Todos os capítulos de 動けない妻は、すべて聞いている: Capítulo 21 - Capítulo 28

28 Capítulos

21話

直紀は、あゆみの顔より先にバッグを見た。 「スマホは外へ置いてきたか」 公開実証の前夜。ネクサス・メディカルの社長室には、明日の進行表と広報用の映像が並んでいた。 あゆみは「置いてきた」と答えた。 嘘だった。 スマートフォンはバッグの内ポケットにあり、録音開始から3分17秒が過ぎていた。赤い表示を見えないよう画面を伏せ、ファスナーも閉じてある。 「急にどうしたの。前は会社で写真を撮っても気にしなかったでしょう」 「今は状況が違う」 直紀は扉を閉めたが、自分の机には戻らなかった。あゆみから手の届かない窓際へ立ち、腕を組む。 録音を疑っている人間の距離だった。 ここで事故の全容を尋ねても、直紀は話さない。あゆみは用意してきた紙を、机の端へ滑らせた。 【事故対応整理・草案】 【提案者Aへ全責任を帰属】 直紀は一行目を見ただけで、視線を上げた。 「会社の資料を持ち出したのか」 「私の名前を隠した資料でしょう」 「提案者Aが君だとは書いていない」 「事故前の連絡先も、三浦さんの治療費を受け取った窓口も、私のアドレスだけ残してある。あなたの名前は最後の承認欄にしかない」 「だから何だ」 「私が勝手に計画して、勝手に三浦さんへ頼んだ形にするつもりだったの?」 直紀の左の親指が、結婚指輪の縁へ触れた。 回さない
last updateÚltima atualização : 2026-09-12
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22話

公開実証当日の午前6時40分、弁護士から連絡が入った。 病室の窓はまだ暗い。枕元の研究用モニターに、【原端末受領】と表示されていた。 録音の鑑定が終わったわけではない。 あゆみ側の弁護士が立ち会う前で、私の弁護士事務所の担当者が電源を切ったスマートフォンを受け取った。端末番号、受領時刻、外観を記録し、その場で封印した。 昨夜送られた音声ファイルと、端末内に残るファイルの容量と作成時刻が一致するところまで、初期確認が済んでいる。 編集の有無、声の同一性、録音時刻の詳しい検証はこれからだった。 「今朝の時点で言えるのは、矢代さんが写しだけでなく、録音に使った端末を差し出したことです」 弁護士は、確認できた範囲と未確認の範囲を画面の左右へ分けた。 私はYESを選んだ。 【録音を聞きますか】 【NO】 聞かなければ判断できない内容は、弁護士が短く報告する。声を聞くこと自体は証拠保全にならない。今日使える集中力を、直紀とあゆみの言い争いに費やす必要はなかった。 「会話の全文を事実として扱わず、既存記録と重なる発言だけを説明します」 弁護士は最初に、あゆみ自身の発言だけを読み上げた。 【会議へ行けないようにすればいい。数日入院する程度なら】 私の胸の前で、シーツが呼吸に合わせて上下した。 車も、三浦も出てこない。けれど、私から会議へ行く機会を奪う案を出した声は、直紀の説明ではなく、あゆみ自身の端末に残った。 続いて、直紀の返事が文字で示された。 
last updateÚltima atualização : 2026-09-13
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23話

磨りガラスの向こうで、直紀の影が止まった。 主治医が入口の中央へ立ち、病棟責任者と警備担当者がその左右を塞いでいる。私はベッドから、磨りガラスへ落ちる彼の影を見ていた。 「恵美。5分でいい。会社の話じゃない」 扉越しの声は低かった。 「昨夜、あゆみが妙な録音を送った。君が誤解する前に、俺から説明させてくれ」 説明を求めたのは、何度も私のほうだった。 三浦とは何を話したのか。契約をどうしたのか。あゆみをなぜ家へ入れたのか。 目しか動かせなかった私に、直紀は【疲れている】【勘違いだ】【僕を信じろ】と答えた。今になって、彼自身が話す時間を欲しがっている。 看護師が確認画面を私へ向けた。 【扉を開けますか】 【NO】 「恵美、聞こえているんだろう」 影が一歩近づく。 「あゆみの言葉だけで決めるな。あの女は、自分が助かるためなら何でも言う」 その言葉で、直紀が何を選ぶか分かった。 一緒に暮らした女を切り離し、三浦へ命じた行為を事故へ戻し、最後には私の判断まで誰かのせいにする。扉を開けても、別の物語を聞かされるだけだ。 私は入力画面で短い文を選んだ。 【面会しません】 研究担当者が語句を読み上げ、私の確認を取る。AI音声が病室に流れた。 直紀は黙った。 ほんの数秒だったのに、その沈黙には、7年間のどの口論より重さがあった。 
last updateÚltima atualização : 2026-09-14
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24話

配信開始の赤いランプが点灯した。 カメラの向こうに、何人いるのかは分からない。 正面のモニターには、大学病院の配信室と、ネクサス・メディカルが用意した会場が並んで映っている。会社側には報道陣と社員、取引先が座っていた。 直紀は私のベッドから離れ、会社側のカメラの中央に立っている。 「本日は、妻・久保恵美が取り戻した声を、皆さまへお届けします」 いつもの穏やかな声だった。 あゆみの原端末が外へ渡ったあとでも、彼は献身的な夫の顔を作れた。 「事故から1年。妻は、私たちの技術と大学研究チームの支援によって、再び自分の意思を伝えられるようになりました」 私たちの技術。 私の特許も、大学のBCIも、彼の事業として語られている。 直紀が次の説明へ進もうとすると、司会者が止めた。 「ここからは、研究チームが確認手順をご説明します」 玲奈が大学側のカメラの前へ出た。画面の隅に【本人作成・当日確認済み】と表示される。 「これは思考を読む実演ではありません。久保先生が作成した文章を、今使うかどうか、ご本人へ確認します」 それだけ告げて、玲奈はカメラの外へ下がった。 研究担当者が、最初の確認画面を出す。 【事前作成した文章を、今から使用しますか】 訂正できなかった一文が、私の同意として公開された日の画面がよみがえる。確認手順があると分かっていても、呼吸が浅くなった。 YESへ集中する。 
last updateÚltima atualização : 2026-09-15
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25話

配信が終わって1時間後、直紀から17件の着信が残っていた。 玲奈が端末を視界へ置く。画面には番号が並び、最後だけ留守番電話があった。 【聞きますか】 私はNOを選んだ。 主治医が照明を落とす。公開実証で使い切った集中力は戻らず、既知質問にも2度続けて誤った。今は直紀の言葉を受け取るときではない。 着信を消す必要もなかった。 聞かない。返さない。記録は残す。 その3つを、弁護士が私の希望として確認した。 「今後の連絡は代理人へ一本化します。久保直紀さん本人からの面会、電話、メッセージには応じない。それでよろしいですね」 【YES】 すぐに離婚が成立するわけではない。事故の捜査も、契約の争いも、会社の調査も始まったばかりだ。 それでも、直紀が私へ直接届く道は閉じられた。 午後、ネクサス・メディカルの監査担当者が病院の会議室から接続した。画面に映ったのは、公開実証を止めなかった女性と、社外取締役の2人だった。 「本日付で、久保直紀さんの代表権と業務執行を一時停止しました」 有罪と決めたからではない。 調査対象である本人が、社内資料や端末へ触れられないようにするためだという。管理者権限は変更され、事故当時の経理、車両、契約、広報のデータへ保全措置が取られた。 公開実証のアーカイブも、大学側の映像と照合できる状態で保存された。 私は、会社を今すぐ潰したいかと聞かれたことはない。聞かれても、YESとは答えなかっただろう。 直紀の指
last updateÚltima atualização : 2026-09-16
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26話

あゆみは、接見室の透明な仕切りに映る自分の顔を見ていた。 公開実証から8か月。髪は肩で切りそろえられ、爪には何も塗っていない。弁護士が書類を机へ広げるあいだ、両手を膝の下へ挟んでいた。 「久保さん側の供述調書が開示されました」 直紀を指す【久保さん】が、自分ではなく恵美の夫だと理解するまで一瞬かかった。 「事故への関与は、今も否定しています。会議を妨害する案は矢代さんが出し、三浦さんが方法を暴走させた。自分は事後に会社を守ろうとしただけだと」 あゆみは笑おうとした。喉から出たのは、短い息だった。 「録音に、会社を守ったって入ってるでしょう」 「入っています。ただ、何をした意味かは争うと言っています」 弁護士は、録音1本で決まるとは言わなかった。 三浦の通話音声には、直紀の具体的な指示と、【あゆみが言い出した】という言葉がある。 あゆみの端末には、自分が会議妨害を提案したと認める声がある。事故対応草案の更新履歴には、提案者Aへ責任を寄せる過程が残っていた。 あゆみが原端末を提出した事実も記録されている。 提出したから、事故前の言葉が消えるわけではない。 「あなたが経緯を説明し、原端末を任意提出したことは、今後も事情として主張します」 「助かるんですか」 弁護士は答えを飾らなかった。 「結果を約束はできません。少なくとも、提出したことだけで責任を免れるわけではありません」 起訴状には、あゆみが恵美を契約変更の会議へ行かせないよう提案し、直紀が三浦へ具体的な方法を指
last updateÚltima atualização : 2026-09-17
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27話

判決の確定を聞いた日、弁護士は3冊のファイルを病室の机へ置いた。 公開実証から1年8か月。窓の外で、若い木が揺れていた。 青は直紀、白はあゆみ、灰色は三浦。 私は背を起こしたベッドから、その表紙を見た。 「3人とも、執行猶予の付かない拘禁刑が確定しました」 誰か1人の供述だけで決まったのではない。 三浦の指示音声、会社車両のGPSと加速、治療費名目の送金、あゆみの録音、提案者A文書の更新履歴。 別々の場所に残った記録が、3人の説明を照らし合わせた。 判決は、あゆみが私を会議へ行かせないよう発案し、直紀が車両接触という具体的な方法を選んで三浦へ指示し、三浦が実行したと認定した。 想定より重い傷害になったことは、故意に接触させた事実を偶然の事故へ戻さなかった。 私は法廷へ出ていない。 長時間の移送と傍聴は身体への負担が大きく、映像で見ることも選ばなかった。私の意見は、作成過程と確認記録を付けた文書で提出した。 判決の日も、直紀たちの顔ではなく、認定された事実を弁護士から聞くと決めていた。 弁護士は、判決文のうち私が指定した箇所だけを読んだ。 3人が私の死亡を望んだとは認定されていない。 一方で、契約判断を妨げるため故意に車を接触させる計画を共有し、傷害の危険を現実のものにした。結果が計画を越えたという主張は、被害を引き受けなくてよい理由にならない。 事故後、直紀が私の意思を確認できない状態を利用して契約を進め、三浦へ削除を求め、あゆみへ責任を集める文書を作った経過も、供述の信用性を判断する材料になった。
last updateÚltima atualização : 2026-09-18
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28話

判決の確定から4か月後、私は大学のBCI研究室で、3回続けて入力を間違えた。 【続ける】を選んだつもりが、【休む】になる。 削除しようとして、今度は画面を閉じた。 玲奈が端末の横で待っている。 「今日は精度が落ちています。どうしますか」 私は右手の人差し指へ力を集めた。 指先が、机に固定された大きなスイッチへ触れる。 一度押せばYES。二度ならNO。 一度。 少し遅れて、確認音が鳴った。 「休んでから続ける、ですね」 玲奈は画面を閉じ、15分の休憩を設定した。 右手の人差し指を自分の意思で動かせるようになったのは、半年前だった。 動く範囲はわずかで、続けて押せるのは数回だけ。疲れれば、指はまた机の上で動かなくなる。 首と左手にも小さな反応が戻ったが、日によって差が大きい。自分で起き上がることも、歩くこともできない。 言葉を声にするには、今もBCIとAI音声が必要だ。 完全に元へ戻ったわけではない。 それでも、使える手段がひとつ増えた。 BCIが不安定な日は指で答える。指が動かない日は眼球反応を短い確認に使う。どれも難しければ、その日は話さない。 話さないことと、意思がないことを、もう誰も同じにはしなかった。 休憩中、研究室の窓から中庭を見る。 学生たちが白衣のポケットへ手を入れ、早足で別棟へ向か
last updateÚltima atualização : 2026-09-19
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