台風が上陸したその夜、私、佐野帆立(さの ほたて)は地下駐車場に閉じ込められていた。流れ込んだ濁流がフロントガラスを覆い尽くした瞬間、私は救助隊長を務める恋人の小倉透(おぐら とおる)に電話をかけ、ようやくつながった。だが、向こうから聞こえてきたのは、彼の幼なじみ、若松芽衣(わかまつ めい)の声だった。「帆立さんって、ほんと束縛キツいですよね。透くん、今はうちのベランダの窓を補修してくれてる最中なんですけど」こちらに言い返す隙も与えず、通話は一方的に切られた。やがて車内の水位は天井近くにまで迫り、私は奥歯を噛みしめて窓ガラスを叩き割ると、必死に濁流をかき分け、車の外へ泳ぎ出た。地上へ這い上がり、バッテリー残量1%のスマホを確認する。画面には、透からの短いメッセージが届いていた。【芽衣はタワマンの高層階にひとりで住んでいて、雷が怖いらしい。急ぎの用じゃなければ、台風が過ぎてからでいいか】額を伝う血を拭い、私は婚約指輪をそっと外すと、迷うことなく泥水の中へ投げ捨てた。そして、静かにひと言だけ返信した。【いいよ】……吹きすさぶ暴風雨が、コンビニの窓ガラスを激しく打ちつけていた。私はよろめきながら扉を押し開け、血と泥にまみれた足跡を、店内の床に残してしまった。若い店員が驚き、カウンターの奥から飛び出してくる。「お客さん、大丈夫ですか!?事故に遭ったんですか?」顔から血の気を失ったまま、私は震える唇で答えた。「充電ケーブル、借りられますか」「ありますよ。こちらへどうぞ」店員は私を椅子に座らせると、清潔な毛布と充電ケーブルを差し出してくれた。スマホの電源が入ると同時に、私はSNSを開く。タイムラインの一番上に表示されたのは、10分前に投稿された芽衣の写真だった。オレンジ色のレスキュー服を着た透が、脚立の上で身をかがめ、割れたベランダの掃き出し窓を応急処置している。添えられたキャプションはこうだ。【台風の夜、タワマンの高層階は揺れが怖すぎる。わざわざ駆けつけてくれた透くん、ありがとう。そばにいてくれるだけで、こんなに安心できるなんて。台風、もうちょっとゆっくり通り過ぎてくれないかな】透がコメントしていた。【台風なんかいつまで居座らせてるんだよ。さっさと追い払えって】芽衣はそ
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