私は壁に手をついてゆっくり立ち上がり、平らになったお腹に触れる。止まったはずの涙が、また頬を伝った。本当なら、靖は私が流産したことに気が付くはずだった。今朝、浴室で血の塊が次々と出てきたとき、私はすぐに靖へ、病院に連れていってほしいと頼んだ。しかし、書類を整理していた靖は、私を見てわずかに眉をひそめただけ。「なんでそんなに血が出てるんだよ。生理の処理くらいちゃんとできないのか?そんなことで病院についていく暇ないから。早くきれいにしろよ。床まで汚れるだろ。まだ内装してないからって、汚していいわけじゃないんだからな」私が血を流しているのを見て、靖が真っ先に見せたのは心配でも動揺でもなく、隠しきれない嫌悪だった。タイルすら貼られていないコンクリートの床のほうが、私の血より大事らしい。私は激しい痛みをこらえながら、床についた血をきれいに拭き取った。それから上着を着て、もう一度靖に病院へ連れていってもらおうとしたその時、美月から靖に電話がかかってきた。「靖、朝ごはんにあそこのパン屋さんのパンが食べたいの。少し遠回りになるけど、寄ってきてくれない?ほら、私、朝ごはん抜くと図面描けないから……」スピーカーにしていたわけでもないのに、美月の甘ったるい声は、私のところまではっきり聞こえてくる。私は慌てて靖を引き止めようとしたが、靖は私をちらりと見ただけで、そのまま私の後ろの床を指さした。「また汚れてる」その一言で、私は動けなくなった。靖は美月には優しい声で答えながら、振り返りもせず玄関を出ていった。私がまだ血を流し続けているのに……靖にとっては、私を病院へ連れていくことより、美月の朝食を買っていくほうが大事だったのだろう。その時、私のスマホが震え、我に返った。親友の吉川園子(よしかわ そのこ)からのメッセージ。【智世、後悔してる?】子宮内容除去術を受けると決めたことだ。病院で一通り検査を終え、切迫流産と書かれた診断結果を見たとき、私は泣きながらも笑っていた。妊娠を喜ぶ暇さえないまま、先に切迫流産を突きつけられた。あの時、医師から示された選択肢は二つだった。妊娠を継続するための治療を受けるか、それとも、妊娠を終わらせるか。家を出る前の靖の態度を思い返し、私は迷うことなく後者を選ぶ
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