10月15日、律子から入金の連絡が来た。 買収が成立し、高井側から、律子の事務所が管理する私のための口座へ5億円が直接送られていた。啓介へ渡す代金から、離婚の合意どおりに支払われたのだった。 私は送られてきた明細を開いた。 「これで、5億円の支払いは完了です」 「ありがとうございます」 電話を切ってからも、しばらく画面を見ていた。数字の桁を数え直した。これだけのお金が入ったことを、すぐには自分の暮らしと結びつけられなかった。 夕飯の時間になると、ひよりはいつもの椅子に座った。 「ママ、食べないの?」 「食べるよ」 私はスマートフォンを伏せ、向かいに座った。ひよりは手を合わせ、椀を持ち上げた。 啓介がいた頃と同じ木のテーブルだった。娘はいつもどおり夕飯を食べていた。今日、入金があったと教えても、科学館のあの日が別の日になるわけではなかった。 桁の多い数字を気にしていたのは、私だけだった。 自宅の名義の手続きも済ませた。空いた書斎には、私の作業机を置いた。ひよりが学校から帰ってくると、どこまで終わったの、と入口からのぞくようになった。 科学館でのことがあって、親子交流はいったん2か月休むことにした。 冬になっても、ひよりの気持ちは揺れていた。学校から持ち帰ったプリントを見ながら、パパにも見せたかったと言う日があった。 「また、会いたい?」 私が聞くと、ひよりは紙を見たまま、うなずいた。 「でも、またお仕事って言うかもしれない」
Last Updated : 2026-09-15 Read more