役所の入口の階段は、座り続けた僕の体温で熱を帯びていた。何度目かもわからないまま、スマホの画面をつける。瀬戸夏帆(せと かほ)からの最後のメッセージは、3時間前のままだ。【急患が入ったの。少しだけ待ってて】少しと言われて待っていたら、何時間も過ぎていた。見慣れた白いSUVがようやく現れた。思わず勢いよく立ち上がりかけて、そのまま動けなくなる。助手席にいたのは宮坂悠真(みやさか ゆうま)。どこまでも僕たちにつきまとう、あの研修医だった。夏帆が窓を下ろす。その声には、聞き慣れた焦りがにじんでいた。「早く乗って!悠真が急に動悸を訴えてて、すぐ病院に連れていかないと」悠真が待っていたように苦しげなうめき声を上げ、座席で体を丸めた。そちらへ目を向けると、今日は髪まできっちりセットしている。白衣の下からのぞくシャツの襟にも、丁寧にアイロンがかかっている。血色だって僕よりいい。その様子を見て、突然の動悸だと素直に信じる気にはなれなかった。僕も医者だということを、夏帆は忘れたのだろうか。深く息を吸った。「夏帆、今日は入籍する日だって、覚えてる?」夏帆は苛立たしげにハンドルをたたいた。「覚えてる!でも今は悠真の容体が危ないの。こんなときまで、自分のことばかり言わないで!」悠真が力なく顔を上げた。また、遠慮がちな、物わかりのいい顔を作っている。「僕は大丈夫です、瀬戸先生。お二人は先に手続きを……僕は、自分でタクシーを呼びますから……」そう言ってシートベルトを外そうとした悠真が、ふと顔をこちらに向けた。その口元に、勝ち誇った笑みが浮かぶのを僕は見逃さなかった。こうして悠真が気を遣うふりをするほど、夏帆の目には僕がわからず屋に映る。夏帆は声を荒らげ、ベルトを外そうとする悠真の手を押さえた。「岸本遼(きしもと りょう)、何を考えてるの!?こんな状態なのに、まだそんなことを言うの?入籍なんていつでもできるでしょう。悠真に何かあったらどうするの!命がかかってるの。わがままもいい加減にして!」わがままなのは、僕なのか。ここにいる3人とも医者だ。こんな下手な芝居でごまかせると思われていることが、医者としても腹立たしかった。「午前の回診のときは、ナースステーションで冗談を言ってたよね。それが急にICUに入るほど悪く
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