化学療法を受けてから、私は辛いものを受けつけなくなった。それでも和臣は、食事のたびに辛い料理ばかり作った。「美羽はこれから、お前のために片方の腎臓を失うんだぞ。好きなものくらい、食べさせてやってもいいだろ?」美羽が私の成人祝いのネックレスを欲しがると、亮介はその場で私の首から外し、美羽に手渡した。「美羽はお前に腎臓をくれるんだぞ。ネックレスの一本くらい、譲ってやってもいいだろ?」遼は再診の日に一緒に病院へ行くと約束していたのに、その日は美羽とコンサートへ行き、病院には来なかった。「美羽は、もうコンサートに行けないかもしれないんだ。お前は今日くらい我慢したって死なないだろ」私の命がかかった手術さえ、美羽が「海を見たい」「スカイダイビングをしたい」「オーロラを見たい」と言い出すたびに、何度も先延ばしにされた。広い家にひとりで残るのが怖くて、私も連れていってほしいと頼んだ。それだけだったのに、三人は「栞のためだ」と言って、私だけをこの部屋に住まわせた。この部屋に越してきた夜、私は和臣、亮介、遼をかたどった小さな人形を作った。食事のときも、眠るときも、痛みに耐えながら話しかけるときも、いつもそばに置いていた。そして今日、私は貯金を使い切り、中古車を一台買った。いつか四人で行こうと約束した青凪湖を、最後にこの目で見ておきたかった。そして、そのまま二度と戻らないつもりだった。……この部屋で暮らし始めて三年。こんなふうに部屋を眺めたのは、初めてだった。壁紙はあちこち剥がれ、その下から灰色がかった下地がのぞいていた。カーテンは何度も洗ったせいでごわつき、端には落ちきらないカビの染みが残っていた。古いエアコンは頭上でうなり続けていたが、出てくるのは生ぬるい風ばかりだった。何より嫌だったのは、この部屋に染みついた臭いだ。消毒液と薬の臭い。それに、咳き込んで吐いた血の生臭さが、何度拭いても消えずに残っていた。けれど、白石家が貧しかったわけではない。両親が交通事故で亡くなったあと、私たちには多額の遺産が残された。その後、和臣は会社を立ち上げ、亮介も業界で名の知れたデザイナーになった。二人はそれぞれの道で成功し、都心のタワーマンションに300平米もある部屋を買った。美羽には専用の書斎と音楽室があり、人
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