ログイン伝統を重んじる名家、秋月家には、娘が嫁ぐ際に両親が心を込めて真珠の花嫁輿を作るという習わしがある。 その輿に飾られる真珠は、両親が自らの手で拾い集めたものだ。真珠の数が多いほど、娘はより深い愛情を受けて育った証となり、嫁ぎ先でも大切にされると信じられている。 私・秋月穂香(あきづき ほのか)の花嫁輿も完成してから6年が経つ。しかし、これまでに19回も決まりかけた結婚式を、義理の妹の秋月莉乃(あきづき りの)は何かしらの理屈をつけて阻んできた。 そして今回の結婚式当日、私はまた彼女に部屋に閉じ込められてしまった。 窓を割って脱出し、傷だらけのまま式場に辿り着いたときには、すでに挙式は始まっていた。 私のためにあつらえたはずの花嫁輿には莉乃が乗っていた。兄は自ら輿を担ぎ、私の婚約者である神谷涼太(かみや りょうた)のもとへ、ゆっくりと進んでいた。 両親が涙ぐみながら、涼太に彼らの娘をどうか幸せにしてやってほしい、と願っている。 私に気づいた親友は、入り口で私の行く手を阻み、こう言い放った。 「この入れ替わり作戦は、私たちみんなで計画したことなんだよ。莉乃さんは重い病気を患っているの。彼女が最期を迎える前に、せめてもの夢を叶えてあげたいのよ。少しは思いやりを持てないの?」 兄が足早に近づいてきて、私を脅した。「父さんと母さんが言っているぞ。今回、おとなしくしていれば、十分な持参金を持たせる。莉乃と同じように大切に扱うから、騒ぎ立てるな。 さもなければ、この秋月家から出て行け。もう二度と敷居をまたぐことはできないと思え」 私はぎゅっと拳を握りしめ、彼らの前で絶対に泣くまいと、必死に涙をこらえた。 彼らは知らないはずだ。実は、私を育ててくれた義理の両親がすでに、莫大な持参金を用意してくれていたことを。 実の両親がくれるはずだった家族の絆など、もういらない。
もっと見るみんなが私を見ている。その目には、期待と、後悔と、すがるような気持ちが浮かんでいた。でも、私は小さく微笑むだけだった。「もう、必要ない」その一言で、彼らの顔色は一瞬にして青ざめた。「過ぎたことは、もうどうでもいい。私は今、とても幸せに暮らしている。だから、もう私の人生に関わらないでほしい」母はふらりと体を揺らし、私を抱きしめようと駆け寄ってきた。父と兄も、一歩前に踏み出す。その時、一人が私を遮るように立ちはだかった。育ての父だ。続けて育ての母もやってきて、私をしっかりと背後に庇った。父が眉をひそめて言う。「これは家族の問題だ。お前たちに口出しされる筋合いはないはずだ」育ての父は厳しい眼差しで言い放つ。「償いたければ、10年前にいくらでも機会はあった。それをみすみす逃したのは誰だ」「大切にしないと分かっていたら、あのとき、絶対に穂香を行かせたりしなかった!」ずっと胸に秘めていた育ての母の怒りが、ついに爆発した。「私たちは穂香を、宝物のように何年もかけて育ててきたの。あなたたちに傷つけられるために返したんじゃない!」彼女の声はどんどん大きくなる。「迎えに行ったあの日、この子がどんな姿をしていたか知っているの?火傷の痕だらけで、手は血豆でいっぱいだった。あなたたちは見たの?少しでも気にしたの!?」容赦ない言葉が突き刺さる。両親は真っ青になり、兄と涼太はうつむいたまま、一言も返せなかった。彼らは、本当に何も知らなかったからだ。あの日彼らは莉乃のことばかり気にして、私の姿など全く見ていなかったのだから。すぐに警備員がやってきて、彼らは外へと追い出された。涼太はなおも抵抗しようとする。だが結局、彼ができることは私が花嫁輿に乗り込み、一度も振り返らずに去っていくのを見送ることだけだった。その日、私の結婚式は無事に行われた。育ての父が私の手を引き、夫のもとへと歩みを進めた。両親に引き取られて離れ離れになってから、彼はずっとこの町で私を待っていてくれた。育ての母は、式場で涙でメイクを崩して泣いていた。この瞬間、私は本当に心から幸せだと思った。その後も数年、両親と兄、涼太は諦めきれないようだった。幾度となく現れては、許しを乞うた。だが、私はそれを受け入れる
莉乃は気が狂ったように泣き叫んだ。けれど今回ばかりは、誰も彼女に同情しなかった。父は疲れ果てたように目を閉じた。「もういい。この家でお前に不自由な思いなどさせた覚えはない。それなのに、お前は我が家を台無しにした」莉乃は事の重大さに気づいたのか、顔からさっと血の気が引いた。「何をするつもりなの?」父の声はひどく冷たかった。「出て行きなさい。もう二度とここへ戻ってくるな」ガクン――呆然とした莉乃は、崩れるように床に膝をついた。「ごめんなさい!本当に反省しているから、追い出さないで!」彼女は母の手に取り縋った。「お母さん、一番可愛がってくれたじゃない。私を見捨てるなんて言わないでよ、ねえ?」母は、莉乃の手を振り払った。莉乃は、涼太にすがるように向いた。しかし彼はそっぽを向き、見ようともしなかった。ここでやっと、彼女は本物の恐怖を感じた。最後に望みをかけて、兄の元へと向かう。「お兄ちゃん、言ったよね。お兄ちゃんの中での妹は、私だけだって。私が家に来た時、ずっと守ってくれるって言ったじゃない。お願い、見捨てないで」しかし兄は勢いよく後ずさり、強い嫌悪感を浮かべた。兄がそんな目で彼女を見たのは、これが初めてだった。「莉乃、俺が生涯で最も後悔しているのは、お前を哀れんだことだ。俺のせいだ。穂香がいない時に、お前を彼女の身代わりにするべきではなかった」兄は凍りついた声で告げた。「お前さえいなければ、穂香も家を出ず、こんなことにならなかった。どれほど大事に思っているかを話す機会もあったのに。出ていけ。二度と目の前に顔を出すな」莉乃は、絶望のあまり地面に座り込んだまま動けなくなった。……同じ頃、何百キロも離れた小さな町。私は結婚することになった。しっとりとした潮風を感じながら部屋でたたずみ、外を見ると目頭が熱くなった。庭には、立派な花嫁輿が置いてあった。希少な木材で作られ、凝った彫り細工が施されている。とりわけ目を引くのは、惜しみなく敷き詰められた数多の真珠だった。月光のように淡い輝きを放ち、どれ一つとっても美しい。誰もがそれを見て驚きを隠さない。「一体どれだけかかったの」と。育ての母は私のそばで、皺の寄った顔で微笑んだ。「穂香が喜んでくれ
丸一日で、兄はこの街を端から端まで探し尽くした。夜、彼がうつむいて病棟の廊下を歩いていると、ふと見慣れた人影がパッと横切った。兄は不意に立ち止まり、その瞳を揺らした。「莉乃?」彼は眉をひそめて、思わず後を追いかけた。診察室のドアが少し開いていた。中から、苛立った莉乃の声が漏れてくる。「早く診断書を書いて。もう死ぬほど体調が悪いって」医師は顔が青ざめ、冷や汗を流していた。「秋月さん、もうこれ以上は無理です。この数年、秋月さんの指示でどれほど偽のカルテを作ったことか。骨がんに白血病、うつ病……全部ウソだったんですよ。もしバレたら、私の医者としての人生が終わってしまいます!」莉乃は険しい顔つきになった。「書かないのなら、今すぐ通報するよ」医師の顔色がさらに真っ青になった。莉乃が冷たく笑う。「私はせいぜい親に怒られるだけ。でもあなたは、仕事を失うことになるかもね」医師は悔しさで手を震わせた。しかし、逆らうこともできず、彼はガックリと椅子に腰掛けた。そして、ペンを手に取り、「これで最後です。もう二度とありません!」と言った。「それより、一体何が目的ですか?体はあんなに健康なのに、なぜそこまでして病人を装うんです?」莉乃はその急変連絡書を手に取ると、満足げに何度か眺めた。「全部、お姉ちゃんのせいよ。お姉ちゃんが無理やり家にとどまって、私のものを奪おうとしなければ、こんなことをしなくてもよかったの。両親の愛情も、お兄ちゃんの関心も、涼太さんの好意も。全部私のものだったはずなのに。病状が深刻であればあるほど、みんな私の周りをうろつくでしょ」莉乃はそう言うと、得意げに笑みを浮かべた。「これがあれば、みんな私の言いなりね。今度こそ、穂香を完璧に追い出してやる」兄はその場に立ち尽くし、まるで雷に打たれたような衝撃を受けていた。これまで彼らは、莉乃の病気が嘘だと知らなかったわけではない。ただ、愛されないのが不安でわがままを言っているのだと思っていた。彼女が孤児なのをかわいそうに思い、穂香に嫌がらせされているという言葉をずっと信じてきたのだ。だが実際は、相手を追い出そうとしていたのは莉乃だった。そして、本当に家族を奪われることになったのは、穂香のほうだったのだ。
しかし、今回は違った。向けられた兄の冷淡なまなざしに、彼女は背筋が凍るような恐怖を覚えた。「莉乃、涼太くんは穂香の婚約者なんだから。どうして穂香と奪い合ったりするんだ?」莉乃はその場に立ち尽くした。母の瞳には深い失望の色が浮かんでいた。父は氷のように冷たい声で言い放った。「二度とそんな口を利くな。穂香が帰ってきたら、ちゃんと謝りなさい」これが初めてだった。莉乃が、自分の望んだ「特別扱い」を手にできなかったのは。その日を境に、秋月家は完全に崩壊した。莉乃は、狂ったようになってしまった。いい子ぶるのをやめ、聞き分けのいいふりもしなくなり、毎日のように暴れ回った。「私は涼太さんが好きなの!なんで彼と結婚しちゃダメなのよ!お姉ちゃんはいなくなったんでしょ!それなら私に譲ってくれてもいいじゃない!」兄が怒りを露わにした。「何を言っている!穂香はただ拗ねているだけだ。家に戻らないなんてことがあるわけがない!」家の中は毎日、怒号が飛び交う騒ぎとなった。家政婦たちは、余計な火の粉を浴びまいと息を潜めるしかなかった。母は頭を抱え、父も日に日に苛立ちを募らせていた。涼太は穂香の様子を尋ねに来る以外、おいそれと家にも入れなくなっていた。兄もまた、家に帰らぬ日々が増えていった。あんなに賑やかだった家は、今や息が詰まるほど陰鬱な場所へと変わっていた。そんな混乱の中で、彼らは頻繁に穂香のことを思い出すようになっていた。母がソファーで莉乃が投げ捨てた花瓶の破片を見つめる時、その脳裏には穂香の姿が自然と浮かんでくるのだった。誘拐されるまで、穂香は一度だって自分に苦労をかけたことがなかった。幼いながらも、いつも自分の支えになってくれていた。帰ってきてからも、自分を一度も恨むことはなかった。穂香は実の娘で、莉乃は身寄りのない子だから、金銭面で良くすることが公平だと思い込んでいた。しかし今の莉乃の姿は、どう見ても甘やかされてわがままに育っただけの姿だ。莉乃がここまで歪んだのは、どれほど自分が莉乃だけを溺愛し、特別扱いしてきた結果なのだろう。そして穂香がどれほどの悲しみを耐え抜き、今回は何も告げずに家を出て行ったのかを、母は思った。……兄が深夜2時に酔い潰れて帰り、胃の痛みに苦しんでソファーで丸
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