All Chapters of 家族全員に裏切られ、私は愛を捨てた: Chapter 1 - Chapter 9

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第1話

恭介はその場に立ち尽くし、顔に動揺を走らせた。「知世、話を……」「そこにある服、洗っておけばいい?」私は彼の言葉を遮り、ソファに積まれた服を指さした。恭介は顔を青ざめさせ、慌てて私の手をつかんだ。「知世、そんな態度を取るな。ちゃんと説明させてくれ」「どんな態度?二人の邪魔をしないほうがいいでしょう?」私は口元に薄い笑みを浮かべ、彼を見つめた。恭介は首を横に振ると、私の反応をうかがうように尋ねた。「怒ってないのか?」驚くのも無理はなかった。半年前、恭介と真里の関係を知った私は、正気を失ったように荒れた。二人の情事を写した写真を千枚以上も印刷し、彼の会社の入口に貼りつけた。そればかりか、離婚を切り出した恭介を刃物で何度も刺し、その足で屋上へ上った。あの日、両親と麻友は血まみれの恭介を引きずってきた。妊娠を示す検査結果を持たせ、私の前にひざまずかせた。「知世、お腹に赤ちゃんがいるのよ!その子のためだと思って、一度だけ許してあげて!」あのときは、誰もが私を狂っていると思っていた。けれど今の私は黙ったまま、恭介の指を一本ずつ外した。「もう、その必要がないから」そのとき、彼の腕の中で赤ちゃんが身じろぎし、甲高い泣き声を上げた。その声が神経を逆なでした。昨日まで私のお腹に頬を寄せ、「この子の第二の母親になるからね」と甘えていた麻友が、今は駆け寄ってきて私を突き飛ばした。「話なら外でして!取り乱して赤ちゃんを怖がらせないでよ!」「真里はあんたに気を遣って、特別個室にさえ入らなかったのよ。どれだけ我慢してきたと思ってるの?」かつて私を案じるあまり、一晩で老け込んだ両親まで、真里の前に立ちはだかった。「知世、真里はいい子なんだ。ここには身寄りがないんだから、出産には私たちが付き添わないといけないだろう」大きなお腹を抱えた私は、最も身近なはずの人たちに押されるように後ずさりし、ドア枠にぶつかった。痛みで汗がにじんだ。数秒かけて息を整え、ようやく口を開いた。「好きにすればいい。私には関係ないから」腰を支えながら立ち去ろうとすると、真里が目を赤くしてベッドからよろめき降り、私の前にひざまずいた。「知世さん、みんなを責めないで。悪いのは全部、私なの!父に田舎へ連れ戻されて、無理やり結
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第2話

恭介は私を追おうとした。しかし背後から、麻友が彼を呼び止めた。「早く戻って。真里が泣いてる!」結局、彼は私に傘を押しつけ、その場に置き去りにした。「俺は離婚しない。今日は一人で帰ってくれ」傘を開くと、生地には穴が開いていた。まるで恭介との間にできた亀裂のようだった。雨が細い筋となって内側へ落ちてきた。命を奪うほどではない。けれど、心を冷え切らせるには十分だった。タクシーに乗ったあと、私は真里のSNSアカウントを見つけた。そこには新しい動画が投稿されていた。「赤ちゃんが生まれました。女の子です。夫が小栗莉杏(おぐり りあ)と名づけてくれました」思わず手に力が入った。堰を切ったような悲しみが胸を満たした。莉杏。それはかつて、亡くしたわが子のために私が考えた名前だった。当時、恭介の会社を恨む者たちが数人の男を雇い、押しかけてきた。彼を守ろうと前に出た私は暴行を受け、その場で流産した。その名を今、彼は何のためらいもなく別の子に与えたのだ。私の苦しみも、あの子の死も、恭介の中からは跡形もなく消えていた。涙で画面がにじんだ。震える指で、さらに下へスクロールした。交通事故で脚を骨折した日、みんなは私に何百件もの心配するメッセージを送りながら、真里とは一晩中花火を眺めていた。つわりで何も口にできなかったときは、食べられそうなものを適当にデリバリーで届けさせる一方、真里を連れて1週間のヨーロッパ旅行へ出かけ、オーロラの下で願い事をしていた。私の誕生日には忙しいと言って来なかったのに、真里とは山頂で食事をし、星空を眺めていた。600本を超える動画を、私は自分を痛めつけるように何度も見返した。やがて涙すら出なくなった。疑ったことはあっても、心のどこかでまだ信じたかった。けれど、これほどの事実を突きつけられた今、認めるしかない。みんなはずっと私一人を欺き、何も知らない愚か者にしていたのだ。私はそっと下腹部に手を添え、呼吸を整えた。「心配しないで。もうすぐママが連れていってあげるからね」必要な書類を持ち出すため、私は実家へ戻った。自分の部屋の扉を開けると、見覚えのない光景が広がっていた。私の物はすべて運び出され、代わりに、かわいらしい女の子向けの部屋に作り替えられていた。机の上にあった
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第3話

私はすぐに汐見総合病院に電話をかけ、事情を尋ねた。電話口の声は冷たかった。「優秀な方だと思っていたのですが、論文まで捏造していたとは残念です。小栗弁護士が不正の証拠を持って通報してくれなければ、こちらも騙されるところでした」恭介だった。怒りが一気に頭まで駆け上がった。引き止める両親を振り切り、私は病院へ向かった。病室では、恭介が歌を口ずさみながら、真里を寝かしつけていた。私が勢いよく扉を開けると、ベビーベッドの赤ちゃんまで泣き出した。「恭介、どうして嘘の通報なんかしたの!医師になって人の命を救うのが、ずっと私の夢だった。そのためにどれだけ努力してきたか、知ってるでしょう!」恭介はとっさに真里の耳を手で覆い、不快そうに私を見た。「今年、汐見総合病院の採用枠は一人だけだ。真里も入りたがってる。経歴に箔をつけるにはちょうどいい」私の怒りも問いかけも、彼にはそよ風ほどにも響いていなかった。怒りで息をすることさえ苦しくなった。私は恭介の袖を強くつかんだ。「今すぐ病院に説明して、通報を取り消して。さもないと名誉毀損で訴えるから!」「やれるものならやってみろ」彼は薄く笑った。「港央市で、お前の依頼を引き受ける弁護士は一人もいない。俺が保証する。金には困ってないんだ。働く必要なんてない。家で子どもを育てればいい」私は信じられない思いで彼を見つめた。涙が次々と頬を伝った。「あなたを、憎むから……」悲しみに沈む私の目を見て、恭介の表情がわずかに和らいだ。涙を拭おうと手を伸ばしてきた。そのとき、真里がベッドを降りて歩み寄った。「恭介、私から知世さんに話すね」真里は私の腕に自分の腕を絡め、爪を肌に食い込ませた。そして耳元で小さく囁いた。「知世さんの両親も、親友も、夫も、仕事も、全部私のものになった。前に患者から苦情を入れられて、病院を辞めさせられたのも偶然だと思ってた?あれも全部、健診に来た私と鉢合わせしないよう、恭介が人を使って仕組んだことなの。諦めたほうがいいよ。知世さんは一生、私には勝てないから」「黙って!」目を赤くした私は、真里の頬を打とうと手を上げた。だがその手首を、恭介に強くつかまれた。「真里に手を出すつもりか?」彼は歯を食いしばって私を睨み、真里を背後にかばった。私に向
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第4話

私は呆然と顔を上げた。恭介の目が、気まずそうに私から逸れた。麻友は真里の前に立って私を睨んだ。「知世、いい加減に分かりなよ。人の家庭を壊そうとしてるのは、あんたのほうでしょう!」母は精神疾患の診断書を取り出し、記者たちに頭を下げた。「申し訳ありません。娘は心を病んでいて、ずっと恭介につきまとってきました。恭介に薬を盛って関係を持ち、真里にも迷惑をかけています。母親の私からお詫びします」信じられない思いで母を見た瞬間、涙があふれ出した。「お母さん?何を言ってるの。悪いのは真里のほうなのに……」次の瞬間、恭介が医療スタッフを何人も連れてきた。彼らは母から診断書を受け取ると、私に弁明する暇も与えず、首筋に鎮静剤を打った。意識を失う直前、恭介と真里が指を絡め、寄り添う姿が見えた。二人は私を一度も見ようとしなかった。スマホを取り上げられた私は、10平方メートルにも満たない部屋に1か月も閉じ込められた。もがき、抵抗し、脱出しようとして脚を折りかけた。それでも外へは出られなかった。妊娠8か月になって、恭介がようやく姿を現した。私の好きなまんじゅうを持ってきて、耳元の髪を優しく整えた。「つらい思いをさせたな。外へ出て真里を傷つけないか、心配だったんだ。戸籍上、真里と夫婦になったのは、子どもを俺の戸籍に入れるためだ。お前が出産したら、すぐ離婚する。自分のほうが不倫相手だったと認めて、真里に土下座して謝れば、ここから出してやる」私は大きなお腹を抱えたまま床にひざまずき、額が床につくほど何度も頭を下げた。「ごめんなさい。私が不倫相手です。もう二人の邪魔はしません。これでいい?」恭介の顔が曇った。何かを言いかけて唇を動かし、拳を固く握った。結局、彼はため息をつき、私を家へ連れ帰った。私は急いで荷物をまとめ、家を出ようとした。ところが寝室を出たとたん、大勢がなだれ込んできた。真里は涙で顔を濡らし、私の前にひざまずいた。「お願い、知世さん。子どもを返して!さっき、りーちゃんの生後1か月を祝う準備をしていたの。知世さんが現れたあと、突然いなくなった!私に恨みがあるなら、私にぶつけて。娘には手を出さないで!」あとから入ってきた恭介が、いきなり私の首を締めた。「莉杏は生後1か月になったばかりだぞ。子ど
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第5話

一行は慌ただしく警察署へ駆けつけた。赤ちゃんはベビーシッターに抱かれ、無事に保護されていた。警察官は恭介を厳しい目で見た。「親御さんがこれでは困ります。ご自分たちでお子さんを産後ケア施設に預けたことまで忘れるなんて。これほど不注意で、これからどうするんですか」「莉杏は連れ去られたのではなく、産後ケア施設にいたということですか?」警察官はうなずき、監視カメラの映像を恭介に見せた。「奥さんがご自分で連れていっています」恭介は勢いよく隣の真里を振り向いた。真里は目に涙を浮かべ、拗ねたように唇を尖らせた。「恭介、最近ずっと疲れてたの。うっかり忘れただけ……」「もういいでしょう。真里を責めてどうするの?赤ちゃんが無事なら、それでいいじゃない」麻友が不満そうに真里を自分の後ろにかばった。恭介の顔から血の気が引いた。彼は慌てて入口へ向かった。「知世のところへ戻るぞ。さっき、血が出ていた気がする……」麻友も顔色を変え、彼の車に乗り込んだ。恭介は何度も信号を無視し、猛スピードで車を走らせた。脳裏に浮かぶのは、痛みに顔を引きつらせた知世の姿と、絶望に沈んだその目ばかりだった。すべてが誤解だったのなら、自分はさっき、いったい何をしたのか。恭介はそう考えると、自分の頬を強く打った。それを見た麻友が慰めるように言った。「そんなに自分を責めないで。莉杏がいなくなったんだもの。誰だって冷静ではいられないよ。知世も分かってくれるって。せめて、お詫びに知世の好きなケーキでも買っていこう」二人はケーキを買い、家へ戻った。知世の名を呼ぼうとしたとき、寝室がもぬけの殻になっていたことに気づいた。残されていたのは、ベッドの下から寝室の入口まで、曲がりくねって続く乾いた血の跡だけだった。恭介は目の前が大きく揺れ、立っていられなくなった。声を震わせながら呟いた。「知世に何かあったんだ。全部、俺のせいだ……」「恭介、落ち着いて」真里がそっと彼の手を握った。「これくらいの血で、命に関わることなんてないよ。怒ってどこかへ隠れただけかもしれない。明日は莉杏のお祝いでしょう?今は落ち着こう」麻友も隣で同調した。「そうだよ。知世の性格なら分かってるでしょう。心配しなくても、明日のお祝いにひょっこり現れ
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第6話

莉杏の生後1か月を祝う会は、市内で最も豪華なホテルで開かれた。会場の飾りつけも進行も、私がかつて自分の子のために考えたものと、何一つ変わらなかった。壇上では、赤ちゃんを抱いた真里が恭介に寄り添い、娘への言葉を述べていた。「本日は、私たちの娘を祝うためにお集まりいただき、本当にありがとうございます……」「私へのお礼はないの?」驚きの視線を一身に浴びながら、私はゆっくり壇上へ上がった。「私がいなければ、二人は一緒になれなかったでしょう?こうして幸せそうな姿を見られて、私も嬉しい。だから心を込めて、プレゼントを二つ用意したの。恭介、開けてみない?」私はバッグから箱を取り出し、恭介の前へ押し出した。「知世!」驚きと喜びを浮かべた彼が、私のもとへ駆け寄った。全身を確かめるように見回してから、矢継ぎ早に尋ねた。「どこにいたんだ?昨日は一日中探しても見つからなかった。昨日は誤解して悪かった。手を見せてくれ……」私は彼を押しのけ、箱を目の前へ差し出した。「開けて」「分かった」恭介はマイクを置き、慎重に箱の蓋を開けた。中を一目見た瞬間、彼の顔から血の気が消えた。箱の中には、妊娠8か月まで育った私たちの子が、保管容器に収められていた。へその緒が、保存液の中でゆっくり揺れていた。恭介は怯えきった顔を上げた。「知世、これは……何だ?」「あなたの子よ」私は容器を取り出した。小さな体はすでに形を成し、整った顔立ちまでかすかに分かった。無事に生まれていたら、きっと素直で、かわいい女の子に育っていたはずだった。視界がにじんだ。私は声に力を込めた。「恭介、この子は昨日、あなたに殺された。私たちの実の娘よ。実の娘を殺した父親が、よその子の生後1か月を祝っているんだもの。連れてこないわけにはいかないでしょう。誰が自分を殺したのか、この子にも見せてあげないと」「違う……わざとじゃない……」恭介はその場に膝から崩れ落ち、目を真っ赤にして箱を強く抱きしめた。膝をついたまま私の前までにじり寄り、すがるように言った。「知世、俺が悪かった。何でもする。頼むから、俺を人殺しだなんて言わないでくれ。わざとじゃなかったんだ」「知世、よりによって今、騒ぎを起こすつもり?」麻友が私の肩をつかみ、不満
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第7話

私が手を打つと、郁人がすぐに真里の父親を連れてきた。真里の養父の髪には白いものが目立ち、腰も曲がっていた。長旅をしてきたのか、服には泥が跳ねていた。それほどくたびれた姿でも、顔に浮かぶ慈愛は隠せなかった。震えながら歩み寄り、真里の手を取ろうとした。「真里、結婚して子どもまで生まれたのに、どうして父さんに一言も知らせてくれなかったんだ?この前、突然帰ってきて、もう縁を切ると言っただろう。心配で町へ捜しに行こうとして、山道から落ちて脚を折ったんだ。父さんの何が悪かったのか、どうか教えてくれないか」真里は唇を固く結び、狼狽した様子で後ずさった。麻友がすぐに彼女の前へ出た。「よくそんなことを聞けるね。真里がようやく田舎を出られたのに、無理やり連れ戻して結婚させようとしたでしょう!」真里の養父は困惑して顔を上げ、慌てて否定した。「わしは一度も、そんなことを言ってない。真里が結婚するときのために、100万円も貯めて待っていたんだ」彼はポケットから使い古した封筒を取り出した。中には少しずつ貯めた紙幣が、きちんと束ねて入っていた。老人のひたむきな姿に胸を打たれない者はいなかった。招待客たちは、たちまち小声で話し始めた。「どういうこと?結婚したのに、自分のお父さんにも知らせなかったの?」「家族に無理強いされたって、あちこちで話してたよね。あれも全部嘘だったんじゃない?」「やめて!」真里は耳を塞いで叫び、シャンパンのグラスを養父の足元に投げつけた。「縁を切るって言ったでしょう!どうして私の人生に口を出すの!」私は慌てて真里の養父の前に立ちはだかり、真里の頬を平手で打った。「最低ね!あなたは血のつながらない子なのに、お父さんは小さい頃から実の娘として大切に育ててくれた。あなたが学校へ通えたのも、お父さんがネットで私を見つけ、あなたを町へ連れ出して進学を支援してほしいと頼んだからよ。それなのに、あなたは何をしたの?華やかな暮らしが欲しいからって、20年以上も育ててくれた父親まで切り捨てたのよ」初めてあの村を訪れた日のことを、私は今でも覚えている。真里の養父は色あせるほど着古した服をまとい、ひどく老け、疲れ切った顔をしていた。その一方で真里は清潔なワンピースを着て、髪もきれいな三つ編みにしていた。
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第8話

「真里、よくもお兄ちゃんに手を出したわね!」怒りに顔を歪めた麻友が、真里につかみかかった。「莉杏がお兄ちゃんの子だと思ったから、ここまで味方してきたのに!この女!お兄ちゃんを殺しかけただけじゃない。20年来の親友だった知世との仲まで壊したのよ!」我慢の限界に達した真里が、麻友の頬を打ち返した。「もうやめて!あなたたち兄妹だって、人のことを責められるような立場じゃないでしょう!拓真は散々女遊びしてきたくせに、責任なんて一度も取ろうとしなかった。この子を妊娠したときだって、真っ先に堕ろせって言ったじゃない!麻友、あなたも同じよ。知世さんの成績も家柄も、結婚相手までずっと妬んでたでしょう。自分から私に近づいてきて、『知世さんより私のほうがあなたと仲がいい』って張り合って、一緒に知世さんを仲間外れにしようって言ったのは、あなたじゃない!」隠していた醜い事実が、すべて白日の下にさらされた。恭介は、腕に抱いた自分の子ではない赤ちゃんを見つめた。不思議なことに、胸をよぎったのは安堵だった。これでもう、真里と莉杏に責任を負わずに済む。自分と知世の間に割り込む者もいなくなる。両親はよろめき、怒りで全身を震わせた。ようやく私を見つめ、小さな声で名を呼んだ。「知世……」「お父さん、お母さん。そう呼ぶのは、たぶんこれが最後よ」私は静かに、今後一切関わらないことを約束させる誓約書をバッグから取り出した。「署名してくれたら、これからも毎月、生活費は送る。署名しないなら、もう二度と私の顔を見られないと思って」「知世!何を言ってるの!」母は泣きながら駆け寄り、私を抱きしめた。「私がお腹を痛めて産んだ子でしょう。親子の縁を切るなんて、できるはずがないわ!」私は母の指を一本ずつ外した。「真里のために、何度も私を見捨て、騙し、傷つけた。そのときから、二人はもう私の親じゃない」「それは、あなたの妹を思い出したからなの」母は顔を上げた。歳月の刻まれた目に、深い悲しみが満ちていた。「あなたが5歳で田舎に預けられていた頃、お母さんはもう一人、女の子を産んだの。でも、あの子は運が悪くて、生まれて間もなく病気で亡くなった。だから、あなたが真里を家に連れてきて、あの子が私たちに懐いてくれたとき、妹が生きて戻ってきたように思
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第9話

郁人はここまでずっと我慢していたが、ついに堪えきれなくなった。袖をまくり、眼鏡を外した。振り返ると、恭介の顔に拳を叩き込んだ。恭介はよろめきながら後退し、血のにじむ口元を拭うと、負けじと殴り返した。二人はすぐに取っ組み合いとなり、互いに容赦なく拳を振るった。「お前みたいな人間が、どの面下げて知世につきまとう!こんなふうに傷つけると分かっていたら、あのとき俺が知世を連れていくべきだった!」「二人ともやめて!人通りの多い場所で殴り合って、恥ずかしくないの?」私は駆け寄り、恭介を蹴り飛ばした。「知世!」目を真っ赤にした恭介が、私の脚に必死にすがりついた。「俺が悪かった。もう一度だけ、やり直すチャンスをくれ」「何のチャンス?」私は一歩下がり、無表情のまま彼の手を振り払った。「もう一度不倫するチャンス?それとも、私を傷つけるチャンス?」「違う、知世。俺が誤解して、お前を傷つけた。裏切ったことも分かってる。何もかも俺が悪かった」声は涙で途切れ、目には深い後悔が浮かんでいた。自分がこんなことをしなければ、家族3人で幸せに暮らしていたはずだった。大学で初めて知世を見た日のことが、恭介の脳裏に鮮明によみがえった。学内の作品展で最優秀賞を受賞した彼女は、自分の作品のそばに立ち、同級生たちと記念写真を撮っていた。あのときの明るい笑顔は、一筋の光となって彼の心に差し込んだ。気づけば恭介も彼女の前へ歩み寄り、声をかけていた。「すみません。一緒に写真を撮ってもらえませんか?」その写真も、ずっと大切にしまっていた。結婚した夜、眠る知世の頬に口づけ、続けて写真の中の彼女にも口づけた。これから一生、知世を幸せにすると心に誓った。彼女を守り、大切にし、決して裏切らないと。それなのに今の自分は誓いを破り、7年前の自分なら決して許さなかったことをしてしまった。私は黙って恭介を見下ろした。彼は子どものように泣きじゃくり、言葉にもならない声を漏らしていた。それでも、震える両手は私の脚を離そうとしなかった。私はようやく口を開いた。声には何の感情も残っていなかった。「本当は、あの子がいなければ、あなたとやり直そうとは思わなかった。いえ、最初からやり直すつもりなんてなかった。知ってるでしょう。私は
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