私が入力したかったのは、【同意しない】だった。 画面に残ったのは、【同意します】だった。 事故から約9か月。大学病院の研究評価室で、午前から続いた測定は予定の終了時刻を過ぎていた。 その日の課題は、文字盤の精度確認と短文入力だった。既知の質問、自由入力、訂正操作。最後の試行を終えた時点で、私は1時間以上画面を見続けていた。 視界の端が白く、文字が二重に見える。正答率は前半より落ち、削除操作も2回続けて失敗していた。 開始直後の既知質問は10回中8回正しく答えられた。40分後には6回中3回。最後の自由入力では、4文字のうち2文字を訂正している。 研究担当者の画面には、疲労度の欄が黄色から赤へ変わっていた。玲奈は終了前の確認として、痛みと継続希望をYES/NOで尋ねたが、どちらも結果が割れた。 答えがそろわないこと自体が、続けられないという情報だった。 玲奈が研究担当者へ言った。 「今日は終了します。先生の反応が遅れています」 ところが、直紀が立ち上がった。 「5分だけ待ってください。会社の担当者が別室で見学しています」 研究チームが認めたのは、装置の動作を映像で見ることだけだった。事業への参加意思を確認する予定はない。 見学申請にも【研究評価の観察のみ】【参加者への直接質問なし】と記載されていた。会社担当者は研究室へ入らず、別室の映像回線から見ることになっている。 直紀はその境界を知っていた。それでも、研究担当者が接続を切る前に話し始めた。 壁のモニターに、ネクサス・メディカルの広報責任者と開発担当者が映った。
Última atualização : 2026-08-19 Ler mais