朝、目を開けた瞬間から、胃が重かった。 カーテンの隙間から漏れる光が、白すぎる。 スマホを見る。7時12分。アラームの3分前。最近はいつもこうだ。体が勝手に起きる。眠れてないのに、眠れない。 布団から出る。素足に、フローリングの冷たさが沁みる。 ——今日で、ちょうど1ヶ月か。 シャワーを浴びる。お湯の音。ザー、それだけが耳の奥に響いている。 いつもなら何も考えなくていい時間。 でも今日は、考えてしまう。 600億。 その数字が、頭から離れない。 ◇ 三條グループ本社ビル。 エントランスに入った瞬間、空調の冷たい風が顔に当たった。無機質だけど、アロマオイルのようなかすかな匂い。 ヒールの音が、大理石の床に響く。コツ、コツ、コツ。 自分の足音なのに、他人のみたいに聞こえる。 エレベーターホールに向かう。すれ違う社員たちの視線を感じる。見てる。絶対見てる。 ——あれが、財界のシンデレラ。 ——600億任されて、調子に乗ってる。 ——素人のくせに。 何も聞こえてない。でも、そう言われてる気がする。 エレベーターのボタンを押す。ピッ。 沈黙。わずかな空調の匂い。 チン。 扉が開く。 ——良かった、中には誰もいない。 32階のボタンを押す。ピッ。扉が閉まる。シュン。 上昇、足元がふわっとする。エレベーター特有の、こんl感覚が前から苦手だった。 小さな鏡に、自分の顔が映っている。 目の下に、うっすら隈がある。コンシーラーで隠したつもりだった。 ——まあ、いいか。 誰も、そんなところ見てない。みんな、私の顔じゃなくて、600億という数字を見てる。 チン。 扉が開く。32階。 MISAKIシンデレラファンドのオフィス。 一歩、踏み出す。 カーペットが、ヒールの音を吸い込んだ。 ◇「天道さん、おはようございます」 声がした。冷たい声。 振り向くと、白石凛が立っていた。 東大首席。外資系証券出身。私より3歳年下。金融知識では、比べものにならない。 目が合う。合ってしまった。逸らせない。逸らしたら負けだ。負けるわけにはいかない。「おはよう、白石さん」 声が震えてないか。大丈夫だ、たぶん。「今日の日経朝刊、ご覧になりましたか」 凛が新聞を差し出す。その動作が、妙にゆっくりに見えた
Terakhir Diperbarui : 2026-10-06 Baca selengkapnya