沙織(さおり)は、午後はアイディアを練って終わった。 リノベーションといえる画期的なネタは、そうそう思いつかない。 今頃、ライバル会社の”ミライ”でも、瀬名(せな)大地を先頭に日本フレグランス・グランプリについて話し合いをしているだろう。 いつもとは違う脳を使っていたので、退勤したら憂鬱な話し合いがあるというのを、すっかり忘れていた。 ”沙織さんはイノベーション賞のほうですが? 俺は日本的フレグランス賞のほうになりました” 瀬名大地から、戸惑ったようなメッセージがくる。 ”沙織さんと、正面からイノベーション賞を取り合いたかったんですが” ”それは残念です。またなにかしらのコンテストがあったときは、戦いましょうね”そんなメッセージをやり取りしていると、塔矢(とうや)奏多(かなた)が顔を出した。 「ノーマン・ギゼルの専用香水を取りに、レイチェルとキャロルが今夜到着するようだ。時間が遅いから、明日、引き渡しになる」 「わかりました」 「……で、今日あゆかわ食堂にむかえばいいのか?」 「……うん」 社内では、なるべく敬語を心がけているが、実家の名前をだされた。 気持ちが、へこむ。 息子が娘に金をたかったと聞いたら、両親は取り乱すだろう。退勤すると、奏多の運転であゆかわ食堂に向かう。 車内の会話は、もっぱら日本フレグランス・グランプリについてだった。 今までは海外製品と張り合ってきたが、日本国内だけの戦いとなると負けられない。 ここで大量に受賞できれば、日本国内で一位というアドバンテージがとれるのだ。 「ミライの瀬名さんは、イノベーション賞には参加しないんだって」 「……そうか。じゃあ、よほどのことがない限り、イノベーション賞は沙織が授賞するな」 「まだ作品は出来てないから、焦らせないで」 苦笑する沙織は、瀬名大地の名前が出て、奏多の眉間に皺がよったことに気が付かなかった。駐車場に車を止めると、あゆかわ食堂の入り口に張り紙が張ってあることに気づく。 「本日、早めに閉めますのでご了承ください」 そっけない字は、父の字だ。 沙織と母との通話で、なにか感じ取ったのかもしれないし、沙織と話すだけなのかもしれない。 「ただいま」 「沙織、お帰りなさい!」 「奏多くん、いらっしゃい!」 ドアを開けると、にこにこした両親がいた。
Última actualización : 2026-10-09 Leer más