柳川が事故を起こしてから、半年が経った。 リハビリは順調だった。医師からも、予定通りだと言われている。 体は戻ってきている。 ただ、一つだけ思うようにいかないものがあった。 細木貴子との距離だ。 半年前。 「少し、考えさせてください」 そう言われたとき、柳川は勝手に終わったと思った。 だが違った。 理由は、母親の介護だった。 話を聞いたとき、胸の奥に溜まっていたものが一気に抜けた。 振られたわけじゃなかった。 それよりも、細木が抱える負担を軽くしたいと思った。 頭で考えるより先に、口が動いていた。 「いつでも連絡ください。男手が必要なら、駆けつけます」 言ってから、少し間を置いて、 「……お付き合い、お願いします」 と付け足した。 細木は、少しだけ考えてからうなずいた。 それが、始まりだった。 休日に出かけることは、ほとんどない。 細木は家を空けられない。 それでも、仕事終わりに食事へ行く時間があった。 たった一時間でも、柳川には十分だった。 くだらない話をする。どうでもいいことを聞く。 「モンステラは好きですか」 「葉の形が好きです」 「僕は好きではないです。」 「何故、訊いたの…。」 そんな会話でも、ちゃんと返してくれる。 それだけで、満たされる。 ただ、一つだけ引っかかる。 細木からは、何も聞かれない。 仕事のことも、過去のことも。 「課長って、休日何してるんですか」 そういう質問が、一度もない。 気にしていないのか。 自分に興味がないのか。 考えると、少しだけ気分が沈む。 …まあ、いつものことか。 柳川は、胸の奥に押し込める。 一方で、細木は細木で悩んでいた。 半年前、自分は全部話した。 母親のこと。介護のこと。簡単じゃない現実。 内心では思っていた。 重いと思われたらどうしよう、と。 最悪、距離を取られても仕方ないと。 だが柳川は違った。 「介護に男手が必要なら、いつでも呼んでください」 その一言で、思考が止まった。 好きだとか、付き合いたいとか。 そういう言葉ではなかった。 もっと現実的で、今の自分に必要な言葉だった。 頭がクラクラきた。 あの瞬間、この人は特別になると分かった。 それでも、私は踏み込めない。
Last Updated : 2026-07-21 Read more