ある日の昼休み、細木貴子は自席で弁当の包みを静かに広げていた。 小ぶりの二段弁当だった。玉子焼き、ひじきの煮物、鮭の切り身、彩り程度の青菜。派手さはないが、いかにも細木らしい、きちんとした中身だった。 柳川圭介は給湯室で自分の茶を淹れながら、ふと思い立った。 ついでに、もう一つ紙コップへ茶を注ぐ。 執務室へ戻り、細木の机にそっと置いた。 「どうぞ」 細木は箸を持ったまま固まった。 「……え」 「お昼のお供に」 細木はしばらく紙コップと柳川の顔を見比べ、それからみるみる頬を赤くした。 「男の方に……お茶を淹れていただいたの、初めてです……」 柳川は思わず言葉に詰まった。 独身とは聞いている。だが、これまでいったいどんな男性と関わってきたのか、少し心配になる発言だった。 細木は真っ赤な顔のまま、慌てて弁当を食べ始めた。 「ありがとうございます……いただきます……」 小さな声で礼を言いながら、玉子焼きを頬張る姿は、いつもの落ち着いた細木とは違い、妙に初々しかった。柳川は、その年齢不相応な照れ方に、少し可愛らしさを感じてしまった。 夕方。 一日の仕事が一段落したころ、細木が紙コップを両手で持って柳川の机へやって来た。 「お昼のお礼です」 差し出されたのはコーヒーだった。 「ありがとうございます」 一口飲んで、柳川は少し驚いた。ブラックだった。砂糖もミルクも入っていない。 「……私がブラック好きなの、ご存じでしたか」 細木は少しだけ笑った。 「いつも、そうでしたので」 よく見ているものだと、柳川は感心した。 一口飲むと違和感が口に拡がった。 少し塩気がある。 柳川は考えた。 ――汗をかく季節だから、塩分補給まで気遣ってくれたのか。 「細木さん」 「はい」 「お気遣い、ありがとうございます」 彼女が淹れてくれたコーヒーは塩気のある気遣いのこもったコーヒーだった。
Last Updated : 2026-07-21 Read more