Chapter 9

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第1話

伝統を重んじる名家、秋月家には、娘が嫁ぐ際に両親が心を込めて真珠の花嫁輿を作るという習わしがある。その輿に飾られる真珠は、両親が自らの手で拾い集めたものだ。真珠の数が多いほど、娘はより深い愛情を受けて育った証となり、嫁ぎ先でも大切にされると信じられている。私・秋月穂香(あきづき ほのか)の花嫁輿も完成してから6年が経つ。しかし、これまでに19回も決まりかけた結婚式を、義理の妹の秋月莉乃(あきづき りの)は何かしらの理屈をつけて阻んできた。そして今回の結婚式当日、私はまた彼女に部屋に閉じ込められてしまった。窓を割って脱出し、傷だらけのまま式場に辿り着いたときには、すでに挙式は始まっていた。私のためにあつらえたはずの花嫁輿には莉乃が乗っていた。兄は自ら輿を担ぎ、私の婚約者である神谷涼太(かみや りょうた)のもとへ、ゆっくりと進んでいた。両親が涙ぐみながら、涼太に彼らの娘をどうか幸せにしてやってほしい、と願っている。私に気づいた親友は、入り口で私の行く手を阻み、こう言い放った。「この入れ替わり作戦は、私たちみんなで計画したことなんだよ。莉乃さんは重い病気を患っているの。彼女が最期を迎える前に、せめてもの夢を叶えてあげたいのよ。少しは思いやりを持てないの?」兄が足早に近づいてきて、私を脅した。「父さんと母さんが言っているぞ。今回、おとなしくしていれば、十分な持参金を持たせる。莉乃と同じように大切に扱うから、騒ぎ立てるな。さもなければ、この秋月家から出て行け。もう二度と敷居をまたぐことはできないと思え」私はぎゅっと拳を握りしめ、彼らの前で絶対に泣くまいと、必死に涙をこらえた。彼らは知らないはずだ。実は、私を育ててくれた義理の両親がすでに、莫大な持参金を用意してくれていたことを。実の両親がくれるはずだった家族の絆など、もういらない。……兄が差し出した診断書に目をやる。病院名は読み取れず、隅っこには怪しげな偽造印が押されている。これで莉乃の病気は何度目なのかしら。去年の胃がんに、おととしの骨がん。さらに遡れば、心臓病に白血病、うつ病まであったはずだ。私ですら一目で偽物だとわかる書類を、両親が見抜けないはずがないのに。会場に鳴り響く音楽が、私の耳と心臓を激しく痛めつけた。今、私の隣にいる親友が着てい
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第2話

兄の手をそっと払い除け、私は意を決して式場の中へ足を踏み入れた。涼太と莉乃は敬虔な面持ちで寄り添い、この町に古くから伝わる習わしに従って、貝殻を床へ投じた。二人は夫婦円満と子宝を祈っているのだ。次の瞬間、周囲から感嘆の歓声が沸き上がった。「表と裏だ、海の神様がお認めになったぞ!」両親は感極まり、目を真っ赤にしていた。涼太はうつむき、莉乃の額に優しく口づけを落とす。私はふと、何年も前のことを思い出した。海辺にある海の神様のお社で、涼太が私の手を握っていたあの日のことだ。「結婚したら、俺の寿命をお前より一日だけ短くしてほしいって海の神様に頼むんだ。そうすれば、お互いに歳をとったとき、お前が死んでいくところを見なくてすむから」あの時の彼の瞳には涙が浮かんでいた。まるで一生、私だけを愛してくれるかのように。式場が急に静まり返り、全ての視線が私に集まった。場にいる全員が息を呑んだ。彼らは動揺した様子で視線をそらし、誰一人として私と目を合わせようとはしなかった。涼太は表情を曇らせ、反射的に莉乃を背後にかばった。「穂香、文句があるなら俺に言え。莉乃との結婚式のために、お前を閉じ込めるよう提案したのは俺だ。莉乃を責めるな、彼女には何の罪もない」両親が慌てて駆け寄り、左右から私の両腕を掴んだ。まるで私が莉乃をいじめるのを恐れるみたいに。父は厳しい顔つきで警告した。「今日はめでたい日だ、騒ぐんじゃない。莉乃は体が弱いんだ、無理をさせるな」母は必死にすがりつくように言った。「穂香、お願いだから言うことを聞いて。これまで良くしてあげたでしょう。今回だけは言う通りにしてちょうだい」喉の奥に何かが詰まったようで、言葉が出てこなかった。「結局、今まで私を大切にしていたのは、いざという時に、『我慢しろ』って言うためだったの?」私が彼らの本当の娘なのに、引き取られるのが遅かったというだけで、心の壁を感じずにはいられなかった。ここ何年も、買い物をするときはいつも先に莉乃の欲しいものを聞き、ついでに私に同じものを買い与えるだけだった。外食をしても、テーブルに並ぶのは莉乃の好物ばかりで、私が卵アレルギーであることなど、誰も覚えていない。まるで私は、遠い親戚の居候でしかないかのようだ。最低限の面倒だけ見ておけばいいと思わ
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第3話

母は忘れているのだろうか?私が家庭を壊したくて無理やりやってきたわけじゃないことを。10年前、両親が私の育ての親のところへやってきたのだ。父は私にしがみついて泣いていた。「穂香、15年探し続けたんだ。うちに帰ろう。もう二度とお前を離したくないんだ」今の私は顔を上げて涙を飲み込み、強気に二人を見つめた。「最初から他の娘がいると教えてくれればよかった。私なんていらないと分かっていれば、そもそも帰ってこなかったのに!」パシッ!頬を思いきり引っぱたかれ、熱い痛みが一気に広がった。私は信じられない思いで莉乃を見つめた。彼女はさも正義ぶった顔をしていた。「お姉ちゃん、私に普段どう当たってもいいけど、どうしてお父さんとお母さんにあんな言い方をするの?」両手を両親に掴まれたままで、私には避ける隙すらなかった。次の瞬間、またしても強烈な平手打ちが飛んできた。「これは涼太さんの分。彼が多くの人の前で恥をかくようなこと、どうして平気でできるの?」頬の痛みよりも、その荒唐無稽な言動に心が冷えていく。必死に両親の手を振り払い、ふらつきながら立ち上がると、今度は涼太の母親が嫌悪感をむき出しにして飛び込んできた。「もう十分よ!今日という大事な日にここまで騒ぐなんて、常識がなさすぎる。これではとても神谷家へは迎え入れられないね」彼女は莉乃を見るなり、即座に笑顔を作った。「莉乃さんは本当にいい子ね。お嫁さんたるものこうでなくちゃ。涼太があなたを選んでくれて、本当に良かったわ。どこかの田舎から来たような小娘とは、大違いね」涼太は居心地悪そうに、私を不満そうに睨んだ。「お前さ、そういうわがままばかり言うから、母さんも怒るんだぞ」私は呆然と彼を見つめ、喉が詰まった。彼の母にひどい仕打ちをされた時も、彼はいつも沈黙を守っていた。彼が毅然として私の味方をしてくれたことは一度もない。だから、彼の母も私を侮ったのだ。どう扱おうと、涼太は決して私のために立ち上がらないと分かっていたからだ。周りの野次馬たちが騒ぎ始めると、涼太はばつが悪そうに声を潜めた。「穂香、ひとまず帰りなよ。ほんの1ヶ月の辛抱だからさ」涼太は私の腕を引き寄せて言った。「1ヶ月待てば、また元通りお前を妻にするから」私は何も答えず、人混みの向こうにある
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第4話

家のドアを押し開けると、中は大賑わいだった。両親は親戚を呼び、莉乃の名前を家系図に載せる儀式を行っていた。家に引き取られてから10年になるが、家系図どころか、私は未だに戸籍さえ移してもらえていない。毎回そう尋ねるたびに、両親は言い訳をするばかりだ。「海の神様の許可がまだ」、「今は時期が悪い」そう言って、いつも後回しにされてきた。そうして待ち続けて、丸10年が経ってしまった。私の姿を見ると、母は気まずそうに目をそらした。「莉乃が結婚したから、先に家系図に載せないとみっともないでしょ。莉乃の病気が治ったら、あんたのことも載せるからね」「もう、いいよ」部屋が一瞬で静まり返った。私は首から、いつも身につけていたお守りを外した。それは私が引き取られた日、父と母が申し訳なさそうにくれた、お守りだった。この10年間、悲しい時も辛い時も、私はこれを見て耐えてきた。彼らが私を愛してくれている唯一の証だと信じて。でも、今日ようやく分かった。愛する相手に、わざわざ、「証」なんて必要ないのだと。莉乃に病気なんてないのはみんな分かっているのに、誰もが必死で彼女の茶番劇に合わせている。「花嫁輿も、家系図も、お守りも、もういらない。全部、いらないの」父は顔をしかめた。「お前、不満があるのか?あてつけのつもりか?穂香、よく考えろ。一度手放したものは、二度と戻らないぞ」私は冷静に答えた。「元々、私には縁のなかったものだから。それと、ここから出ていくわ」涼太が強引に私の肩を掴み止める。「穂香、わがままはよせ。今、家に連れて帰ることはできない。母さんの機嫌が直ったらお前が謝りにこい。話はそれからだ」兄はおかしそうに鼻で笑った。「聞いたか?今、家に連れて帰ることはできないって。やめとけ。秋月家を出て、お前にどこへ行く当てがあるんだ?」莉乃は無邪気そうに言った。「お姉ちゃんがいらないなら、私がもらってもいい?」兄はためらうことなく、すぐにお守りを莉乃の首にかけてやった。「当然だ。あいつにはもともと似合わないし、俺の妹は莉乃だけだからね」前なら、そんな言葉を聞いたらショックで一晩中眠れなかっただろう。でも、何度も聞かされすぎたのか、不思議と心に波風一つ立たなかった。私は背を向け、玄関へと歩き出し
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第5話

秋月家の習わしに従い、莉乃が正式に家系図に名前を入れた後、本家に戻って先祖様に線香をあげることになっていた。全員が出発の準備をしていたとき、父がふと眉をひそめた。「穂香は?」リビングが、一瞬にして静まり返る。兄があたりを見渡した。「午前中に不機嫌になって出て行ったけど、まだ帰ってないのか?」母は荷物を置くと眉間にしわを寄せた。「また部屋でふてくされているんじゃない。早く呼びに行って、出かけるわよ」家政婦が家中を探し回り、首を横に振って戻ってきた。「穂香様は、どちらにもいらっしゃいません」兄は険しい顔になり、スマホを取り出して穂香の番号を呼び出した。無機質なアナウンスが響く。[おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか……」何度かけ直しても、結果は同じだった。彼の表情がさらに暗くなる。「どういうつもりだ?また生意気な態度を見せつけてるのか?本当に大きくなるにつれて言うことを聞かなくなるな。昔の方がよほど素直だった」母がため息をつく。「いいわ。私が探しに行ってくるから、あなたたちは家で待っていて」母が外に出ようとすると、莉乃がうつむき、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。「お姉ちゃん、きっと私がこの家の本当の家族になるのが嫌なんだわ。今日わざと困らせていなくなったのは、みんなに捜してほしいからよ。そうすれば、誰も私のご先祖様への挨拶に付き添ってくれなくなるようにしたんだわ」莉乃は言葉を詰まらせ、肩を小刻みに震わせた。「お姉ちゃんに嫌われているんだね……私なんか、秋月家にいちゃいけないんだね……だったら治療なんてやめる。どうせ邪魔者なんだし、死んだ方がマシ!」兄が焦って口を開いた。「そんなことを言うな!縁起でもないからやめろ」母が急いで戻ってきて莉乃を抱きしめた。「あなたは私のかけがえのない宝物よ。そんなことを言って私を悲しませないで」莉乃は泣きじゃくりながら訴えた。「でも、お姉ちゃんが……」「もういい」父が表情を冷たくし、怒りをあらわにした。「穂香がそこまでやりたいなら、やらせておけばいい。一人で残して冷静にならせるんだ。帰ってきたらたっぷり説教してやる」涼太は多少なりとも穂香を案じていたが、莉乃の青白い顔を見て、結局何も言えなかった。1週間後、本家での
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第6話

しかし、今回は違った。向けられた兄の冷淡なまなざしに、彼女は背筋が凍るような恐怖を覚えた。「莉乃、涼太くんは穂香の婚約者なんだから。どうして穂香と奪い合ったりするんだ?」莉乃はその場に立ち尽くした。母の瞳には深い失望の色が浮かんでいた。父は氷のように冷たい声で言い放った。「二度とそんな口を利くな。穂香が帰ってきたら、ちゃんと謝りなさい」これが初めてだった。莉乃が、自分の望んだ「特別扱い」を手にできなかったのは。その日を境に、秋月家は完全に崩壊した。莉乃は、狂ったようになってしまった。いい子ぶるのをやめ、聞き分けのいいふりもしなくなり、毎日のように暴れ回った。「私は涼太さんが好きなの!なんで彼と結婚しちゃダメなのよ!お姉ちゃんはいなくなったんでしょ!それなら私に譲ってくれてもいいじゃない!」兄が怒りを露わにした。「何を言っている!穂香はただ拗ねているだけだ。家に戻らないなんてことがあるわけがない!」家の中は毎日、怒号が飛び交う騒ぎとなった。家政婦たちは、余計な火の粉を浴びまいと息を潜めるしかなかった。母は頭を抱え、父も日に日に苛立ちを募らせていた。涼太は穂香の様子を尋ねに来る以外、おいそれと家にも入れなくなっていた。兄もまた、家に帰らぬ日々が増えていった。あんなに賑やかだった家は、今や息が詰まるほど陰鬱な場所へと変わっていた。そんな混乱の中で、彼らは頻繁に穂香のことを思い出すようになっていた。母がソファーで莉乃が投げ捨てた花瓶の破片を見つめる時、その脳裏には穂香の姿が自然と浮かんでくるのだった。誘拐されるまで、穂香は一度だって自分に苦労をかけたことがなかった。幼いながらも、いつも自分の支えになってくれていた。帰ってきてからも、自分を一度も恨むことはなかった。穂香は実の娘で、莉乃は身寄りのない子だから、金銭面で良くすることが公平だと思い込んでいた。しかし今の莉乃の姿は、どう見ても甘やかされてわがままに育っただけの姿だ。莉乃がここまで歪んだのは、どれほど自分が莉乃だけを溺愛し、特別扱いしてきた結果なのだろう。そして穂香がどれほどの悲しみを耐え抜き、今回は何も告げずに家を出て行ったのかを、母は思った。……兄が深夜2時に酔い潰れて帰り、胃の痛みに苦しんでソファーで丸
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第7話

丸一日で、兄はこの街を端から端まで探し尽くした。夜、彼がうつむいて病棟の廊下を歩いていると、ふと見慣れた人影がパッと横切った。兄は不意に立ち止まり、その瞳を揺らした。「莉乃?」彼は眉をひそめて、思わず後を追いかけた。診察室のドアが少し開いていた。中から、苛立った莉乃の声が漏れてくる。「早く診断書を書いて。もう死ぬほど体調が悪いって」医師は顔が青ざめ、冷や汗を流していた。「秋月さん、もうこれ以上は無理です。この数年、秋月さんの指示でどれほど偽のカルテを作ったことか。骨がんに白血病、うつ病……全部ウソだったんですよ。もしバレたら、私の医者としての人生が終わってしまいます!」莉乃は険しい顔つきになった。「書かないのなら、今すぐ通報するよ」医師の顔色がさらに真っ青になった。莉乃が冷たく笑う。「私はせいぜい親に怒られるだけ。でもあなたは、仕事を失うことになるかもね」医師は悔しさで手を震わせた。しかし、逆らうこともできず、彼はガックリと椅子に腰掛けた。そして、ペンを手に取り、「これで最後です。もう二度とありません!」と言った。「それより、一体何が目的ですか?体はあんなに健康なのに、なぜそこまでして病人を装うんです?」莉乃はその急変連絡書を手に取ると、満足げに何度か眺めた。「全部、お姉ちゃんのせいよ。お姉ちゃんが無理やり家にとどまって、私のものを奪おうとしなければ、こんなことをしなくてもよかったの。両親の愛情も、お兄ちゃんの関心も、涼太さんの好意も。全部私のものだったはずなのに。病状が深刻であればあるほど、みんな私の周りをうろつくでしょ」莉乃はそう言うと、得意げに笑みを浮かべた。「これがあれば、みんな私の言いなりね。今度こそ、穂香を完璧に追い出してやる」兄はその場に立ち尽くし、まるで雷に打たれたような衝撃を受けていた。これまで彼らは、莉乃の病気が嘘だと知らなかったわけではない。ただ、愛されないのが不安でわがままを言っているのだと思っていた。彼女が孤児なのをかわいそうに思い、穂香に嫌がらせされているという言葉をずっと信じてきたのだ。だが実際は、相手を追い出そうとしていたのは莉乃だった。そして、本当に家族を奪われることになったのは、穂香のほうだったのだ。
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第8話

莉乃は気が狂ったように泣き叫んだ。けれど今回ばかりは、誰も彼女に同情しなかった。父は疲れ果てたように目を閉じた。「もういい。この家でお前に不自由な思いなどさせた覚えはない。それなのに、お前は我が家を台無しにした」莉乃は事の重大さに気づいたのか、顔からさっと血の気が引いた。「何をするつもりなの?」父の声はひどく冷たかった。「出て行きなさい。もう二度とここへ戻ってくるな」ガクン――呆然とした莉乃は、崩れるように床に膝をついた。「ごめんなさい!本当に反省しているから、追い出さないで!」彼女は母の手に取り縋った。「お母さん、一番可愛がってくれたじゃない。私を見捨てるなんて言わないでよ、ねえ?」母は、莉乃の手を振り払った。莉乃は、涼太にすがるように向いた。しかし彼はそっぽを向き、見ようともしなかった。ここでやっと、彼女は本物の恐怖を感じた。最後に望みをかけて、兄の元へと向かう。「お兄ちゃん、言ったよね。お兄ちゃんの中での妹は、私だけだって。私が家に来た時、ずっと守ってくれるって言ったじゃない。お願い、見捨てないで」しかし兄は勢いよく後ずさり、強い嫌悪感を浮かべた。兄がそんな目で彼女を見たのは、これが初めてだった。「莉乃、俺が生涯で最も後悔しているのは、お前を哀れんだことだ。俺のせいだ。穂香がいない時に、お前を彼女の身代わりにするべきではなかった」兄は凍りついた声で告げた。「お前さえいなければ、穂香も家を出ず、こんなことにならなかった。どれほど大事に思っているかを話す機会もあったのに。出ていけ。二度と目の前に顔を出すな」莉乃は、絶望のあまり地面に座り込んだまま動けなくなった。……同じ頃、何百キロも離れた小さな町。私は結婚することになった。しっとりとした潮風を感じながら部屋でたたずみ、外を見ると目頭が熱くなった。庭には、立派な花嫁輿が置いてあった。希少な木材で作られ、凝った彫り細工が施されている。とりわけ目を引くのは、惜しみなく敷き詰められた数多の真珠だった。月光のように淡い輝きを放ち、どれ一つとっても美しい。誰もがそれを見て驚きを隠さない。「一体どれだけかかったの」と。育ての母は私のそばで、皺の寄った顔で微笑んだ。「穂香が喜んでくれ
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第9話

みんなが私を見ている。その目には、期待と、後悔と、すがるような気持ちが浮かんでいた。でも、私は小さく微笑むだけだった。「もう、必要ない」その一言で、彼らの顔色は一瞬にして青ざめた。「過ぎたことは、もうどうでもいい。私は今、とても幸せに暮らしている。だから、もう私の人生に関わらないでほしい」母はふらりと体を揺らし、私を抱きしめようと駆け寄ってきた。父と兄も、一歩前に踏み出す。その時、一人が私を遮るように立ちはだかった。育ての父だ。続けて育ての母もやってきて、私をしっかりと背後に庇った。父が眉をひそめて言う。「これは家族の問題だ。お前たちに口出しされる筋合いはないはずだ」育ての父は厳しい眼差しで言い放つ。「償いたければ、10年前にいくらでも機会はあった。それをみすみす逃したのは誰だ」「大切にしないと分かっていたら、あのとき、絶対に穂香を行かせたりしなかった!」ずっと胸に秘めていた育ての母の怒りが、ついに爆発した。「私たちは穂香を、宝物のように何年もかけて育ててきたの。あなたたちに傷つけられるために返したんじゃない!」彼女の声はどんどん大きくなる。「迎えに行ったあの日、この子がどんな姿をしていたか知っているの?火傷の痕だらけで、手は血豆でいっぱいだった。あなたたちは見たの?少しでも気にしたの!?」容赦ない言葉が突き刺さる。両親は真っ青になり、兄と涼太はうつむいたまま、一言も返せなかった。彼らは、本当に何も知らなかったからだ。あの日彼らは莉乃のことばかり気にして、私の姿など全く見ていなかったのだから。すぐに警備員がやってきて、彼らは外へと追い出された。涼太はなおも抵抗しようとする。だが結局、彼ができることは私が花嫁輿に乗り込み、一度も振り返らずに去っていくのを見送ることだけだった。その日、私の結婚式は無事に行われた。育ての父が私の手を引き、夫のもとへと歩みを進めた。両親に引き取られて離れ離れになってから、彼はずっとこの町で私を待っていてくれた。育ての母は、式場で涙でメイクを崩して泣いていた。この瞬間、私は本当に心から幸せだと思った。その後も数年、両親と兄、涼太は諦めきれないようだった。幾度となく現れては、許しを乞うた。だが、私はそれを受け入れる
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