振り返ったとき、個室の中から物音が聞こえて、その場に立ちすくんだ。壁の向こうから、怒りを押し殺した保一の声が聞こえた。「わざと負けて俺を煽ったのか」寿奈がすすり泣いた。「だって、一晩中私のこと無視して、怒鳴るし……んっ……」次の瞬間、荒い息遣いが漏れてきた。艶めかしく、性急で、隠す気もない。私にだって、中で何が起きているかぐらいはわかった。ドアノブに伸ばした手を、ゆっくりと引っ込めた。開ける勇気はなかった。保一の低く抑えた声が、胸に刺さった。付き合って7年、結婚して3年。保一はこういうことに関して、ずっと自分を律してきた。どれほどムードが良くても、彼がこれほど我を忘れた姿は見たことがない。冷たい男だと思っていた。けれど、彼にもあんなふうに我を忘れる一面はあった。ただ、その相手が私ではなかったというだけの話だ。涙があふれた。化粧室に駆け込み、ドアを閉めて鍵をかけた。それでもあの声は追いかけてきた。頭の奥に張りついて、離れなかった。洗面台に突っ伏して、吐き続けた。スマホの通話はまだ切れていなかった。スピーカーから、あの笑い声が響いた。「ふふ、これでもう限界?まだまだこれからよ」その声に重なるように、外から親友の長川真愛(おさがわ まなみ)の声が聞こえてきた。「さっき寿奈が保一さんに近づいたとき、ひやひやしたよ。万里香がスマホに夢中でよかった」従妹の亀代沙奈子(かめしろ さなこ)の笑う声が続いた。「ほんと、万里香が電話に出てる間に、あの二人部屋に駆け込んだのよ。今ごろもう……」胸が冷えていった。まさかこれが、私が命を懸けてもいいと思っていた親友たちの正体だった。かつて、真愛が父親に退学を迫られたとき、私は自分の食費さえ切り詰め、必死に貯めた金で彼女の学費を工面した。真愛は泣きながら抱きついて、「一生離れない、何があっても裏切らない」と何度も言った。沙奈子は、両親が離婚してから、面倒を見る者がいなくなった。幼い頃からうちで暮らして、実の妹のように可愛がってきた。それなのに、この二人が今、手を組んで私を騙し、馬鹿にして笑っていた。ドアを開けると、談笑していた二人の笑みが同時に固まった。何も言わずに横を通り過ぎ、個室へ戻った。保一は上座に座ったまま、背筋を伸ばして冷めた目をしてい
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