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夫の隠し子の母となった私に夫が求愛してきます
夫の隠し子の母となった私に夫が求愛してきます
Author: 田鶴

1.プロローグ

Author: 田鶴
last update publish date: 2026-08-15 22:55:43

「ただいま」

 玄関の鍵を開けると、新田美香はいつものように暗闇に向かってひとり呟いた。

「美香?」

「ひっ?!」

 突然、廊下の暗がりの中から自分を呼ぶ声が聞こえ、美香は飛び上がった。

「なんだ、修一か。帰っていたなら、玄関ぐらい電気つけておいてよ」

 声の主が夫と分かり、美香は胸をなでおろした。

 暗い廊下の先に目をこらして見ると、ほんの少し開いたドアから漏れる光の前に修一が項垂れて立ち尽くしている。薄暗闇に目が慣れれば、その端正な顔にくっきりと焦燥の色が見えた。

「どうしたの?」

 美香がそう問いかければ、修一はガバッといきなり土下座して床に額を擦りつけ、美香は面食らった。

「ごめん、美香! 許してくれ!」

「え?! 何を?!」

 まさにそのとき、修一の背後のドアがソロソロと開き、小さい子供が顔をのぞかせておずおずと修一を呼んだ。

「パパ、まだぁ?」

「パ、パパ?!」

「あっ、そ、そのっ、これは……」

 美香は、真っ直ぐ立っていられなくなり、ふらついて廊下の壁に手をついた。嘘だと思いたいが、落ち着きのない修一の様子を見れば、最悪の予想はできる。

「こ、この子を引き取らなくちゃいけなくなったんだ」

「……親戚の子?」

 空々しくても一縷の望みを言わずにはいられない。

「い、いや……お、俺の……」

「え?! 何?! 今、何て言ったの?!」

「お、俺の子なんだ……」

「誰との子なの?!」

「それは……」

 修一の言葉は尻すぼみになっていく。彼は廊下の硬い床の上で正座したまま、項垂れた。

 廊下の電気はつけたはずなのに、美香の目の前は暗くなっていき、修一の姿が涙でぼやけていった。

「どうして?! どうして?! 私だって修一の子供がほしかっ……」

 問いかける言葉は、最後には形にならなかった。

 結婚したばかりの頃、二人は確かに幸せだった。分かり合えていた。なのに、いつから道を間違えてしまったのだろうか。

「うっ、うっうっ……」

 美香が嗚咽を漏らしながら玄関のほうへ向かおうとしたそのとき、美香のスカートの裾がクイクイッと引っ張られた。

「おばちゃん、かなしいの?」

 下を見れば、さっきの子供が美香を見上げながらスカートを掴んでいた。

 髪の毛はベタベタでボサボサ、顔も服もなんだか薄汚れているが、よく見れば女の子だ。ガラス玉のように綺麗で無垢な瞳がじっと美香を見つめている。

「かなしいの、とんでけ、とんでけ~」

 修一の口癖が幼い子の口から聞こえ、美香の両方の眼からぶわっと涙があふれた。

 それを見た女の子は、『とんでけ』とますます声を張り上げて連呼したが、その合間にぐう~と腹の鳴る音が何度も聞こえた。美香は両目を袖でぐいっとぬぐって女の子に笑顔を向けた。

「お腹すいた?」

「ううん」

 女の子はブンブン頭を横に振って否定した。美香は根気よく優しく声をかけ続けた。

「おなか、すいてないかな?」

「す、すいてない! しらない人に食べものもらっちゃダメってパパが言ってたもん!」

 その直後にぐぅ~っという音が再び響き渡った。

「ほらぁ、おなかすいてるんだ。おばちゃんと一緒にご飯食べようか」

「美香……いいのか?」

 目を見開いた修一は、おずおずと美香に尋ねた。

 美香は修一と視線を合わせないまま、無言でダイニングキッチンへ行った。冷蔵庫の中から常備菜を出し、冷凍庫からもご飯も出した。

 チンと音がして電子レンジからご飯を出すと、ホカホカと茶碗から湯気が立ち、辺りにご飯の匂いが漂う。

 その匂いに誘われて女の子もダイニングキッチンにふらふらと入って来た。指をくわえて美香の食べているものをじーっと凝視している。

「一緒に食べようか。ほら、どうぞ」

 美香がもう一個のご飯茶碗と箸を差し出すと、女の子は一瞬とまどう様子を見せたが、結局ご飯茶碗をひったくった。掴み切れなかった箸はカランカランと音をたてて床に落ちる。それには全く見向きもせず、女の子は茶碗の中に手を突っ込み、ご飯をグチャッと手づかみにして頬張った。

 この日から美香は思いがけずに母親の役割を担うことになった。

田鶴

GoodNovelの読者の皆様、初めまして! 今回、GoodNovelアカデミー~ Love Season ~のSTEP 1を本作が通過し、初めてGoodNovelで作品を公開できることになり、嬉しい限りです。 これからもよろしくお願いいたします。

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