S市で、晴香は庭付きの古い洋館を借り、そこを自分のデザイン事務所に改装した。彼女はもう余計なことに心をすり減らすのをやめ、すべての力を仕事に注いだ。外では激しい雨が降っていた。晴香は温かいコーヒーを手に窓辺に立ち、知宏を身ごもっていた頃のことを思い出していた。あの日も、こんな土砂降りだった。つわりがひどく、体にはまったく力が入らなかった。晴香が征司に電話をかけると、彼は会社で会議中だと言った。彼女はどうにか体を起こし、薬を買いに外へ出た。けれど病院の前で、彼を見つけてしまった。彼は上着を脱いで甘奈の肩にかけ、うつむいて優しく彼女の涙を拭っていた。あのとき、晴香は雨の中に立ち尽くし、傘さえまともに握れなかった。心が死ぬとはどういうことなのか、初めて知った瞬間だった。けれど今思い返しても、胸は少しも波立たない。晴香はブラックコーヒーを一口飲んだ。苦味が口の中に広がっていく。事務所の呼び鈴が鳴った。彼女がドアを開けると、外には全身ずぶ濡れの征司が立っていた。手にはビニール袋を握っている。中には、晴香が捨てた古い物が詰め込まれていた。割れた写真立てや、切り裂かれた服。彼の手の甲は傷だらけで、血が雨水に混じってぽたぽたと滴っていた。「晴香、お前の物、全部取り戻してきた」声はかすれていた。彼はすがるような目で晴香を見つめ、その顔に少しでも心が動いた様子を探ろうとしていた。ゴミをいくつか拾い集めてくれば、自分の犯した過ちを償えるとでも思っているのだろうか。晴香は冷ややかに彼を見た。「取り戻してどうするの。ゴミはゴミ箱にあるべきでしょう」彼の顔から血の気が引き、その場で固まった。「晴香、まだ怒っているのはわかっている。甘奈は主寝室から追い出した」彼は必死に、自分の手柄を訴えるように言った。「もう二度と、お前の物には触らせない。だから、俺と家に帰ってくれないか」その声は、ひどく卑屈だった。晴香は、哀れなほど必死に許しを乞う彼を見ても、込み上げてくるのは吐き気だけだった。「そこはあなたの家よ。私の家じゃない」彼女は静かに言い、ドアを閉めようとした。征司はすかさずドア枠を押さえた。手の傷が圧迫され、血が滲んでも構わなかった。「晴香!知宏はまだサマーキ
Read more