「玲司?」ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほどかすれていた。その声に、ついさっきまで愛おしげな顔をしていた男の体が、びくりとこわばる。顔を上げた玲司と視線がぶつかった。玲司は驚いたように目を見開き、その顔に一瞬だけ動揺が浮かんだ。けれど、それもほんの一瞬。玲司はすぐに感情を押し隠し、かばうように腕の中の女を抱き寄せた。玲司の胸元に隠れている依美が、そっと顔をのぞかせる。清純そうな顔に驚きをにじませ、おびえたように声をかけてきた。「薫(かおる)さん……どうしてここに?」ぱさり、と受付票が床へ落ちた。親友の角田栞菜(すみた かんな)は目を見開き、玲司を指さして声を張り上げる。「玲司!あんた、海外のプロジェクトで現地にいるはずじゃなかったの?そのお腹の大きな女は誰よ!?」栞菜の怒声など耳に入らないかのように、玲司は感情の読めない冷ややかな目を私へ向けた。「薫、ここは病院だ。騒ぐな」見事なものだ。妻に見つかったこの瞬間でさえ、玲司は何ひとつ悪くないと言わんばかりに、平然としている。ほんの3日前。画面の向こうの玲司は、荒れ果てた工事現場に立ち、異国の日差しはきつすぎると弱音を吐きながら、私の煮込みハンバーグが恋しいと言っていた。そんな言葉を真に受けた私は、心配で涙までこぼした。その夜のうちに店を回り、一番高い日焼け止めや、向こうでは手に入りにくそうな物をあれこれ買い込み、国際送料だけで数万円もかけて送ったのだ。なのに、遠い異国で苦労しているはずの玲司は今、きちんとした格好で私の目の前に立ち、私が3年間支援してきた女子大生を大事そうに抱き寄せている。「海外のプロジェクトは?」今にもこぼれそうな涙を、私は歯を食いしばって押し戻した。玲司の眉間にしわが寄る。まるで、いつまでも食い下がる私のほうが迷惑だとでも言いたげだった。「プロジェクトならとっくに外注に回した。俺は先月には帰国している。依美は地元を離れて大学に通ってるんだ。妊娠してるのに、近くに頼れる人もいない。年上の俺が少しくらい面倒を見て、何が悪い?」「……面倒を見る?」怒りが極まると、かえって笑いが漏れた。私は依美の腹を指さす。「面倒を見ているうちに一線を越えて、子どもまで作ったの!?」依美の目がたちまち潤み、大粒の涙が次々と頬を伝う
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