All Chapters of シンデレラ証券口座 ~私と御曹司と恋の利回り~: Chapter 11 - Chapter 20

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第10話:シンデレラの代償

 ——数日後。 昼休みが終わり、会社のデスクに戻った私は、心臓の鼓動を抑えられずにいた。 オフィスの蛍光灯が、いつもより眩しく感じる。周囲の同僚たちのキーボードを叩く音、電話の呼び出し音、コピー機の駆動音——全てが遠くに聞こえていた。 ここ最近の経験したことのない情報量と人間関係のうねりに、全身の神経が尖っている。だが今日は、それ以上に大切な瞬間を迎えようとしていた。 スマホを手に取り、証券アプリの画面を何度もタップする。 時刻はもうすぐ14時。 あと数分で、私の投資プラン第一弾——TYコムのIRがリリースされる予定だった。 壁の時計を見る。秒針が、やけにゆっくり動いている気がした。 ——大丈夫。資料は何度も読み込んだ。業界の動向も現場で感じた。米国ファンドとの提携は必ず出るはず……出るよね? たぶん。 "仮説通りなら"——発表直後に株価は跳ね上がり、翌日にはさらに高騰、2日目の午後で売却して約60万円の利益を得る……というのが、私が導き出したシナリオ。 でも、その"もしも"が外れたら—— たった一つの失敗が、私のこの挑戦全体を台無しにするかもしれない。 唇が渇く。指先が震える。デスクの下で、足が小刻みに揺れている。 ——たった今、社運を賭けた勝負の記者会見を待つ社長って、こんな気持ちなんだろうか。 自分の意志で数字を動かす。その感覚は、どこか現実から浮遊しているようでもあり、地面に爪を立てて生きているようでもあった。     ◇ 14時ジャスト。 TYコムの公式サイトに、プレスリリースの通知が表示された。 ——きた。 画面を素早くスクロールする。指先が、かすかに震えている。「米系ファンドFDゴールドと資本業務提携。米国現地法人設立。新ブランドのグローバル展開を加速」 まさに、私が想定していたシナリオそのままの発表だった。 同時に証券アプリのチャートが跳ねる。緑色の数字が、みるみるうちに上昇していく。息を飲む間もなく、株価は右肩上がりのカーブを描いていた。 ——この瞬間、私は小さくガッツポーズをした。 デスクの下で、誰にも見えないように。でも、確かに。 ——やった。やったーーーーーっ! 目の奥が熱くなる。視界が、にじむ。努力と緊張と、あの日の"覚醒"。寝る間も惜しんで、資料とにらめっこしながら、必死にたてた仮説と
last updateLast Updated : 2026-09-15
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第11話 偽りのプロポーズ

 ——再び三條圭からのメッセージ。 デスクでスマホを確認した私は、思わず声を上げそうになった。 【待ち合わせの場所は——】 指定されたのは、丸の内の超高級ホテル・アマテラス。その最上階にあるラウンジバーだった。 (……こんな高級ホテル、人生で一度も行ったことないですけど) 興味本位で調べてみると一番安い部屋ですら一泊25万円………私の1ヶ月分の家賃より遥かに高い。 想像しただけで胸が高鳴る。けれど、すぐに現実的な問題が押し寄せてきた。 (あぁ……着ていく服が、ない) 会社帰りの地味なスーツじゃ、絶対に浮いてしまうし、三條圭に恥をかかせるかもしれない。 かといって、買いに行く時間も、センスも……なによりお金がない。  (財界のシンデレラか……私の普段の貧しさからすれば確かにそうなのかも)  ため息をつきながら、ふとスマホの連絡先をスクロールする。 本庄マイク。 財界パーティの日に、奇跡の大変身を施してくれた天才スタイリスト——そういえばLINEも交換していた。 (……ダメ元で、相談してみようかな) 勇気を出してメッセージを送ると、すぐに返事がきた。 【なにそれ、めっちゃ疼く!任せて!】 退勤時間になると同時に会社を駆け出し、指定された本庄のアトリエへ向かった。  着くなり彼は、あの強烈な目力と、バチンと音がしそうなウインクで出迎えてくれた。  「さあ、こっちよ!急いで!」 そのテンションの高さに一瞬たじろぎつつも、私は彼の用意してくれた試着ルームへ飛び込んだ。  1時間後、用意してくれたコーディネートは完璧だった。 洗練されたネイビーブルーのワンピースに、控えめなアクセサリー。   本庄は一言、「今夜のあなたは普通の“美咲”じゃない。“選ばれる側”の顔で行きなさい」と背中を押してくれた。 「うん、本庄さんの選んだ衣装なら自信が持てる——ありがとう」 そして迎えたアマテラスの最上階バー。 エレベーターのドアが開いた瞬間、空気が一変する。 入り口で一瞬立ち止まり、思わず圧倒された。 柔らかな照明に、漆黒の大理石。 壁一面がガラス窓からは皇居の緑がまるで夜の海のように広がり、それを包み込むような夜景が180度広がっていた——  “これが本物のラグジュアリーなんだ”と息を呑む。 アマテラスのレスト
last updateLast Updated : 2026-09-16
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第12話 構造と感情の狭間で

 週末が迫る金曜日。 私は、圭から託された"婚約者"という大役を前に、気持ちが落ち着かないままデスクに座っていた。 オフィスの窓から差し込む午前の光が、デスクの書類を白く照らしている。周囲では同僚たちがキーボードを叩く音、電話の応対の声が聞こえる。 いつもと同じ、金曜日の風景。 でも、私の心は——ここにない。 午前中の業務も、どこか上の空だ。自分でスケジュールを管理しているはずなのに、頭の片隅でずっとぐるぐると考えているのは"明日の晩餐会"のことばかりだった。 ——本当に、大丈夫かな、私。ちゃんと役目を果たせる? 不安に胸がざわめく。 三條家の晩餐会。財界の名士たちが集まる場所。そこで私は、圭の"婚約者"を演じなければならない。 胃の奥がきゅっと縮む。 けれど、ここで逃げ出すわけにはいかない。 たとえ演技でも、この機会に"華麗なる財閥一家という舞台で三條圭の隣に立つ自分"がどんなものなのか、知ってみたいと思った。 それに、彼の母や親族とどう向き合うか——今の自分の"度胸"も試される。 ふと、圭の顔が頭に浮かんだ。あの冷たい目。でも、時折見せる優しさ。 ——私は、あの人のことをどう思っているんだろう。 その問いに、まだ答えは出せなかった。     ◇ だが、今日、もう一つの"勝負"が控えていた。 それは投資家としての私、天道美咲の次なる一手——新しい銘柄への挑戦だ。 昼休み、私は会社近くのカフェの片隅で、スマホの証券アプリを見つめていた。 テーブルの上には、手をつけていないアイスコーヒー。氷が溶けて、水滴がグラスの表面を伝っている。 脳裏に浮かぶのは、あのTYコムでの"勝利"の記憶。自分で情報を集め、仮説を立てて当てたあの瞬間の高揚感。 あの時の震えるような喜びを、私はまだ覚えている。 ——でも、あれは一度きりの偶然だったんじゃないかって、まだどこかで思ってる。 ビギナーズラック。まぐれ当たり。 そんな言葉が、頭の中をよぎる。 だからこそ、もう一度自分を試したい。 たまたまの幸運ではなく、「本当に読めているのか」。 次に狙う銘柄は、中堅IT企業の"レヴァンスト"。 公式IRや過去の決算短信、経営者インタビュー、さらには最近の業界紙の小さな記事まで——この一週間、徹底的に洗い直した。 夜中の2時まで資料を読み
last updateLast Updated : 2026-09-17
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第13話:仮面の晩餐会〜前半〜

 白金の静かな夕刻。 三條家—— 日本でも指折りの名家にして、日本財界の中枢を握る一族。 今夜私は、その家が主催する“公式の晩餐会”に、圭の“婚約者役”として出席する。 車窓からの景色すらどこか現実感が薄い。 私が乗ったタクシーは来客専用の車寄せへと静かに滑り込んだ。 アンティークな石造りの柱、整えられた石畳、控えめな照明、そして奥にそびえる明治時代から続く重厚な洋館——。 同じ都内なのに、まるで時間の流れまで違う気がして、胸の奥がきゅっと痛む。(また……場違いなところに来ちゃったな) 思わず息を呑み、鼓動がせわしなくなる。 着慣れないドレスの裾を、震えを隠すように握りしめる。 黒服の案内人に導かれ、重厚な鉄扉が静かに開く。 一歩足を踏み入れた瞬間、眩い光と深い静寂、非日常の重みが一気に押し寄せてきた。 ——まるで、映画のセットの中に迷い込んだみたい。 シャンデリアの光、磨き抜かれた床、天井まで届く本棚と高価そうな絵画。 どれもが“この家の格”を雄弁に物語っている。 重厚なホールを進むと、中庭——いや、庭園と呼んだ方がふさわしい広大な会場に出た。 点在するテーブルにはシャンパンがきらめき、ウエルカムドリンク片手に談笑する紳士淑女たちの輪。 どの人も、何気ない所作の中に“自信”という見えない鎧をまとっている。 私はといえば、場違いな不安を隠そうと、精一杯の微笑みを浮かべた。(本当に……大丈夫かな、私) そのとき、奥から圭が歩み寄ってくるのが見えた。 なぜか、その姿だけがすっと心に灯りをともす。「今日もいいドレスだ」「ありがとうございます。……でも中身はただのOLなんですけど」 照れ隠しのつもりが、声がほんの少し震える。 彼は私にだけ聞こえるように、低い声でささやく。「色々詮索されると思うが、下手に振る舞わなくていい。君は君らしくしていてくれ」 その一言で、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。 けれど同時に——圭の言葉が“試されている”ようにも感じてしまう。(“素”のままで通用するはずがない、自分が一番よく分かってる) 私は姿勢を正し、控えめな笑顔で、そっと彼の腕に手を添えた。 (せめて、今だけは“隣”に立ちたい。どんなふうに見られても) 庭園中央のテーブルには、ひときわ華やかな輪ができていた。 その中心
last updateLast Updated : 2026-09-19
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第14話:仮面の晩餐会〜後半〜

 三條玲の登場により、晩餐会の空気は一変していた。 圭の表情に浮かんだ硬直、親族たちの微妙なざわめき、そして何より——圭と玲が放つ、見えない緊張感。 私は二人の間に立ちながら、胸の奥で不安が渦巻くのを感じていた。 (この人が……圭さんの人間不信の原因なのかな) 玲は圭と同じ背丈、同じ骨格。だが纏う空気がまるで違っていた。圭の冷静さに対し、玲にはどこか攻撃的で鋭い何かがある。「——美咲さん、でしたね」 玲が私に向き直り、優雅に微笑んだ。「申し遅れました。私は三條玲。圭の双子の兄です」 その一言に、私は思わず息を呑んだ。「双子の...お兄さん?」「ええ。まあ、7分ほど早く生まれただけですが」 圭が重い口を開く。「紹介が遅れた。俺の兄だ」 その声には、普段の圭からは想像できないほどの緊張感が滲んでいた。 玲は私をじっと見つめ、まるで値踏みをするように言った。「へえ、圭が"婚約者"を連れてくるとは聞いていたが、まさか一般の方とは……そこまで追い詰められているのかな」「玲……無礼だぞ」「いえいえ、悪い意味ではありませんよ。むしろ興味深いと思っってね……私は圭とは、女性の好みも似ているのでね」 玲の視線が鋭く私を捉える。その瞬間、背筋に冷たいものが走った。 ——この人は、どこか危険だ。 それは理屈ではない、本能的な警告だった。  しばらくして、圭が親族への挨拶のため席を離れた。 私は庭園の隅で一人、シャンパンを手に夜景を眺めていた。投資の失敗で動揺した心を落ち着かせようとしていたその時——  「一人ですか?」  振り向くと、玲が静かに近づいてきていた。「圭は忙しそうですからね。少しお話ししませんか?」  逃げ場のない状況で、私は小さく頷いた。 玲は私の隣に立つと、グラスを傾けながら言った。「美咲さん、三條家について、どの程度ご存知ですか?」「……それほど詳しくは」「そうでしょうね。では、今日の出会いの挨拶がわりに、ひとつ教えて差し上げましょう」 玲が私の耳元に身を寄せる。その瞬間、背筋が凍りついた。 「知ってるか?三條家には古い|掟《ルール》がある」  囁くような声が、私の鼓膜を震わせる。「家督を次ぐ男子は40歳までに妻を娶り、世継ぎを得なければ、その資格を失うんだよ」  私の心臓が大きく跳ね
last updateLast Updated : 2026-09-20
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第15話:絶望の月曜日

 月曜日の朝。 私は震える手でスマホの証券アプリを開いた。 画面に映し出された数字を見た瞬間、血の気が引いた。 『レヴァンスト 前日比 -1,000円(ストップ安)』  それは多すぎる売りに対して市場が混乱しないように、証券取引所が売買を強制ストップさせている状態。 -1000円は暫定値で、実態はもっと低い。つまり値がつかない状態だ。 (終わった……本当に終わった)  九条さんの投資してきれた100万円が、私の夢が、すべてが一瞬で崩れ去った。 画面を見つめたまま、涙がポロポロと落ちる。 でも、周囲に気づかれるわけにはいかない。私は慌ててハンカチで目元を拭いた。 (相談する相手もいない……これは私一人の戦いなんだ)  同僚たちの何気ない雑談も、今日は妙に耳について仕方がなかった。「昨日のあの配信見た?」「今度の連休、どこ行くの?」——そんな他愛のない会話が、まるで別世界の出来事のように感じられた。  その日の私は、まるで魂が抜けたようだった。  資料作成では、いつもなら絶対にしないようなミスを連発した。 数字の桁を間違え、グラフの軸を逆にし、顧客名を取り違える。(もう、何やってるんだろう、私……)  頭では分かっているのに、手が、目が、思考が、まったく連動しない。 投資の失敗が頭から離れず、何度同じページを見ても内容が入ってこなかった。  取引先からの重要な電話では、相手の会社名を聞き間違えて違う部署に回してしまい、大きなクレームに発展した。「天道さん、ちょっと」  上司に呼び出された時、私の心臓は嫌な予感で縮み上がった。「最近どうしたんだ?こんなミス、君らしくないぞ」 上司の呆れた表情が、胸に突き刺さる。「申し訳ありません……」「体調でも悪いのか?」「いえ、そんなことは……」  体調が悪いわけじゃない。心が、魂が、ボロボロになっているだけだ。 でも、そんなことは言えるはずもなかった。  ——昼休み、私は一人で社内のカフェ・レストランに向かった。 オフィスにいると、同僚たちの視線が気になって仕方がないからだ。 でも、トイレで聞こえてきた会話に、私は足を止めた。「天道さん、最近変じゃない?」「ああ、仕事のミス多いよね」「財界パーティに出てたって話、本当らしいよ」「えー、マジで?
last updateLast Updated : 2026-09-22
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第16話:真実と反撃の朝

「おまえなあ……」 九条は料理の手を止めて、天を仰いだ。 私の問いかけに対する、明らかに呆れ果てた反応。 (やっぱり……何かあったんだ) 九条が手を止めて振り返ると、疲れた表情で説明を始めた。 「お前は覚えてないようだが、昨夜泥酔して『家に帰りたくない』と言い出した」「……はい」「で、無理やり俺のマンションまで付いてきて……入るなり勝手に風呂場に直行」「え……はい」「風呂から上がってきたら、俺の寝室のクローゼットで服を漁り始めた」 恥ずかしさで顔から火が出そうになる。「で、そのシャツを"勝手に"着て、あげくにクローゼットの中で寝始めたんだ。仕方なく、お前をかついでベッドまで運んで寝かせた」「……は、いぃ」 完全にやらかしてる、みっともないにも程がある。 「そして、お前は今起きて、間抜けな顔で『何かしましたか?』と俺に聞いてる。以上だ」 そう言うと、深いため息をつきながら九条は再び料理に向き直る。  (状況から察するに……九条さんは酔った私の裸を見たはず) (それでも何もしてこなかったということは……よほど私に魅力がないのだろう)  恥の上塗りとはこのことだ。 最近の失敗続きで、自信なんてとっくになくしていたのに。「それはご迷惑を……申し訳ありませんでした」「そんなうっとうしい酔っぱらいでは……そりゃ何も起こりませんよね」 すると九条が、ぼそりと呟いた。「もうお前とは飲みたくない」 (あ……やっぱり迷惑だったんだ) 落ち込む私を、九条がチラリと見て、すぐに目を逸らす。「たのむから……そろそろ服を着てくれるか」  彼は少し顔を赤くして、手元の新聞で顔を隠した。 「昨晩も、耐えるのに骨が折れた。おっさんだが、俺だって男だからな」「え?」 朝日が差し込む窓際に立つ自分を見て、愕然とした。 白いワイシャツが透けて、下着を着けていない状態が丸見えだった。「きゃあ!」 慌てて胸元を押さえながら、九条の寝室へ駆け込んだ。「すみません!すみません!」  着替えを済ませて戻ってくると、九条は何事もなかったかのように朝食を並べていた。「あの……お騒がせして……」「もう気にするな。さっさと食え」 二人、無言で朝食を摂った。 お互いの存在を意識している微妙な空気。私は時折九条の横顔を盗み見て、九条は
last updateLast Updated : 2026-09-25
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第17話:決断の代償

 ——火曜日の朝。 九条のマンションから直接出社した私は、意を決して課長のデスクに向かった。 手に握った長期休暇申請書が、汗で湿っている。   「課長、お疲れ様です」 「ああ、天道か。どうした?」 課長は資料から顔を上げると、私が差し出した書類に目を落とした。「長期休暇……?しかも明日から一週間?」 課長の眉間に深いしわが刻まれる。   「急な話だな。それに……」 課長が私を上から下まで見る。  「君、昨日と同じ服を着てないか?」   その指摘に、私の顔が熱くなった。「え……あ、はい……洗濯が……」「天道、君を見てて初めてだよ、そんなこと」  課長の声が厳しくなる。  「最近の生活、乱れてるんじゃないか?」 「仕事中もぼーっとしてるし、集中力もない」 「そして今度は急な長期休暇に、朝帰り?」   私は息を呑んだ。  「何かあったのか?体調が悪いのか?」「いえ、そんなことは……」「なら、なぜこんな状態なんだ?」   課長は深いため息をついた。  「一週間も休んで、その後どうするつもりだ?」 「ちゃんと仕事に戻ってこられるのか?」  (この戦いが終わったら……本当にここに戻ってこられるのだろうか)  「必ず戻ってきます」「本当か?」  課長の問いかけに、私は力強く頷いた。  「何か事情があるんだな……  分かった。休暇は認める」「ただし……」   課長が立ち上がる。 「自分の生活をちゃんと整えて戻ってこい」 「仕事は遊びじゃないんだから」 私は深く頭を下げた。  「ありがとうございます」  ——午前中。 デスクに戻ると、周囲の視線が痛いほど突き刺さった。  コピー機の前で、同僚たちがひそひそと話している。   「天道さん、昨日と同じ服よね?」 「えー、本当?朝帰り?」 「最近噂になってる男性と?」 「ついに、あの子もそっち系になっちゃったのね」 「がっかりだわ。真面目そうに見えたのに」 私は資料を持つ手が震えるのを必死に抑えた。    トイレでも、給湯室でも、エレベーターでも——  どこに行っても、視線と噂話がついてまわる。  「やっぱり綺麗な子は、楽な道を選ぶのかしら」 「仕事がうまくいかなくなったら、男に頼るってわけよね」 「最初
last updateLast Updated : 2026-09-28
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第18話:逆襲の木曜日、決戦は金曜日

 ——木曜日の朝7時。 九条のオフィスに、私は夜明け前から詰めていた。 コンクリート打ちっぱなしの壁に複数のモニターが並び、リアルタイムの株価チャートが無数の線を描いている。 いつものソファではなく、トレーディングデスクのような机に向かって、私は数字とグラフを見つめ続けていた。「美咲、朝は食ったか?」 九条がコーヒーカップを差し出してくれる。「ありがとうございます……でも、お腹に入らなくて」 正直に言った。胃が縮み上がっているような感覚で、何を口にしても味がしない。「そりゃそうだ。今日動く金額が違いすぎる」 九条が隣に座り、モニターを指差す。「お前の口座に今500万。そこに三條圭から俺が預かってる投資金を追加した……」 九条の目が細くなる。「合計200億を使う」 200億。  その数字を聞くたびに、現実感が薄れていく。(本当に私が……こんな大金を動かすことになるなんて)「怖いか?」 九条の問いに、私は首を振った。「怖いです。でも……」 私はモニターのレヴァンストのチャートを見つめた。「進むと決めたので。後悔はないです」 昨夜から何度も確認したデータが、頭の中で整理されていく。 大富龍平の買収計画、そこには粉飾決算疑惑のデマリークというカラクリがあると私は確信している。 それが発動すると読んでいるのが明日金曜日。 だから相手は、今日の底値付近で買い仕掛けてくるはずだ。「九条さん、もう一度確認させてください」 私は手元の資料を広げた。「大富の作戦は、今日の朝一番で最後の売り圧力をかけて株価を押し下げ、予定価格まで落としてから大量買収。そのラインは……」 私の指がチャートの一点を指す。「ストップ安の1,200円直前に大富の買が大量に並ぶはずです。たぶん1201円」 九条がうなずく。「で、俺たちは?」「1,210円で最初の指値買い。大富の想定価格のギリギリ上で仕掛けます」「タイミングが勝負だな。早すぎれば無駄撃ち、遅すぎれば間に合わない」「はい、その後は必ず大富龍平が売りを浴びせてくると思うので、それを少し上回る成り行き買いを入れ続ける」「つまり、最後の我慢比べってやつだな……リスキーだが大胆な戦略だ」   9時の開場まで、あと30分。 私の手のひらに、じっとりと汗がにじんでいた。  ──9
last updateLast Updated : 2026-10-04
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第19話:選ばれる側へ

 ——それから5日後、水曜日。    会社からもらった有給休暇の最後の日となった。    レヴァンストの株価は三條グループ業務提携の材料を糧に、その後も制限値幅上限まで上昇。 そして今日、ついに株価3,900円で落ち着いた。    私たちが200億で購入したレヴァンスト株の総資産額は600億円となった。    なんと私たちは……+400億円の利益を生み出したのだ。 あまりの金額に私の脳では、現実的な数字としてもはや認識できていなかった。  ただ、勝利したという余韻だけが残っていた。 これでようやく、私の人生を賭けた一週間の戦いが、終結した。 明日からは再び、ただのOLとしての日常に戻ることになる。  勝利したのに、何か寂しさだけが胸の奥に残る。     燃え尽き症候群って、こういう感じなのかな。   その時、私のスマホに着信。 三條圭からだった。『美咲。一年以内で1000万の試練、見事クリアしたな』 「はい、なんていうか今だに実感ないですけど」 『まさかあの口座を600億まで増やすとはな」 『つまり100万が数ヶ月で60,000倍。正直、俺の想像を遥かに超えた』「それは追加の資金があったからです……あと九条さんが居てくれたから」 ちらりと九条を見る。  照れてるでもなく、さも興味なさそうにタバコを咥えて新聞を読んでいる。(ほんと可愛げがないな、この人は)『結局、資金を生かすのも才能だ』    声の向こうから、圭の安堵と賞賛が伝わってくる。『実は、君に渡したいものがある。今すぐ証券アプリを確認してくれ』 「え?」 私は慌ててスマホの証券アプリを開いた。 そして——目を疑った。 預かってる証券口座の名義が変わっている。 『MISAKIシンデレラファンド』 そして口座情報には、新たな項目が追加されていた。 『ファンドマネージャー:天道美咲』  『所属:三條グループ投資事業部門』  『運用資産:約600億円』「圭さん……こ、これは……どういう」『約束どおり、君への正式なオファーだ』 圭の声が、電話の向こうで静かに響く。『三條グループ投資チーム、新設ファンドのリーダーとして、君を正式採用したい』「え……ちょっと待って、急すぎて……え?マネ
last updateLast Updated : 2026-10-04
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