「鮎川さん、こっちを頼むよ」今日も沙織は忙しく、あちこちから呼び止められていた。彼女は、もうコア検査チームに抜擢されている。沙織に言いがかりをつけられたと騒いだ試香室の主任は降格となった。試香室でもコア検査チームでも、誰ともなく沙織の許可を得てから作業が進むようになってきた。「”アデリア”の原材料をすり替えてミライに売っていたスパイ、きちんと特定されたみたいだね。解決できたのは、鮎川さんのおかげだよ」「いえ、解決して良かったです」にこりと沙織は、コア検査部の部長に笑う。まるで結婚する前に戻ったようだ。義母に怯え、隼人の言いなりで、家の中に居場所がなかった生活からはさよならした。自然と、自分のかける時間も増えて、今の沙織は肌も艶が出て顔色もいい。朝は、ファンデーションを乗せて今までとはワントーン肌が白くなっていることに気が付いた。ふとトイレで鏡を見ても、以前より若返って見える。ゆるやかに戻ってきた調香の自信が、彼女の雰囲気も変えた。「鮎川さんて綺麗だよね、年上に見えないー」「社長と仲がいいのよね? お似合いだわ~」離れたところで、女子社員たちが囁きあう。その声は、仕事に集中する沙織には聞こえていなかった。昼休みになると、沙織は待ち合わせのカフェに行った。朝霧司と、元夫の隼人の対策について話し合うためだ。司は先に来ていて、パソコンに熱心に向かっていた。「ああ、鮎川先輩」眼鏡を拭いた司が、穏やかにほほ笑む。通りすがる女性たちがちらりと司に視線をやる。それも無理はない、と沙織は苦笑した。弁護士なのはバッジで分かるし、仕事の出来る男のオーラが漂っている司は、本人の意思なく目立っている。「接近禁止令なんですが……今のところ難しいんです」沙織が隣に座ると、司が切り出しにくそうに告げた。 「今の時点で情報をまとめると……元夫が妻の実家まで押しかけた。「金をよこせ」などと怒鳴った。店の営業に支障が出た、家族が恐怖を感じた。今後も来る可能性が高い。これらは、単なる口論ではなく
Last Updated : 2026-07-31 Read more