区長の長谷川とも、以前のように話せる程度には関係が戻っていた。表面上だけなら、何事もなかったように。ある朝、畑仕事の途中で長谷川に声をかけられた。「ちょっと頼みがあるんですが」その言い方で、何となく察した。「また移住者が来るんです。港まで迎えに行くので、手伝ってもらえませんか」――移住者。胸の内で、別の言葉に置き換わる。生け贄。自分たちが排除されないために、新しい外部の人間を迎え入れる。監視し、値踏みし、馴染まなければ異常者に仕立てる。そうやって共同体は内側の結束を保つ。頭では、はっきり理解していた。それでも口から出たのは別の言葉だった。「わかりました。手伝います」笑顔まで作っている自分が、ひどく情けなかった。自分もまた、いつかこの構造の一部になってしまうのだろうか。そんな考えが頭をよぎった。港へ向かう車中、長谷川が説明する。「今回の方は一人です」「一人?」「ええ。女性の方で……三十歳前後だったかな」思わず黙り込んだ。若い女性が、この島へ一人で来る。以前の若い夫婦のことが頭をよぎる。夫婦でさえ耐えられなかった場所だ。まして一人では――。「大丈夫なんですか」思わず漏れた言葉に、長谷川はハンドルを握ったまま苦く笑った。「大丈夫かどうかは、来てみないと分かりません」答えになっていなかった。「長谷川さんは、この島で何十年も過ごしてきたんですよね。それでも、こういうやり方に疑問を感じたことはないんですか」思い切って尋ねてみた。長谷川はしばらく黙って前を見ていた。「若い頃はな、ありましたよ」その声は、いつもの世話好きな区長のものとは少し違って聞こえた。「でも、疑問を持ち続けるのは、思っとるより疲れるんです」それ以上は語らなかった。やがて定期船が港へ滑り込む。エンジン音とともに乗客が降りてくる。観光客らしい家族連れ、荷物を抱えた老人、業者風の男。その中に、一人の女性がいた。三十歳くらいだろうか。黒く長い髪を後ろで束ね、白い肌に細い体。その華奢な身体には不釣り合いなほど大きなスーツケースを引いている。足取りは慎重で、どこか疲れて見えた。長谷川が前へ出る。「こんにちは。お待ちしていました」女性は一礼し、こちらへ向き直った。「お世話になります……」か細い声だった。その声だけで、この島の風にまだ馴染んでいないと分かる。私はスーツケースを受け取った。予想以上に重い。「かなり荷物ありますね」
最終更新日 : 2026-07-21 続きを読む