All Chapters of こっから先は初めてだから: Chapter 11 - Chapter 20

20 Chapters

11.ねえ先輩。早くしないとカップラーメンの麺が伸びちゃいます。

˳◌*  軽率に迷子になる刈谷。枯れ葉を踏みしめる足元がおぼつかない。 “フロント”と書かれた看板が指し示す方に来たはずなのに、チェックインをしたはずのコテージが見当たらない。ついでにさっきまであんなに周りにあったテントまで見えない。 あれ、違う星に転送された?  枯れ木と深緑の木が交互に並ぶ中、夕焼けになりそうな空を見上げる。 ベッドがくっついているのが“ちょっと嫌”って言ったこと、先輩に変に思われたかな……。罪悪感で、みぞおち辺りがちょっと痛い。 元々男の人が苦手な私が、初めて恋をしただけで十分なはずなのに。先輩の甘い言葉にふれる度、淡い恋よりも、もっとずっと先を求めそうになるんだ。 もっと深い恋を知るのも怖い。憂先輩に優しくされてるからって、うぬぼれて甘えそうになる自分も怖い。 全ての初めてが怖いことにかこつけて、本当は先輩に振られるリスクが一番怖いと思っている私。 これって、世間一般の人間と一緒の感覚だよね?  いつも通り自分は宇宙人だからと、一般の人よりもハードルを下げて、小さな幸せに満足していればよかったのだ。 一つ一つ憂先輩に与えられるものが、どんどん色濃く刈谷の胸の中に色づいて、ビビッド色に弾けそうなくらいコントラストが強くなっていく。 怖いのにわくわくして、いつの間にか嬉しくなる。 横浜支部で初めて先輩を見た時のあの気持ち。憧れの人に出会えて、今だ!話しかけなきゃ!っていう出しゃばった勇気。  あの日の自分に感謝して、いっぱい関わってきてくれる憂先輩との今の関係を大事にしたい。 妹でも、宇宙人みたいな妹でもなんでもいいから。私は憂先輩とこれからも沢山関わっていきたい。 だから先輩に悟られないよう、こっそり気持ちを隠さないといけないんだ。握りしめて隠したら、握り潰しちゃうから。私の胸の中に、そっとね。 ゆっくり私の頬を伝う涙が秋風に触れて、背中の体温が冷えていくのを感じた。「あれ? あなたは、晴雲酒造にいた……、」 後ろで声がして、頬を袖で拭いながら後ろを振り返る。 そこには、晴雲酒造で声を掛けてくれたストリートスナッパーさんがいた。「あ! 『月間つくし』のお兄さん!」「はは、まさか同じホテルだなんて。奇遇ですね!」 赤いニット帽がよく似合うお兄さん。一眼レフを首から下げて、恐らく何かを撮っていた模
last updateLast Updated : 2026-07-26
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12.ねえ先輩。キスしてスキスキっギュッてしてもいいですか?

「爽ちゃんの大事な初キス、俺のもんだってこと、ずっと忘れへん。」「は、はいっ」「あかん、まだ3分経たん。場が持たんなあ。」「さ、3分経つまで、あとどれくらいですか?」「んー。あと6秒ほど。」 先輩が私の両肩を持って、「5秒前、」と囁いた。 ――――人生で、2度目のキス。 唇が触れ合って、冬を待ち構える木々の匂いを五感で感じ取った。「3,2,1、」 カウントダウンが終わり、先輩の瞳がくすみブラウンの光で揺れる。夕陽が落ちそうでなかなか落ちない。「好きやよ。爽ちゃん。」 場を2度目のキスで繋いだ先輩に、もうぎゅんぎゅん。 告白された私、心臓バッキバキ。胸が苦しいのなんのって。  「うぁっ」「うぁ?」「わ、わた私もっ、好きです!」「……ほんま?」「ほんま、です!」「ほんまに、3分でカップル成立してしもた。」       先輩が口元を手の甲で抑えて、私から離れるように後ずさりをしていく。 枯れたカエデを踏みしめる音がカサカサと鳴って、コートのポケットに手を突っ込んだ先輩が笑いながら言った。「にやける。」 にやけるというよりも、かわいい笑顔を向けてくれていて。私の方がずっとにやけた顔をしていますよ、先輩。「あの、私、りっくんにとっての妹じゃなくてもいいんですか?」「ん? 妹でも恋人でも、爽ちゃんが好きなことに変わりはないよ?」「え?! い、妹にも恋するってことですか?!」「……え? なに? 俺今なんて言った?」   私の手を引いて、そのまま先輩のポケットに入れられてしまった私の手。 ポケットの中では二つの手が絡まっていること、きっと外の世界には知られていない。「ええと、お腹、空きましたね。」「うん。はよう日本酒飲みたいね。」「はい、あと、奈良漬と。」 今日、武蔵野鶴酒造で買った『さけ武蔵 吟醸酒』と奈良漬がお部屋で待機している。 ロフトでバーベキューしながら初めての彼氏とお酒飲めるなんて。この私に、そんな日が訪れるなんて。 お付き合いするの、人生初めてなんだと噛みしめていれば、握られた手が汗ばんできた。 付き合うって、今までの関係と何が違うんだろうなあ。ふふふ、ふん。 夜のことは考えないように考えないように。今にも脳みそ逃避行しそう。    「でもその前に、フロント行かな、」「え?」「ほら、
last updateLast Updated : 2026-07-27
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13.ねえ先輩。大きな幸せが不安になるんです。

 夜遅くまで、奈良漬をぽりぽりと食べながらテレビを見ていた私。武蔵鶴酒造の奈良漬は奥深くて絶品だ。 先輩は、「あんまくっつくといかん。」と言って、さっさと寝てしまったのだ。 え? 前に先輩のおうちに泊まった時は、遠慮なく私に抱きついて寝てましたよね? いじけているわけじゃないけれど、もうちょっと一緒に夜の暗い時間を堪能したかったなあって。  朝ご飯用に、バーベキューで残ったご飯でおにぎりを作っておいた。塩をちょっと振って、中にはこっそり奈良漬投入。 夜なべして作る奈良漬おにぎり。ちゃんと正三角形になるまでおにぎりをくるくると手の中で回した。回しすぎたせいで、夢の中にまで正三角形の大群が出てきちゃったよ?  次の日、私が目を覚まして寝返りを打とうとすれば。大きな腕で拘束されていて全く動けず。 はっとして後ろを振り返ろうとすれば、妙に艶のある声が頭上から振ってきた。「ん〜〜、なん〜」 大パニックで、横向きで寝ていた私の三半規管が悲鳴を上げている。重力が、どちらにいらっしゃるのか分かりかねる。「っ!せ、せんぱいぃっ」「ん"〜〜〜」 イヤイヤな先輩のうめき声。 なんで?? あんまくっつくといかんじゃなかったんですか? 何のためにベッドを離したんだろう? ねえ、先輩。「せ、せんぱいッ、あの、」「いやや……」「でも。ちょっと……せ、せんぱいの手が、」「んーりっくんゆーて」 「り、りっくん〜、手が、手がっ! 重」「いややー……」       先輩の大きな手が、平気で私の胸をつかんでいることに気付かないのかな……。なんで私ばっか恥ずかしがってるの? どうしよう。心臓が鷲掴みされていて、私は後ちょっとで息をひきとりそう。そうしたら、昨日先輩が告白してくれた大樹の下に埋めてくださいね?    「爽ちゃん、やわくて、きもち……」「り、りっくん。朝ですよー。起きませんかー?」 「ん"ー。あと、5、じかん……」 もういっか。 刈谷はりっくんの正式な彼女になったわけだし。大丈夫。それに、こういうのにも、慣れていかなきゃだね。 右胸の一つや二つ、先輩にならつかまれたって平気さ。 ぱるるんが、恋に落ちる瞬間は鐘が鳴るって言っていたけれど、感覚が違うのかな? 私はずっと前から時限爆弾が爆発しっぱなしだよ?  私ももうちょっと眠ろうと
last updateLast Updated : 2026-07-28
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14.ねえ先輩。お酒よりも先輩の甘さに酔っちゃいます。

「こちらは、狙った温度帯を維持できるように最新の低温発酵タンクとコンピューターを用いて温度管理を行っています!」 発酵タンクが連なるエリアに来たところで、案内役のお兄さんからの説明が入る。 古き良き蔵元でも、最新システムを取り入れたりするんだなあと関心するふりをしながらも、意を決して手の平を握りしめた。「あの、先輩。グランピングのお友だちって、」「さっきのシステム管理部の人、」 私が話しかけたタイミングで、先輩と声が被ってしまった。発酵タンクに興味を示す人たちの中で、お互い発酵タンク以外に気をとられていることに気づく。 「あっ、」とまた声が被って、恥ずかしくて一緒に酒蔵の菌がこびりつく地面を見つめる。「日本酒造りに必要な菌は「麹」と「酵母」です!麹は米を糖に変えて、酵母は麹が作った糖を食べてアルコールと旨味成分を造り出します!」お兄さんの声が蔵に響く中、先輩がゆっくりと地面から私に視線を移す。「そういえば、映画であったなあ。“口噛み酒”やっけ。米を噛んで吐き出して放置する酒造方法。」 「ああ、なんでしたっけ?『君が名』?でしたっけ。」「『君の名』な。なんでそんな国歌斉唱みたいなタイトルなん。」「す、すみませっ。私、俗世に疎くって。」     「……あかん」 そう言って、ふっと吹き出す先輩。 先輩の表情が笑顔に満たされていく中、さっきまでの心音がゆるやかに刻まれていく。 先輩が笑顔で、柔らかな空気を醸してくれた。「爽ちゃんの天然発言、完全アウトやわ。」「え、ええ〜〜」「知ってた?実は“口噛み酒”もアウトやって。」「アウト?」「法律上、認められてない酒造方法で違法なんやって。」 「へえー……そうなんだ!」 思わず感嘆の声を上げてしまう。「これはフィルター型の絞り機で――――」      お兄さんが次の案内をする声で私が前を振り向けば、ふわりと、手の平に生温かいぬくもりを感じた。 先輩が手を握ってくれて、私ははにかみながらもその手に指を絡ませて繋ぎなおした。 お客さんたちが低めの天井をくぐっていき、池駒君と大輪田君も前の方で見えなくなった頃。先輩が耳元でこっそりと繊細そうな言葉を紡ぐ。          「爽ちゃん、さっきの大輪田君って、なに?」 低めの声色で、吐息までもがアルトの音程。思わずぴくりと肩
last updateLast Updated : 2026-07-29
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15.ねえ先輩。お口の中があっという間に先輩の味になっちゃいました。

 松岡醸造には、酒蔵には珍しく、大吟醸のソフトクリームなんてもんもある。 爽ちゃんと半分こしようと、一つだけ買うた。 一つだけ買うて半分こて。これってどう考えても誰かさんへの当てつけやんな? 俺の性格の悪さがこんな場面でも発揮するとは。 爽ちゃんだけを一点に見つめて、彼女の目の前にソフトクリームを差し出す。 すぐにキラキラと目が輝きだして、なんや、ご飯を待ちわびたワンコのようにもみえるのは内緒にしとこ。「半分こしよか。」「え? わ、私と半分こ、ですか?」 「いややった?」「い、いえいえ! ええと、ではりっくんからお先にどうぞ!」 爽ちゃんの小さな顔が赤くなっとる。キラキラさせたり、赤くなったり忙しないなあ。 言われた通り、先に一口ぱくりとソフトクリームを頬張る。唇に冷たい感触が残って、舌で舐め取れば、爽ちゃんに穴が開くほど見られた。 「どないした?」「……りっくんの色気にやられそうです。」「なんやそれ。」 “色気”なんて俺にある?  妙に照れくさくなって、今度はソフトクリームを爽ちゃんの口元に差し出した。 小さく口を開けて、舌を出す姿に脳内が悶えかける。自分の口がニヤけているんやないかと、慌てて手の甲で隠した。「ん! ちゃんとお酒の風味がありますね。でもさっぱりしてる!」「うん。アルコール分はないらしいけど、さっぱりしてて美味いな。」 大吟醸ソフトは美味いし、爽ちゃんはそれ以上にかわいい。そんなことはずっと前から知っとる。 でも、俺が持つソフトクリームを、そのまま俺の手首を両手でつかんで食べる爽ちゃん、かわいくてたまらん。 リスとか、ハムスターとか、今までは小動物にも似たかわいさを感じていたけれど。自分の彼女となってからは、もっとそのかわいさが際立ってかわいい。 語彙力が瀕死になるな。「爽ちゃん、口、ついとる。」「あ、ハンカチ、」 爽ちゃんが鞄からハンカチを取り出そうとしたところで、その唇についた大吟醸ソフトを指で拭う。「爽ちゃんの唇の温度で、いい具合に温まっとる。」 自分の指についたソフトクリームを一舐めすれば、爽ちゃんがピクリと反応するのが分かった。 顔を赤くして、不意にうつむく。今俺から見えるのは、爽ちゃんの頭。艶のある髪が天使の輪っかを作っとる。 爽ちゃんの行動一つ一つがたまらなく愛お
last updateLast Updated : 2026-07-30
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16.ねえ先輩。先輩の彼女だって胸張っていいんですかね?

『爽ちゃん、仕事忙しいよな。次いつ夕飯一緒いける?』「ええと。そうですねえ、来月初めの金曜日はどうでしょうか?」 『そこまで二人きりになるの、待てん。今週の金曜は?』「すみません。。今週は祖父の1周忌で実家に変える予定でして。来週はりっくん、研修ですもんねえ。」『いややわ。どうにかなる。』  電話ですれ違いを確認したところで、先輩とお付き合いをして1ヶ月が経ちました。 年末調整業務がようやく終わったと思えば、すでに決算に向けた業務が波のように押し寄せる日々。  羅列する数字とにらめっこするのは嫌いじゃないけれど、やっぱり横浜支部とは比べ物にならない量。エクセルの枠だって小さくなるし、用紙もA3以上のポスター並。 目に良いブルーベリー効果を狙って、できる限り朝はパンにブルーベリージャムを塗って食べている。心ばかりの効果すら期待はできないのだけれど。 そもそも部署の数が倍になるから、取りまとめるにも相当な精神力を要する。 ということですから、私は仕事の業務でいっぱいいっぱい。平日ご飯に行こうにも、どちらかが残業で都合がつかず。 もっとうつつを抜かしたい私に、疲労ばかりがのしかかり、おうちに帰っておよそ30分で夢の中。 つまり、先輩とは酒蔵巡り以来デートは出来ていない状態です。 「来期の予算申請、もう財務に回したんだって?さっすが数字の鬼だね刈谷さん!」 経理部課長代理の水樹さんが、すれ違いざまに私の肩を叩いて言った。「早かったですかね? 消耗品の予算、去年よりも1割増で出しておいたんですけれど、」  「助かる助かる! だあれがペーパーレスするかってのよ。裏紙なんて、ペンで大きく『あ』って書いて裏紙にしてやるってのよ! ねえ?」 節約しないにしても、わざわざ無駄に『あ』って書くのは面倒な気もします。 お子さんが一人いらっしゃるという水樹さんは、いつも気さくに話しかけてくれる良き上司だ。 このまま出世街道を突き進みたい気持ちはあれど、お子さんのためにせいぜい課長止まりの心構えで定年まで頑張っていきたいと、歓迎会で話してくれた。「ねえ! それよりさ。刈谷さんこの間、朋政課長に呼び出されてたじゃん?」「あ。ああー……。そうでしたね。」「刈谷さんって朋政課長と仲いいの?」 爛々と輝かせた目で、食い入るように見つめられる。 水樹さ
last updateLast Updated : 2026-07-31
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17.ねえ先輩。美人でもない、モデル体型でもない私のどこがいいんですか?

「ごめんね憂君! ちょっと遅れた! 課長につかまっちゃって!」 ゆるふわなミルクティー色の髪を靡かせて、バレッタで綺麗に髪を留め直す古馬都さん。 肩の後ろへと髪をやる仕草が、とっても色香を放っていて。まばらにいる社員さんたちの視線を感じる。「いえ。大丈夫です。」 少しだけ気まずそうに視線を落とす憂先輩。私はどう見ていいのか分からず、“私なら大丈夫ですよ”と無理に平常心の笑顔を作る。  「あ、こんにちは刈谷さん!」「こんにちは。」   私に、まばゆい美しい笑顔を向ける古馬都さん。この人が未だ独身だというのが信じられない。 背は高く、身体のしなやかな作りが古馬都さんの美顔に大変見合っている。それに比べて身長147センチで胸だけ大きめの私は、あまりにも滑稽だ。  いつ見ても、どこにも勝てる要素がないことに胸の痛覚が反応する。人と比べて劣等感を感じるのは、今に始まったことじゃないのに。 なんでかな。先輩に近しい女性だと思うと、今まで感じたことないほどの絶対的敗北感を感じてしまう…。 「で、憂君、私に用事ってなんだった?仕事の話?」「いえ。」「暫くインフルで休んでたから、きっと憂君に沢山迷惑かけたよね。」「いえ、全然。」 はう。 憂先輩から誘ったという、真実はいつも一つの事実。 関節がカクカクと、角度をつけるようにしか動かない。 せっかくの貴重な二人のお昼休み。私が邪魔をしてはいけないと、素早く頭を下げてその場を後にしようとする。 でも、すぐに古馬都さんに呼び止められた。「そういえば刈谷さん! 今度|家煎《いえいり》君主催の飲み会行くんだって?」 「うぇっ!? い、いえ、私は、」「こないだの合同会じゃ全然喋れなかったし、私も行こうかなって思ってるの!よろしくね!」「い、いや。あの私は、」「家煎君、刈谷さん来るのすっごい楽しみにしてたよ? 早速狙われてるけど、あれはオススメしないなあ〜。」 このタイミングで、その話。 家煎さんって仕事が早すぎる。まだ午前中に出た話しじゃなかった?      まずいよなと先輩に向けられない自分の顔がオートマチックにこわばれば。前からカタリと器がぶつかる音が鳴った。      「その飲み会って、いつ?」「え?」「その飲み会って、いつですか?」 憂先輩が、私を一瞥して
last updateLast Updated : 2026-08-01
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18.ねえ先輩。私にいい子いい子してほしいです。

 祖父の1周忌で実家に帰れば、私に結婚を促す親戚は誰もおらず。それどころか、お決まりの『彼氏はいるんか?』なんていうおじさん等もいない。 みいんな、刈谷爽が昔から不思議ちゃんだということを知っているから。 祖父母の家の庭先でトカゲを捕まえて、首にリボンを巻こうとしていた裸足の女の子。誰も私を捕獲しには来なかった。 一人でグロッキーでトリッキーな物語をつぶやきながら登校した小学生時代。気味が悪い不思議ちゃんに近づいてくる友達はほぼいない。 一人だけ私という人間に線引をしなかったのは、あどけない笑顔の男の子だった。   不思議ちゃんが中学に上がれば、数学の威力を発揮する。 数学検定に数学オリンピック。でも他の教科は平均以下。 鞄につけているキーホルダーは、口から血を流したウサギや首のないゴーストライダー。 いつの間にか宇宙人に変貌を遂げた私は、周りからは精神的な部分を怪しまれた。 それでも信じてくれていた父と母。そして、唯一小学生の頃から仲の良かった男の子。 彼の家は教育一家で、小学校低学年から塾は当たり前。常に母親からは成績1位でいろと言われ続けていたこともあり、中学では学年首位を獲得していた。 でもその首位を、数学だけ私が奪ってしまったのだ。 椅子を蹴られて、睨まれて。それ以来彼は私を無視するようになった。 男の子という存在が怖くなり、女子校、女子大に通った私。          社会人になれば、生きていくために背に腹は変えられず。男嫌いだなんて人種差別をしてはならないと自分に言い聞かせ、心の中でジェンダーの壁をとっぱらった。 女性も男性も、みいんな可愛いピンクのゾウさんとして扱った。 でもね、一人だけ、ピンクのゾウさんになれなかった男の人がいたんだよ――――……。 週明けのど真ん中。 財務に呼ばれて経理部予算案の説明をしにいった際、非常階段で朋政課長と、パンツスーツ姿の女性が話し込む場面に遭遇する。 踊り場で課長は、何かの図表を指差しながら、女性に注意を促している模様。 邪魔をしてはいけないと、気配を消して階段を降りていく。「統計の項目をもっと広い視野で考えてみて。顧客ニーズを意識した、具体的な統計表を作れって僕は言っているんだよ。」    「は、はい。すみません!」 強めな課長の口調に、声を震わせ
last updateLast Updated : 2026-08-02
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19.ねえ先輩。二次関数の放物線って笑った口に見えませんか?

「俺ら同期6人さ、研修から一緒に愚痴言い合って頑張ってきたメンバーじゃん。大した思い出もないけど、定年まで一緒に飲めたらいいよなあとは思う。」「6人とも飲めるしね。」「刈谷が一番ザルだけどな。」      いつも感情のぶれることのない、冷静なむがみん。6人で飲んでいても、むがみんが潰れることはほぼない。 今の台詞は彼が言うからこそ意味を持つのだ。同期と飲めなくなるのが、本当に寂しいんだろうなあって。「じゃあな。星へ気をつけて帰れ。」「うん、ブラックホールに吸い込まれないよう頑張る。」 違う路線のホームへと降りていくむがみん。別れ際になって、ようやく私に笑顔を見せてくれた。 そのレアな笑顔に励まされて、少しだけ勇気が湧く。スマホを鞄から取り出して、ホーム画面を点灯させる。 映るのは、先輩と二人で一緒に撮った晴雲酒造の煙突の中での写真。煙突内は暗いはずなのに、てっぺんから差す太陽光がいい具合に私たち二人を照らしている。  頭の中にぽわりと灯る光。白い鳩が飛び去って、大きくゆっくりと鐘が鳴る。好きになれる男の人なんて、一生できないと思っていた。  先輩と私、もしかしたら何かが食い違っているだけかもしれないのに。このままもう、りっくんとは一生話すこともできないの? 涙がこぼれない内に。情緒不安定になる前に。震える指で、先輩の番号をタップしようとした。「すみません。ちょっと、道を尋ねたいんですけど。」「え、」 私に話しかけてきた声の主を見れば、私が見下ろせるほどの男の子が一人と、女の子が一人。 どっちもはっきりとした顔立ちの、そっくりな子供だ。今先輩に連絡しようとしていたのに。すでに頭の中身は双子のホラー映画でいっぱい。「あの、おうみ倉庫っていう会社は、どの出口から出ればいいですか?」 物怖じせず、しっかりと私の目を見て話す男の子。そして男の子の影に隠れて、恥ずかしそうにしている女の子。 目測だと、私より20センチ以上は低いはず。「ええと、央海倉庫は私が働いている会社ですけど、東京本部でいいんですよね?」「はい。」「良かったら、道案内しますよ?」「え……いいんですか?」「はい。いいですよ。」 少し目を泳がせた男の子。偶然話しかけた相手が、まさか探している会社の人間だったなんて、当然戸惑うのも無理はない。 証拠になるかと、
last updateLast Updated : 2026-08-03
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20.ねえ先輩。この先も一緒にいてくれますか?

「そ、それとですね! 家煎さんの件は、元は水樹さんが言い出したことでして!」「うん。家煎が爽ちゃんを飲み会に無理やり引き込んだこと、よう分かっとるよ。でも、あれはあかんわ。」「ぅえ……?」「家煎の噂。昔、女上司と不倫しとったって話。知っとる?」 ―――思い出した。 そういえば中華ダイニングの女子会でまゆゆが言ってたっけ。人事の家煎さんが、女上司に媚び売るために不倫してたとかなんとか。「あれ、半分ほんま。不倫まではいってへんけど、上司にしつこいくらいちょっかいかけとったってのは本当。」「えぇっ」「家煎は軽い男やから。歓迎会でも家煎が爽ちゃんに近づかんようにするの、大変やった。」               「……もしかして先輩。家煎さんと、仲いいんですか?」「まさか。」「…………」 「同期。仲は良くも悪くもないな。昔一度だけ、一緒にグランピングしたってくらいやし。」 はい? グランピング? あの、有害無益そうなパリピ星の家煎さんと? それってドライな先輩にとっては、とっても仲がいいってことなんじゃないんですか?  次月の週末。 先輩には、家煎さん主催の飲み会には不参加を表明していたはずなのに。 朋政課長に、同期の小窪さんも来るからと言われて、結果的に無理やり参加させられることとなった。もちろん、憂先輩も一緒に。「朋政課長の好きなタイプってどんな子なの〜?」「どこにでも突っ走っていくような子供じみた子ですかねえ。あ、でも特に年齢にも性別にも制限は設けてないですよ?」「ええーじゃあアラフォーの私でもいけるってこと〜?!」「もちろん水樹さんのような世話好きな女性でも、表面上はドライ、中身はウェットな西の憂君でも僕は全然いけます!」「あっはは〜! 残念ながら憂君の表情は今ひとつ変わってない〜!!」     朋政課長を目の前にして、ビールのピッチャーからそのまま飲み干そうとする水樹さん。右隣の私が慌ててジョッキを手渡した。 左隣には小窪さんがいて、私にこっそりと耳打ちをしてくる。  「あれ、今日古馬都さんは来てないんですか?」「ああ。なんか用事があるらしくって。」「そうなんですね。」 やっぱり今日はお子さんとご飯を食べに行くと言っていた古馬都さん。大君と巡ちゃんが
last updateLast Updated : 2026-08-04
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