付き合っている彼・笹沢幸明(ささざわ こうめい)は耳が不自由で、私・元西美玲(もとにし みれい)の話をよく聞き漏らしてしまう。スキンケアセットを買ってきてと頼んだら、彼は二セットも抱えて帰ってきた。「また聞き間違えちゃった。余った方はマリアにあげよう」あずきのたい焼きを買ってきてと言ったのに、彼が買ってきたのはカスタードのたい焼きだった。「聞き間違えちゃった。カスタードはマリアの好物だから、あいつに譲ろう」心を込めて新居の内装デザインを練り上げ、彼に南エリアで新居を買ってもらうよう頼んだ。ところが、予定の入居日に、彼が車を走らせて向かったのは北エリアだった。道中、私が一言も口をきかないことに気づいた彼は、いつものようにまた謝ってきた。「本当にうまく聞き取れなかったんだ。君が北エリアの景色を気に入ってると思い込んで、深く考えずに買っちゃってさ」だけど、私には分かっている。彼の幼馴染である漁田マリア(いさりだ まりあ)が勤める会社が、このすぐ近くにあるということを。彼は聞き取れなかったんじゃない。ただ、最初から聞く気がなかっただけだ。その瞬間、私の中で何かがぷつりと切れ、肩の力がすっと抜けていくのを感じた。そして、ひどく冷静な声で告げた。「幸明、私たち、終わりにしよう」幸明は困ったような表情で顔を上げ、思わず耳元の補聴器に手を触れた。「今、なんて言ったんだ?よく聞こえなかった」いつだって私の言葉をまともに聞きやしないのは、どうせ私が根気強く言い直してくれると高を括っているからだ。けれど、もう何度も繰り返すつもりはない。「なんでもないわ」私はできるだけ穏やかに声を絞り出した。「この家は売却して。南エリアに家を買うと言ったの。あっちじゃなきゃ嫌よ」その途端、彼の顔からさっと血の気が引き、不機嫌そうに表情を曇らせた。「家なんてものは、洋服みたいに簡単に買い換えられるわけないだろう。内装のデザインをしたのは君で、その工事には僕が毎日立ち会って仕上げたんだぞ。それを、売却してって一言で片付けるのか?いい加減、わがままはやめてくれ」空気がぴりぴりと張り詰める中、カチャリと玄関の鍵が開く音が響いた。マリアはまるで自分の家にでも戻るかのように指紋認証でドアを開けて入ってきて、私たち三人は顔を
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