「ただいま」 玄関の鍵を開けると、新田美香はいつものように暗闇に向かってひとり呟いた。「美香?」「ひっ?!」 突然、廊下の暗がりの中から自分を呼ぶ声が聞こえ、美香は飛び上がった。「なんだ、修一か。帰っていたなら、玄関ぐらい電気つけておいてよ」 声の主が夫と分かり、美香は胸をなでおろした。 暗い廊下の先に目をこらして見ると、ほんの少し開いたドアから漏れる光の前に修一が項垂れて立ち尽くしている。薄暗闇に目が慣れれば、その端正な顔にくっきりと焦燥の色が見えた。「どうしたの?」 美香がそう問いかければ、修一はガバッといきなり土下座して床に額を擦りつけ、美香は面食らった。「ごめん、美香! 許してくれ!」「え?! 何を?!」 まさにそのとき、修一の背後のドアがソロソロと開き、小さい子供が顔をのぞかせておずおずと修一を呼んだ。「パパ、まだぁ?」「パ、パパ?!」「あっ、そ、そのっ、これは……」 美香は、真っ直ぐ立っていられなくなり、ふらついて廊下の壁に手をついた。嘘だと思いたいが、落ち着きのない修一の様子を見れば、最悪の予想はできる。「こ、この子を引き取らなくちゃいけなくなったんだ」「……親戚の子?」 空々しくても一縷の望みを言わずにはいられない。「い、いや……お、俺の……」「え?! 何?! 今、何て言ったの?!」「お、俺の子なんだ……」「誰との子なの?!」「それは……」 修一の言葉は尻すぼみになっていく。彼は廊下の硬い床の上で正座したまま、項垂れた。 廊下の電気はつけたはずなのに、美香の目の前は暗くなっていき、修一の姿が涙でぼやけていった。「どうして?! どうして?! 私だって修一の子供がほしかっ……」 問いかける言葉は、最後には形にならなかった。 結婚したばかりの頃、二人は確かに幸せだった。分かり合えていた。なのに、いつから道を間違えてしまったのだろうか。「うっ、うっうっ……」 美香が嗚咽を漏らしながら玄関のほうへ向かおうとしたそのとき、美香のスカートの裾がクイクイッと引っ張られた。「おばちゃん、かなしいの?」 下を見れば、さっきの子供が美香を見上げながらスカートを掴んでいた。 髪の毛はベタベタでボサボサ、顔も服もなんだか薄汚れているが、よく見れば女の子だ。ガラス玉のように綺麗で無垢な瞳がじっと美香を見つめて
Terakhir Diperbarui : 2026-08-15 Baca selengkapnya