五節半 澪 やがて澪が立ち上がる。 悠も続いて立ち、すぐ目の前にいる彼女の腰へ腕を回した。 一瞬だけ、澪の身体が強張った。 けれどすぐに力が抜け、その代わりに細い腕が悠の背へ回される。 二人の距離は、もうほとんど残っていなかった。「触れても……いいですか?」 今夜も、そして一ヶ月前の夜にも、澪から与えられた問いだった。 今度は悠の口からその言葉を聞かされ、澪は少しだけ目を見開いた。 それでも、悠が答えを待っているのだと分かると、その表情はゆっくりと柔らかくなっていく。「……はい。」 小さな返事だった。 けれど、迷いはなかった。 悠は澪を見つめながら、彼女の身につけているものへ手を掛けた。 一つずつ。 急がないように。 けれど今度は、澪にすべてを任せるのではなく、自分の手で。 エプロンの紐を解く動作ひとつにも妙に手間取り、途中で何度か指が止まった。澪は手伝おうとしたらしい。けれど悠が真剣な顔をしているのを見て、伸ばしかけた手を引っ込める。 その代わり、少しだけ可笑しそうに目元を緩めた。「……笑いました?」 悠が手を止めると、澪は慌てたように首を横へ振った。 それでも口元には、小さな笑みが残っている。「笑ってませんよ。……少しだけ、可愛いなと思っただけです。」 そんなことを言われるとは思わず、悠は困ったように息を吐いた。 けれど、そのやり取りのおかげで少しだけ緊張が解けた。 やがて、二人を隔てていたものが少しずつ減っていく。 悠はそのたび、澪の表情を確かめた。 澪もまた、最初はいつものように微笑んでいた。 大丈夫だと伝えるように。 安心させるように。 けれど、悠の手が肩へ触れ、頬を撫で、近づいた唇が肌へ静かに触れていくにつれて、その笑顔は少しずつ形を保てなくなっていった。「……んっ。」 小さな声が漏れた。 澪は自分でも驚いたように口元へ力を入れた。 けれど悠が顔を上げると、何事もなかったように笑おうとして、また失敗する。「澪?」 呼ばれた彼女は、一度だけ視線を逸らしてから、小さく首を横へ振った。「大丈夫です。……続けてください。」 声が少しだけ揺れていた。 一ヶ月前の夜、悠の記憶に残っている澪は、もっと余裕があった。 触れるときも、抱き寄せるときも、いつも彼の様子を確かめ、戸惑えば待ち、緊
Dernière mise à jour : 2026-08-13 Read More