ベッドの上の俺は、相変わらず何の反応も示さないが、陽斗はもうそれに慣れてしまっていた。クッキーを大切そうに枕元へ置くと、自分の分をむさぼるように口へ放り込む。お腹をさすって、まだ足りないらしい。すると陽斗は、俺のために残しておいた半分のクッキーへちらりと目を向ける。それから慣れた様子で台所へ向かい、コップに水道水をなみなみと注いで一気に飲み干した。その光景を目の当たりにして、宙に浮かぶ俺の胸がずきりと痛んだ。これが、少し食事が遅くなっただけで「お腹すいた」と騒いでいた、あの陽斗なのか。俺がいなくなって、まだ3日しか経っていないのに、どうしてこんなに痩せ我慢する子になってしまったんだ。スマホの画面が突然明るくなり、待ち受けの家族写真が浮かび上がる。暖かな日差しが差し込む部屋で、まだ寝ぼけている俺と陽斗を、夕依が両腕で抱き寄せ、3人そろってカメラに向かって笑っている。親子3人の顔には、同じような屈託のない笑みが浮かんでいる。あの日、俺がまだ寝ていると、夕依は陽斗を連れて、足音を忍ばせながら寝室へ入ってきた。そして、声を潜めて話しかけた。「陽斗、パパがまた朝寝坊してるよ。一緒に起こしちゃおっか?」陽斗はこくりとうなずき、いたずらを思いついた子猫のように笑った。「うん!」夕依は得意げに眉を上げると、背中に隠していた羽根ペンを取り出し、そっと俺の鼻先へ近づけた。鼻先をくすぐられ続け、とうとう俺は我慢できずにくしゃみをした。勢いよく起き上がり、腹を立てたふりをしながら枕をつかんだ。「夕依!」すると彼女は助けを求めるように、陽斗を自分の前に引き寄せる。「陽斗、パパを止めて!」朝から大騒ぎだった。スマホの待ち受けに映る羽根ペンを見て、陽斗は何かを思い出したらしく目を輝かせた。「ママ、前はこうやって寝坊したパパを起こしてたんだ……」そう言うとスマホを置き、陽斗はばたばたとベッドのそばへ駆け寄る。「陽斗、パパの起こし方、わかったよ。前のおうちに行って、あの羽根を持ってくるね」自信満々にそう告げると、そのまま玄関へ向かっていく。俺は思わず固まった。慌てて床に置かれた靴を拾い、履かせてやろうと手を伸ばす。しかし、俺の手は虚しく空を切り、何も掴むことはできない。そうだった。俺は死んでいる。
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