LOGIN小さな不思議ちゃんと、冷淡冷徹無表情の関西弁スパダリ先輩との日々。(情報量過多)
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「もちろん、いいですよ。」
「ありがとう〜! 助かる〜!」
刈谷さん、横浜支部では数字の鬼って云われてたんだよね。
と、眉を下げて笑う
縮毛矯正で手に入れたというストレートヘアを揺らし、先輩が廊下の方へと小走りで向かう。
『西の
白河先輩が、その人物を一目見ようと、他の女性社員の背中で爪先立った。
総務部課長代理、
冷淡冷徹、無表情。
自分の仕事は自分の仕事、他人の仕事は他人の仕事。終わらないあなたの仕事を自分に頼まれても、それはどう足掻いてもあなたの仕事。
終われるように予定を組まなかったあなたが悪いのだと、昔先輩に楯突いたことがあるのだそう。
感情をあらわにすることなく一掃する冷めたグレーの瞳。色素の薄い髪からは、ほろほろと雪の結晶が落ちてきそう。
今憂先輩は、防災設備の点検で、フロアごとに消防署職員との検査に立ち会っているらしい。
「総務の懇親会も送別会も歓迎会も来なかったんでしょ?」
「絶対無理だって! 合同歓迎会じゃ来ないでしょ!」
秋晴れもいい後期の人事異動。私、
今日は、総務、人事、経理部合同での歓迎会があるのだ。
大勢人が集まる場所はとっても苦手だけれど、主役の立場なので出席しなければならない。
同期だけなら気兼ねなく楽しめるのに、ビジネスオンリーの飲み会は信じられないほど億劫。
私の心の壁は、なかなか他人には剥がせない。
廊下から聞こえてくるのは、憂先輩と女性社員たちの声。
恐らく今日の歓迎会のお誘いなのだろう。冷淡冷徹な憂先輩は、社交の場であっても出ないものは出ない。徹底している。
「あ、あの憂さん! 今日の合同歓迎会って、いらっしゃいます? 私達、歓迎会の幹事でして! 一応確認をとっているんです!」
「い、一応ね!」
少しの間があって。場が凍りついたように静まるのを感じた。
そして事務的に返す、先輩の冷たい声。
「ちょっと、待って。確認します。」
女性社員の間に広がる、小さなざわめき。
「え、憂さんが? いつも歓迎会すらも断るあの憂さんが??」
私も、憂先輩は一刀両断して拒否するものだと思っていたから、少し驚いた。
私は聞こえていないふりをし、社内システムの経理部共用フォルダから、今期年間スケジュール表と予算案、予算表のデータを引っ張り出してくる。
画面上で3つ窓を並べて見比べて。計算器を取ろうとすれば、そこには私を覆う影があった。
「っ……び、びっくりしたー」
「……」
私の真後ろに立ち、冷えた瞳で見下ろすのは、憂先輩。
スタイルのいい長身は、普段から体型管理を怠らない証拠なのだろうか。油物は食べないと噂で聞いたことがある。
ネイビーのスーツに縞々のネクタイは、平穏無事なオーソドックスを極めている。
無表情で、奥二重に長い睫毛から覗くグレーの瞳。憂いを帯びる、美しくも儚い顔立ち。
眼科で眼球ごと見られているかのように、私をまるごと見下す憂先輩。全身にひやりとしたものを感じ取る。
今まで離れた支部だったため、今度からきっとほぼ毎日のようにこの美麗を眺めることとなる。
小さな震えを隠しながら、なにかしら?と見つめ返してみる。
すると先輩の長い指が、私の前にゆったりと向かってきた。
「爽ちゃん。久しぶり。」
「お、お久しブリデス。」
両手を前に出し、私に低層のハイタッチを求める憂先輩。
ねえ、手を合わせてくれないの?と、目を細め首を傾ける姿がちょっと愛おしい。
私が両手を、そっと先輩の手の平に合わせる。
すると、にぎにぎと、私の指に指を絡めて憂李月なりのスキンシップを図られる。経理部の地味な暗さが、ふわりと緩和される。
「今日の歓迎会、来る? 爽ちゃん来んなら俺も行かんし。来るなら、俺も行く。」
「あ、はい。わたし、一応歓迎者なので。行きますよ?」
「そっか。えらいな。歓迎会も仕事の一貫として認識してんやな。」
そう言って、私の頭をそっと触れるように撫でる先輩。
いやいや、歓迎会行くの、当たり前やんなあ。
先輩が私へのスキンシップが激しいことは前々から知っている。でもまさか、社内でもこれだとは思わず。
かといって手を払えない私は、周りの視線に居心地の悪さを感じるばかりだ。
「初めての場所やし。緊張しよる?」
「す、少しだけ、」
「何かあったら、すぐ俺に頼ればええから。」
「は、はい。ありがとう、ございます……。」
「ん。じゃあまた夜。楽しみにしとる。」
はい。私も先輩のお陰で楽しめるようにしておきますよ。
まぶたを半分下ろす、先輩の甘い笑顔。冷淡冷徹無表情、いずこに?
刈谷爽の男事情は、おそらく唯一むに。
中学1年生の時、数学検定に臨んでみた。
羅列する数字はモノをいう。1は2より小さい。3は2より大きい。1+1=2でしかない。
正誤のゆらぎは一切許しませんよ、という冷淡無慈悲なアイツ。それが数学。
数学だって文章問題は国語力が試される。しかしながら過去問をみればパターンが分かるから、私は難なく数検一級に合格した。
でも崇められるなんてのは神様と推しだけらしい。周りにはもの珍しくも、奇怪な目を向けられていた。それが刈谷爽という人物。
ほら私、不思議ちゃんだから。
昔から可愛いものよりも、海外のホラーゲームに出てくるようなサイコ系キャラクターやブラックジョークに富んだ物語が好き。
そんな不思議ちゃんは、数学だけ飛び抜けた才能を発揮した。
だから、人からは綺麗に一線を引かれる。連絡先を知る友達は極少数。
でも一人だけ、私のミステリアスゾーンにグイグイっと割り込んで、過剰なスキンシップを求める人物がいたのだ。
それが
「憂さあん! 飲み会参加してるの珍しいですね?! ぜひビール注がせて下さい!」
「いや、俺はいいです。」
「えー、じゃあ他のお酒頼みますぅ?」
「いや、いいです。」
憂先輩の珍しい参加とあってか、周りが必死に声をかけに行っている。憂李月と距離感バグれるまたとないチャンス。
それなのに先輩は、来る者拒みすぎ。すぱんすぱんと周りをカマイタチで切っている。
そして正座も崩さず、何事もなかったかのようにお通しの鯨ベーコンとカイワレの和え物を食べているのだ。
周り、甚大な被害が出てますよ?
それにしても先輩、綺麗な食べ方してるなあ。
周りに私との親密さを伺わせてもいけないと、ずっと見ないようにしていたのに。つい見ちゃった刈谷スコープ。
憂先輩とは、予想通り目が合って。先輩は眉を下げてふわりと宴会間初の笑顔を見せた。
慌てて日本酒のおちょこを両手で持ち上げて、憂李月の酔いを覚ます。
その視線と視線に割り込んできた、6割強ハゲのおじさん。
どこかに移動したお隣さんの座布団を陣取る。
「刈谷ちゃん、日本酒いける口なの? 若いのになかなかやるね~。」
「私、日本酒大好きなんですよぉ。」
「けっこう“のん兵衛”なんだね。」
「はい。あんま酔わないんで、度数高いの好きなんです。」
確か人事部の⋯⋯誰だったかな。50代くらい?お偉いさんかな。おじさんのプラカード下さい。
「刈谷ちゃん身長低いね。150㎝ある?」
「こう見えて、147㎝なんです。」
「なんか小学生が飲んでるみたいで、違和感ありまくりだわ~。」
「ふふ。」
小学生かあ。社会人になっても中学生って言われることはあるけれど、降格しちゃったかあ。
うちのオフィスレディは皆綺麗だし、女性の魅力が反射して輝いてるもんね。
私なんて今日お座敷だって知らなかったから、チャッキーの靴下履いてきちゃったんだよ。ド派手な蛍光色のやつ。
「小学生を酔わせちゃあいかんねえ。じゃあおじさんにお酌してもらおうかな」
「あ、はい。いいですよ。」
「総務の
「え?」
「真っ先にお酌しに来てくれてさあ。気遣いができる女はモテるだろうね」
「………」
あ、これって遠回しに、ちゃんとお酌をしに行けって言われてるのかなあ。
総務の古馬都さんがどの方かは存じないけれど、ビール瓶を持ってずっとお酌しに回っている綺麗な女の人はいる。
私ってば、気が利かない子。
ちょっとズキンときちゃって。ビール瓶を取る手が震えてしまう。
「
私がビール瓶を手にした時、刈谷とおじさんの合間からふいっと憂先輩が割り込んだ。
「あ、ああ憂くん! 珍しいね君ぃ!」
「ええ、今日は可愛い後輩が主役ですから、俺も参加させていただきました。」
「そうかあ。確かにちっこくて可愛い後輩だもんなあ」
憂先輩が、さりげなく私を主役だと伝えてくれて。きっとおじさんに、刈谷は主役だからお酌の必要はないんですよって教えてくれたんだ。
ちょうどコップ一杯分のビールが瓶には残っていて、それを憂先輩がおじさんの持つコップに注ぎ入れる。
全然泡が立たない最後のビール。空になったビール瓶をおじさんに見せて、憂先輩が言った。
「きっと古馬都さんがビール持ってると思います。」
「じゃあ古馬都ちゃんの2杯目をおかわりしに行こうかな。」
おじさんが憂先輩のビールを飲み干すと、本当に古馬都さんという女性のところに行ってしまった。
ねえ先輩。予測計算したの?
刈谷も計算好きだから、先輩の方程式が見えちゃったりするんだよ。
私、ぜんぜん可愛くない後輩だよ。憂先輩。
「爽ちゃん、それって日本酒?」
私の前にある、とっくりとおちょこを見て、先輩が聞いてきた。
「はい、そうなんです。まだビールじゃなきゃ、まずかったですかね。」
「なんで?」
「皆まだビール飲んでるのに、私ってば勝手に日本酒頼んじゃって。全然空気読めなくて……。」
計算はできるのにねえ。皆に合わせたお酒を飲まないなんて、やっぱり変、ですよね。
とりあえず自分でつっこんで、罪悪感を取り除いておいた。
憂先輩がふわりと笑って、私のおちょこを手に取る。
そしてそれを一気に飲んだ。
「あー、これって。
「あ、そうです! わかるんですか?」
「フルーティーな感じで飲みやすいやんな。俺も日本酒、けっこう飲むんよ。」
「憂先輩、日本酒似合いますもんねえ。」
憂先輩が今度は私におちょこを持たせて、とっくりを手にして注いでくれる。
「今度、巡ってみる?」
「え?」
「酒蔵巡り。」
「ああ、いいですねえ!楽しそう!」
「爽ちゃんとの酒蔵デート、なんかええね。」
「で、でえと、ですか。」
「え? 嫌なん?」
とっくりを、ゆっくりと机に置いた先輩。
お隣同士で触れる腕と腕の温度。
首を傾げ、私の顔を下から覗いてくる。
長いまつ毛が綺麗に瞬いて、私も同じように瞬き返した。
先輩、ちょっと酔ってるん?
頬が少し染まっていて、悲しそうに眉を下げ、憂いの瞳で私に聞いてくる。
私はたじたじで、ちょっと予測不能関数だなあ。
すっと息を吸って、言葉よりも先に首をふるふると横に振る。嫌なわけないよって。
「爽ちゃんて、顔ちっちゃいなあ。」
「ふぇっ、」
私の頬に、人差し指を当てる先輩。
憂先輩の指の威力は神様並。親指と一緒に頬をつままれて、刈谷の脳がゆっくり溶かされ初める。
「キスする時、きっと大変やろなあ。」
「へっ、」
「あかん。今の俺の発言、有罪もん。」
「い、いえ。先輩なら、無罪放免です!」
「ほんま?でも爽ちゃんになら有罪で捕まるのも悪ない。」
「せんぱい、酔ってます?」
「可愛い後輩に酔うてます。」
う〜ん参ったなあ〜。
ほら、甚大な被害者たちが、そわそわとこちらを見てますよ、先輩。
私の頬から指を離し、その綺麗な指で、私の外ハネセミロングの髪をこっそり撫でてくる。
なんでそんなに愛おしいものを愛でるような目で見てくるの? 男の人に見られ慣れていない私は、どこに視線を置いていいやら、キョロキョロと黒目が動いてしまう。
机に肘をついて、その手の甲に顎を乗せて。こてん、と首を傾げる先輩。それだけで有名絵画を越えてくる。
お酒の力で潤いと艶をアップデートした先輩は、私からなかなか目を離してくれない。
無恥なにらめっこに困って、私が根負けして俯いてしまえば。
先輩は「無垢やなあ。」と今日一番の甘い笑顔を見せてくるから、私も「無垢やあらへんです。」と日本酒のせいにして笑い返した。