Todos os capítulos de 二度目の人生、兄と婚約者にさよならを: Capítulo 1 - Capítulo 10

11 Capítulos

第1話

屋敷の頑丈な鉄門が打ち破られる轟音に、はっと我に返った。慌てて外へ飛び出そうとする母を自室へ引っ張り込む。鍵をかけ、息を切らしながら、母と二人で重厚なクローゼットを扉の前まで押しやった。「枝里(えり)、何してるの?家には護衛がいるでしょう。何をそんなに怯えているの?」母は戸惑いながら私を見つめる。けれど、その目にはもう怯えが浮かんでいる。母はまだ知らない。兄が愛してやまない水野菫(みずの すみれ)のために、護衛を全員連れて行ってしまったことを。「お母さん、兄さんは護衛を全員連れて行ったの。今、この家には私たち二人しかいないのよ!」私は歯を食いしばり、力の限りクローゼットを押した。クローゼットは耳障りな音を立てながら、床に深い傷を刻んでいく。母は言葉を失った。兄が、そんな無謀なことをするはずがないと思っているだろう。藤原家が並の家ではないことくらい、兄だってよく分かっている。護衛を全員外すなど、本来ありえないのだ。それでも、私の青ざめた顔を見て、母は信じるしかなかった。「早く!颯太に電話して、すぐに帰ってくるように言って!」母は震える声で急かした。私は何も言わず、クローゼットの向こうをじっと見つめたまま、震える指で警察に電話をかけた。状況と住所を手短に伝えた。最初から兄――藤原颯太(ふじわら そうた)に頼るつもりはない。前世では、兄の帰りが遅すぎた。母は適切な手当ても受けられず、そのまま二度と目を覚まさなかった。電話を切ると、胸の奥に嫌な不安が広がっていく。ここ数日、大雪のせいで道は閉ざされている。この屋敷は山の中腹にあり、最寄りの警察署も遠い。警察が来るまでに何が起こるか。想像しただけで、背筋が凍った。ドンッ!激しい衝撃とともに、扉が大きく震えた。私は反射的にクローゼットへ身を押しつけ、全体重をかけた。波のような恐怖が押し寄せてくる。ちょうどその時、母がかけていた電話に、ようやく兄が出た。「颯太、早く帰ってきなさい!家に……誰かが押し入ってきたのよ!」母の声は半ば泣き声だった。スマホの向こうから、兄の苛立った声が返ってきた。「母さん、いい加減にしてくれ。今、菫の誕生日を祝ってるんだ。明日になったら帰る」「嘘なんかじゃない!本当なのよ!早く帰ってきて!このま
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第2話

「それと、枝里に伝えておけ。あの小賢しい芝居はもう通用しない。俺は二度と騙されない」その言葉を聞いた瞬間、私の心は底まで冷え切った。どうやら、兄も前世の記憶を持っているらしい。だったら、どうしてあれを私の芝居だと思うの?兄だって、あの暴徒たちが私と母に何をしたのか、知らないはずがないのに。それなのに、今の兄はあまりにも冷たい。どうして?たった一言、「枝里がわざと仕込んだ」と菫に言われただけで、ここまで変わってしまうの?足音が少しずつ近づいてくる。重く、ゆっくりと。やがて、その気配が扉のすぐ外で立ち止まった。次の瞬間、扉がさらに激しく叩きつけられた。クローゼットを引きずる鋭い音が響いた。私たちはただ、その防壁が崩されていくのを見ているしかなかった。バキッ!クローゼットの板が力任せに叩き割られ、目の前に大きな隙間がぽっかりと開いた。隙間の向こうから、低く嗤う声が漏れた。「やっぱり、ここにいたか」私は母を庇いながら、一歩ずつベッドの方へ下がる。扉の隙間から差し込む光が、じわじわと広がっていく。武器になるものが何ひとつもないと気づき、額にじわりと汗が浮かんでくる。そして、扉が乱暴にこじ開けられた。クローゼットが引きずられ、悲鳴のような甲高い音が響いた。汚れたブーツが、一歩、踏み込んできた。「扉を塞げば逃げられると思ったか?俺は長引くのは嫌いなんだよ」男は口を歪め、ぎらついた目で部屋の中を見回した。私はその場に凍りついた。薄汚れた手に握られたナイフが、鈍く冷たい光を放っている。男の視線が、私を舐め回すように這う。蛇に絡みつかれたような悪寒が、背筋を走る。「へえ、なかなかの上玉じゃねえか。その顔、たまんねえな」母が喉を裂くような悲鳴を上げた。「この子に手を出すな!」私は歯を食いしばり、込み上げる絶望を必死に押し殺しながら、母に小声で言った。「お母さん、この後何が起きても、絶対に近づかないで」母の肩を強く掴み、早口で指示を飛ばす。「後ろに下がって、窓の下にトランポリンがあるから、飛び降りても大丈夫。そのまま隣の一条家に走って。修司に知らせて、誰か呼んできて」ナイフを振りかざした男が、少しずつ迫ってくる。もう時間がない。前世では、こいつらに散々苦しめられた。だ
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第3話

もう、ぐずぐずしてはいられない。歯を食いしばってよろよろと立ち上がり、全力で隣の一条家へ駆け出した。雪にまみれた傷だらけの足は、走るたびに擦り切れて血がにじむ。それでも構わず、ただひたすら走り続けた。隣といっても、実際には1キロ近く離れている。冷たい空気が喉を刺す。痛い。苦しい。けれど、それでも走るしかない。家に押し入ってきたのが一人だけじゃないことを、私が誰よりもよく知っている。ようやく一条家の鉄門にたどり着くと、私は門にすがりつきながら、何度も叩いた。「修司!開けて!お願い!侵入者が入ったの!母を助けて!」枯れた声を振り絞って叫ぶと、やがて鉄門がゆっくり開いた。そこに立っていたのは、眉をひそめた一条修司(いちじょう しゅうじ)だ。暖かそうなカシミヤのコートに身を包んでいるのに、その顔にはひとかけらの温もりもない。雪の上に崩れ落ちた私を見下ろし、彼はゆっくりと口を開いた。「枝里、最近ますます芝居が上手くなったな」その口調は、面白がっているようにも、嘲っているようにも聞こえた。血の気が引いていく。頭がくらくらする。「修司、冗談じゃないの!母が危ないの!お願い、すぐに護衛を向かわせて!」彼は傷だらけの私を頭の先からつま先まで眺め、それから感心したように言った。「お兄さんが言ってたよ。枝里が菫に嫉妬して、強盗騒ぎまででっち上げるだろうってね。なるほど、その通りだ」私は慌てて首を振った。「そんなことしてない!本当なの!兄の言うことなんて信じないで!もう警察には通報したの。でも、まだ来ないの。お願い…母が刺されたの。もう長くは持たないよ!」あの侵入者たちがこのあと、母に怒りをぶつけるかもしれない。そんな不安が胸をよぎった。前世では、なりふり構わず抵抗した私たちは、二人とも満身創痍になるまで痛めつけられた。私は深手を負い、母は意識を取り戻すことなく、二度と目を覚まさなかった。だから、今度こそ母をあんな結末にさせるわけにはいかない。私はスマホを取り出し、警察に通報した履歴を修司に突きつけた。だが、彼はそれを見ても、眉ひとつ動かさなかった。「へえ……随分と手が込んでるじゃないか。本当に警察にまで通報したのか。自作自演にしては大したものだ。そこまで必死に芝居を打つなんて、逆に
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第4話

そばに立っていた執事の佐伯さんは、私が物心つく頃から知っている人だ。さすがにこの状況を見過ごせなかったのだろう。「若様、一度、ご自身の目でお確かめになってはいかがでしょうか。枝里お嬢様が、そのような嘘をつかれる方ではございません」修司はすぐには答えなかった。私はその沈黙が怖くて、何度も何度も頭を下げた。冷たい地面に額を打ちつけるたび、鈍い痛みが走る。それでもやめられない。「お願い……母を、助けて……!」ようやく修司が口を開いた。声はどこまでも冷え切っている。「人を連れて行く。だが、枝里――もしこれが君の自作自演だったら、ただでは済まさない」私ははっと顔を上げた。疑われていてもいい。責められてもいい。今は、来てくれるならそれでいいんだ。修司が護衛たちに指示を出そうとした。そのときだった。修司のポケットの中でスマホが鳴った。修司は私を一瞥すると、何も言わずに通話をスピーカーへ切り替えた。流れてきたのは兄の声だ。どこか気の抜けた調子で、ぞっとするほど冷たかった。「枝里がそっちに行ってないか?構うなよ。さっき母のスマホから『殺してやる』なんて電話がかかってきてな。まったく、笑える話だ」全身の血が引いた。かつて、私を一生守ると言ってくれた兄が、こんな声を出すなんて思わなかった。あの女のために、母のことも、私の言葉も、もう何ひとつ信じようとしない。怒りと恐怖がいっぺんに込み上げ、私は震える声で叫んだ。「兄さん、本気で言ってるの!?母と私がどんな目に遭ったか、その目で見たはずでしょ!私たちが死んでからじゃないと信じないの!?」兄は鼻で笑った。「見たさ。だからこそ分かる。全部、お前の芝居だ。家政婦にも確認した。家には何の異常もない。家族の気を引きたいがために、こんな大騒ぎまででっち上げたんだろう?お前は昔からそうだ。欲しいものを手に入れるためなら、どんな真似でもする女だ。たとえ母さんに何かあっても、それは全部お前のせいだ」頭の中が真っ白になった。家政婦の田中さんは一週間前から休暇で故郷に帰っている。今、家で何が起きているかなんて、知っているはずがない。反論しようとした矢先、電話の向こうから無機質な発信音だけが響いた。修司の目が、すっと冷えた。彼は嫌悪のこもった目で私を睨みつけ
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第5話

電話の向こうから、警察の声がはっきりと聞こえてきた。修司の顔から笑みが一瞬で消えた。「まさか……あの家で本当に何かあったのか。おばさんは重傷なのか?」激しい痛みに耐えながら、よろめきつつ立ち上がり、修司の手からスマホを奪い取った。だが、足がもつれて、再び地面に崩れ落ちる。それでも構わず、私は問いかけた。「母はどうなんですか!どこをけがしたんですか!」「頭とお腹のあたりが特にひどく、出血も多い状態です。これから至急、病院へ搬送します。ご家族の方も、すぐにお越しください」母が重傷だと聞いた瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。取り乱してはいけないと思うのに、どうしても涙がこぼれてしまう。修司はしばらく黙り込んでいたが、やがて気まずそうに口を開いた。「枝里……その、すまない。君を疑うべきじゃなかった」「今さら謝って何になるの!?母が今どうなってるのかも分からないのに……!」修司は私の前にしゃがみ込み、私を起こそうと手を差し伸べた。「病院まで送る」私はその手を振り払い、吐き捨てるように言った。「触らないで。気持ち悪い。見損なったよ、修司。警察が間に合わなかったら、どうするつもりだったの……!母のことが落ち着いたら、婚約は破棄する。あなたみたいな薄情な男とは、もう結婚できない!」差し出したままの修司の手が、わずかに強張った。私はふらつく足でどうにか立ち上がると、そのまま足を引きずるように外へ向かおうとした。だが、修司はすぐに追いかけてきて、倒れそうになる私の腕を支えた。「意地を張るな。さっきは僕が悪かった。こんな場所じゃタクシーもつかまらない。僕が送る。……頼む、せめて病院まで送らせてくれ」私は無表情のまま、それ以上は拒まなかった。早く病院へ行かなければ。こんなところで時間を無駄にしている場合じゃない。激痛が何度も襲ってくる。唇を噛みしめ、どうにか意識を保った。お母さんに、もし何かあったら……その先は考えたくなかった。罪悪感で、胸が押し潰されそうだった。途中、修司は何度か話しかけようとしたが、そのたびに私は遮った。「早くして」運転手を急かした。それ以外は、ただ窓の外を流れていく景色を見つめていた。修司には、一度も視線を向けなかった。彼が何か慰めの言葉を口
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第6話

手術室の明かりは、まだ消えていない。閉ざされた扉の向こうで何が行われているのか、私には何ひとつ分からない。拳を握りしめたまま、扉の前に立ち尽くしている。全身がこわばり、少しでも気を抜けば、その場に崩れ落ちてしまいそうだ。背後から、重い足音が近づいてくる。修司だ。修司は私の脚に目を落とし、低い声で言った。「枝里、そのけが……せめて診てもらえ。君が治療を受けてる間、ここは俺が見てる。真澄おばさんのことは、何か分かったらすぐ伝えるから」「いい加減にしてよ」振り返った私は、血走った目で修司を睨みつけた。「母をあなたなんかに任せられるわけないでしょ」修司の顔がさっと青ざめた。何も言い返せず、苦しげに黙り込んだ。それでも修司は私のそばを離れず、兄の颯太に電話をかけた。早く戻れと、焦りを隠さない声で告げる。静まり返った廊下に、電話の向こうの兄の苛立った声がやけにはっきり聞こえた。「お前まで枝里の嘘に付き合ってるのか。あいつは昔からそうだろ。俺を帰らせたくて、また話を盛ってるだけだ」修司は声を荒らげた。「いいから早く帰ってこい!本当に誰かが侵入したんだ。真澄おばさんも枝里も怪我をしてる!」兄は鼻で笑った。「分かったよ。菫と流星群を見終わったら帰る。それに、枝里だって死ぬような怪我じゃないんだろ」そのまま通話は切れた。修司はすぐにかけ直したが、返ってきたのは無機質なアナウンスだけだった。胸の奥に、失望すら湧かなかった。あんな兄に、とっくに期待なんてしていない。そのあと修司は医者を呼び、私は手術室の前で応急処置を受けた。左脚は骨折していた。ほかにも何か所も傷めているらしく、腫れも痛みも増していくばかりだ。あんな脚でよくここまで来られたものだと、今さらながら思う。修司が何度もこちらを見ているのは分かっている。悔いを滲ませた目をしていたけれど、今の私にはどうでもいい。ただ、手術室の扉だけを見つめている。日付が変わる頃、ようやく手術室の明かりが消えた。やがて疲れた顔をした医師が現れ、搬送が早かったことが幸いでした、と告げた。ただ、今後しばらくは無理を避けて、静養が必要になるという。その言葉を聞いた瞬間、私は顔を覆い、こらえきれずに泣いた。お母さんは助かった。そう思った瞬間、
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第7話

菫はすかさず兄の胸に身を寄せ、涙声で泣き出した。「やめて……私のせいで二人がこんなふうになるの、嫌だよ……」兄は振り返るなり、鋭い目で私を睨みつけた。その顔には、隠しきれない嫌悪が浮かんでいる。「菫はちゃんと人の気持ちを考えられるし、あれだけ気を遣ってくれてたんだ。少しは感謝したっていいくらいだ!それなのに、なんでお前はあんな態度しか取れないんだ。今すぐ菫に謝れ!」兄は私の手首を乱暴に掴むと、そのまま容赦なくベッドから引きずり落とした。治療したばかりの左脚に激痛が走り、傷口が開くんじゃないかと思うほどだ。不意を突かれて膝をつき、冷たい床に手をついた。頭の奥で、甲高い耳鳴りが響く。兄は険しい顔のまま、冷たく言い放った。「立て。菫に謝れ」私は嗤うように兄を見返した。胸の奥で渦巻く怒りに、理性が焼き切れそうだ。「兄さん、教えてよ。彼女なんて、少し前までただの他人でしょ。どうして私を踏みつけにしてまで、彼女を庇うの?私は兄さんの実の妹なのに!」兄は私を見下ろしたまま、口元だけで皮肉っぽく笑った。「実の妹?」私は一瞬、息を呑んだ。「枝里。お前は昔からそうだ。いつだってお前が上で、俺はその下だった。藤原家の長男は俺なのに、気づけば何もかもお前が先だった。父さんの目も、期待も、何もかもお前に向いてたんだよ!」兄の声はさらに冷たさを増し、吐き捨てるように続けた。「そんなお前を、どうやって妹として見ろっていうんだ。けど菫は違う。ちゃんと人の気持ちを考えられるし、俺の気持ちだって分かってくれる。それに比べてお前はどうだ。昔から上から目線で口を出して、何かあるたびに俺を馬鹿にしてきた。女のくせに社長にまでなって、その上俺の仕事にまで口を出してくる。そのくせ、家族のための縁談一つ受けようともしない。俺の友人がお前を望んだんだ。黙って頷けばそれで済んだ話だろ。まさか修司に何か期待してるのか?あいつがお前を本気で愛してるわけないだろ」胸の奥がすうっと冷えていった。私がこれまで積み重ねてきたものも、兄との絆だと信じてきたものも、兄には何ひとつ届いていなかった。兄が私に向けていたのは、嘲りと憎しみだけだったなんて、信じたくなかった。幼い頃、父は仕事に追われていた。母の関心も、病弱な兄
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第8話

兄はすぐに私を指さし、怒りを露わにして言い放った。「俺のせいじゃない!今回のこと、全部枝里の仕業だ。菫に嫉妬して、俺と菫の邪魔をするために、強盗が押し入ったなんて嘘まででっち上げたんだ!」「もういい!」母が鋭い声で遮った。「よくそんなことが言えるわね!たった一人の女のために、家族の安全を少しも顧みないなんて……!颯太、あんたには本当に失望したわ」病室に駆けつけた私は、そこで初めて事情を知った。母は怪我を負ってからも、何度も兄に電話をかけていた。けれど、何度かけても、兄は出なかった。そのうえ、意識が朦朧とする中、侵入者が兄に電話をかけたことまであった。母は、その通話の内容を聞いてしまったのだ。――「殺したいなら勝手に殺せばいい。俺は今、菫と流星群を見てるんだ。邪魔するなよ。ほんと、いい迷惑なんだ」実の息子にそこまで冷たく突き放されて、母の心もすっかり冷え切ってしまったのだろう。兄は顔をしかめたが、それでも自分は悪くないと言わんばかりに言い返した。「そんな都合のいい偶然があるかよ。俺が菫を連れて家を出た直後に、侵入者が押し入るなんてありえるか?母さん、枝里に騙されるな!あれは自演だ。俺を陥れるために仕組んだ芝居に決まってる!」その歪んだ理屈と、揺るぎない思い込みには、呆れて言葉も出なかった。この期に及んで、私が自分や母の命まで危険にさらしてまで、こんな真似をしたと本気で思っているのか。私は母の手を握り、そっと手の甲をさすった。少しでも落ち着いてほしかったのだ。母の顔色は青白く、呼吸も荒い。兄の言葉にひどく怒っているのが、はっきりと伝わってきた。「そんな子に育てた覚えはない!」母は声を震わせ、悲しげな目で兄を見つめる。「たった一人の女のために、妹も母親の私も切り捨てるの?颯太、もう本当に失望したわ……」その言葉に、兄は激昂した。羞恥と怒りに顔を歪め、声を荒らげた。「母さん、何言ってるんだよ!俺が母さんを見捨てるわけないだろ!母さんまで枝里に丸め込まれたのか!先に言っとく。あいつをこの家に置くなら、俺は出ていく。あいつを海外へ追いやらないなら、俺は親子の縁を切るからな!」彼は強気な態度を崩さず、脅しを隠そうともしなかった。きっと、こう考えているのだろう。自分は
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第9話

兄は両親に向かって、荒い口調で言い放った。「もういい。頭を下げる必要なんかない。こんな家、こっちから願い下げだ。菫、行くぞ」私は顔を背けた。吐き気がする。あんな白々しい茶番、もう見たくない。前世、私が死ぬ間際、兄は同じことを何度も口にしていた。「菫の遺書には、全部お前が仕組んだことだって書いてあった。わざと俺を呼び戻して、菫をひとりにしたところで手をかけたってな。菫を死に追いやったのもを追い詰めたのも、お前だ」前世の私は、彼がただ菫に惑わされているだけだと思っていた。けれど、今なら分かる。兄は、すべての元凶が自分だと、どうしても認めたくなかったのだ。それだけじゃない。兄はずっと、私に死んでほしいと思っていた。私さえいなくなれば、気が楽になれる――そう信じていたのだ。「待て」父が不意に、冷え切った声で言った。「出て行くなら、藤原家のものには一円たりとも手をつけるな」兄は言葉を失った。まさか父がここまで突き放すとは、思ってもみなかったのだろう。「父さん……」「出て行け!」父は怒鳴り、兄の言葉を遮った。兄は菫の肩を抱いたまま、振り返りもせず病室を出ていった。「藤原家?ふん。俺がいなきゃ、こんな家に価値なんてない。後継者になるのは俺だ。どうせそのうち、お前たちの方から頭を下げて迎えに来ることになる」病室は再び静まり返った。母は塞ぎ込んだまま、父もほとんど何も言わなかった。二人とも、兄のことでひどく心を痛めているのが分かる。「お母さん、心配しないで。私が何とかするから」私は母の手を握り、静かに言った。母は少し安心したように微笑んで、私を見つめた。「枝里、本当に頼もしくなったわね」父は、一度口にしたことを必ずやり遂げる人だ。兄からは、ほどなくしてすべての役職を解かれた。会社の公式サイトでは、私が後を継ぐことが正式に発表され、父は自ら取締役会を開き、その決定を正式に対外発表した。一方で、兄はあっという間に会社から切り離された。兄のクレジットカードは止められ、これまで当然のようについていた送迎もなくなった。藤原家の屋敷にも戻れなくなった兄は、やむなく急ぎで借りた高級マンションに身を寄せるしかなかった。兄の怒りは、もはや隠しようもなかった。彼は会う相手ご
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第10話

やはり、私の予想は当たっていた。……兄の颯太が立ち上げた会社は、鳴り物入りで始動し、盛大なオープニングイベントまで催したものの、肝心の取引を申し出る企業はほとんど現れなかった。最初こそ、藤原家の名に敬意を払い、まずは小規模な案件から持ちかけようとする企業もいくつかあった。だが、颯太はそんな話には見向きもしなかった。それどころか、相手を鼻であしらうような態度で切り捨てた。「その程度の投資額で、よく俺に話を持ちかける気になったな」その言葉は瞬く間に広まり、やがて彼の会社に近づこうとする者はいなくなった。オフィスの空気は、日に日に重く沈んでいった。菫もまた、最初のうちは颯太を後ろ盾にして強気に振る舞っていた。だが、売り上げは立たず、経営は下り坂を転げ落ちていき、菫の表情にも次第に焦りが浮かぶようになっていった。「颯太……まずは、小さいところからでも始めてみたほうがいいんじゃない?一つでも形になれば、次にもつながるかもしれ……」菫がためらいがちにそう口にした瞬間、颯太は険しい顔でその言葉を遮った。「俺が失敗するとでも思ってるのか?菫まで俺を信じないのか?」血走った目で睨みつけられ、菫はひゅっと息をのんで、その場に立ち尽くした。唇がかすかに動いたものの、結局何も言えなかった。颯太の手元に残されていたのは、わずかな預金だけだった。残高は、たった50万円。その数字を見るたびに、眠れない夜ばかりが増えていく。そして、ある深夜。颯太はついにプライドをかなぐり捨て、かつて門前払いした相手に、あらためて連絡を取った。だが、返ってきたのはにべもない拒絶と、あからさまな嘲りだけだった。それを聞いた瞬間、颯太は手にしていたスマホを床へ叩きつけた。「くそっ……!どいつもこいつも……!」歯を食いしばるようにしてその言葉を絞り出した。だが、やり場のない怒りは少しも収まらない。今の彼には、もはや打てる手など何ひとつ残されていない。菫は床に散ったスマホの破片を拾い上げながら、颯太の怒鳴り声を黙って聞いていた。その瞳の奥で、熾火のような何かが静かに揺らいだ。菫は、藤原家が本気で颯太を見放したことを敏感に察した。彼女はすぐに、修司へと狙いを変えた。毎日のように甘いメッセージを送り続けた。だが、返事は一通として来な
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