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第2話

Author: また溺愛されちゃった
離婚という言葉を聞くなり、玲司はうんざりしたように眉間をもんだ。

「薫、こんなときまで聞き分けのないことを言うのか?依美は胎児心拍の検査を終えたばかりで、刺激を受けられる状態じゃないんだ。

きちんと片をつけると言っただろう。おまえが俺の妻であることは変わらない。

先に帰れ。夜になったら家で説明する」

それだけ言い置くと、玲司はもう私を見ようともしなかった。依美の肩を抱き、そのまま横を通り過ぎていく。

すれ違いざま、依美だけが振り返った。勝ち誇った笑みを浮かべ、声を立てずに唇を動かす。

「おばさん」

私はその場に立ち尽くした。くじいた足首には刺すような痛みが走っていた。それでも、胸の奥を引き裂く痛みとは比べものにならなかった。

足取りも定かでないまま家へたどり着いた。2人で暮らしてきた痕跡に満ちた部屋が、今は何もかも私をあざ笑っているように見える。

壁には結婚5周年の記念写真。ソファには、私が一目ずつ編んだ玲司のセーター。

この家で、私は完璧な妻であろうと生きてきた。けれど、そのために本当の自分を見失っていた。

23時。玄関で暗証番号を押す電子音が鳴った。

ほどなく、玲司がほのかな香水の匂いをまとって入ってくる。

かつて私が何より好きだったウッディノート。その香りが今は、別の女の存在を告げていた。

ソファに座る私に気づくと、玲司は一瞬だけ目をみはった。だがすぐに歩み寄り、なだめるように声を和らげる。

「薫、こんな時間まで起きていたのか?」

肩を抱こうと伸びてきた腕を、私は体をひねってかわした。

行き場を失った手が宙で止まる。玲司の顔が、みるみる険しくなった。

「いつまで騒ぐつもりだ?今日、鉢合わせたのは想定外だった」

「帰国したのも想定外?一線を越えたのも?それとも、妊娠が?」冷えた目をまっすぐ向けた。

玲司は答える代わりにネクタイを緩めた。向かいの一人掛けソファへ深く腰を下ろし、たばこに火をつける。

「薫、昔はもっと聞き分けがよかった」ゆっくりと煙を吐き、その向こうから私を見据えた。

「依美はまだ20歳だ。人生は始まったばかりなのに、子どものせいで台なしにはできない」

「じゃあ、私は?」目の奥が熱い。かろうじて絞り出した声まで震える。

「玲司、私はあなたと結婚して5年、あなたの仕事のために体を壊して、母親になれる可能性さえほとんど失ったのよ!

それなのに今、彼女の人生は壊せないと私に言うの?」

玲司の瞳に、罪悪感らしきものがかすかに揺れた。けれど、それは煙よりも早く消えていく。

「つらい思いをさせたことは分かっている。だから、俺の妻の座はずっと薫のものだと言っているんだ。

依美が子どもを産んだら、俺たちで引き取って育てればいい。

そうすれば、薫も母親になれるだろ?」

私は、目の前の玲司がまるで別人のように思えた。

どうすれば、これほど恥知らずな話を、正しい提案であるかのように堂々と口にできるのだろう。

「玲司、あなたには吐き気がする」テーブルのグラスをつかみ、玲司の足元へ思いきり投げつけた。

静まり返ったリビングを、ガラスの砕ける鋭い音が切り裂いた。

その音に弾かれたように玲司が立ち上がり、怒りで顔をこわばらせる。

「薫!俺がここまで譲歩しているのに、まだ何を望むんだ!

そもそも、経済的に恵まれない学生への支援事業にどうしても参加すると言ったのは薫だ。そうでなければ、俺は依美と知り合ってもいない。

結局、自分で災いの種をまいたんだ!」

怒りと悔しさがこみ上げ、指先まで震えた。

初めて依美を支援したのは、貧しい境遇にありながら学ぶことを諦めない姿に、かつての自分を重ねたからだ。

毎月、残していたお金を削って、依美の生活費を送った。服も買ってあげた。どんな道へ進むべきか、将来の計画まで一緒に考えた。

学ぶことで人生を変え、いつか故郷を離れて自分の道を歩んでほしい。そう願っていた。

なのに、依美が選んだ運命の変え方は、私の夫と関係を持つことだった。

不意に玲司のスマートフォンが震えた。画面には依美の名が浮かんでいる。

その名を見た途端、玲司はすぐに電話を取り、声に甘さをにじませた。

「どうした、依美?また赤ちゃんが動いたのか?怖がらなくていい、すぐ行く……」

通話が切れる。玲司は私へ一度も目を向けないまま、車の鍵をつかんで玄関へ向かった。

「少し用事がある。今夜は帰らないから、1人で頭を冷やせ」

玄関の扉が、耳を刺す音を立てて閉まった。

全身から力が抜け、ソファへ崩れ落ちる。床一面のガラス片を見つめているうちに、口から乾いた笑いが漏れた。

5年かけて築いた絆さえ、若さの前では、こんなにもあっけなく砕けるものらしい。

頬をぬぐい、スマートフォンを握り直す。迷いを断ち切るように、大学時代の先輩で弁護士の相沢拓海(あいざわ たくみ)へ電話をかけた。

「先輩、離婚協議書を作ってください。できるだけ早く」

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