Todos los capítulos de 夫の後悔が届く頃、私は海を越えていた: Capítulo 11 - Capítulo 20

24 Capítulos

第11話

リビングには弱いフロアライトだけが残っていた。寝室の扉は固く閉ざされ、温もりをすべて遮っていた。果てのない孤独と疲労、胸の痛みが一気に押し寄せ、宗介の意識は少しずつ薄れ、やがて深い眠りに沈んだ。夢の中で時が巻き戻り、朔也がまだ元気に笑っていた頃に戻った。会社が軌道に乗り、寝る間も惜しんで働く必要がなくなった頃だった。宗介も時間を作り、妻や息子と過ごすようになっていた。週末になると、千景と朔也を車に乗せて出かけた。車内にはいつも甘い果物の香りが漂い、後部座席には朔也の好きなおもちゃや絵本が積まれていた。幼い朔也は、柔らかな髪を頭の上でちょこんと結び、千景の腕の中にすっぽり収まっていた。「パパ」「ママ」と何度も呼ぶ、舌足らずな愛らしい声が車内を満たした。春の郊外には花が咲き乱れ、家族三人で芝生に座ってピクニックをした。千景は果物の皮をむいて一口大に切り、朔也に渡した。それから笑顔で宗介を振り返った。その眼差しは優しかった。朔也は宗介の服を引っ張り、肩車をしてほしいとせがんだ。宗介がかがんで肩に乗せると、子どもの澄んだ笑い声が響いた。これ以上ないほど満ち足り、穏やかな気持ちだった。こんな何げない幸せが、この先もずっと続くと信じていた。たった一度の激しい口論が、すべてを壊すなどとは思いもしなかった。それは、ある日の午後に起きた。その日、宗介は商品化を前提にまとめたデザイン案を持ち帰った。千景は目を通すと、利益を優先しすぎて、二人がジュエリー作りを始めた頃の理念を失っているとはっきり指摘した。互いに譲らず、車の中でも言い争いが続いた。千景は真剣な口調で、一つずつデザインの問題を説明し、案を修正するよう求めた。だが当時の宗介は、プロジェクトの利益に目を奪われていた。千景は頑固で融通が利かず、市場との折り合いを理解していないとしか思えず、苛立ちを募らせた。口論は次第に激しくなり、刺々しい言葉が車内に響き渡った。宗介は怒りに任せてブレーキを強く踏み、人気のない路肩に乱暴に車を止めた。「どうしても、このデザインにこだわるつもりか?」冷たい声を投げつけ、感情を抑えられなくなっていた。宗介はドアを開けて路肩に出た。千景も目を赤くして車を降りた。二人は車体を挟んで背を向け、それぞれ頭を冷やそうとした。怒りに我を忘れ、後部座
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第12話

宗介は夢の悲しみを振り払い、激しく痛む胃を押さえることもなく、よろめきながら寝室に駆け込んだ。シーツには、目を背けたくなるほど暗赤色の血が広がっていた。朋花はベッドの上で体を丸め、全身を震わせていた。恐怖に濡れた涙を流しながら、両手で腹をきつく押さえていた。胸が強く締めつけられた。宗介は一瞬もためらわず、朋花をそっと抱き上げ、急いでマンションを飛び出した。足をもつれさせながら、朋花を助手席に乗せた。ドアを閉める指まで震えていた。アクセルを踏み込むと、車は弾かれたように走り出した。深夜の道は車が少なかった。宗介の頭にあるのは、朋花のお腹の子の無事だけだった。交通信号を無視し、何度も赤信号を突っ切り、背後では急ブレーキの音やクラクションが絶え間なく鳴った。狭い車内で、朋花はしゃくり上げながら泣き続けた。途切れ途切れの恨み言が、何度も宗介の耳に入った。「全部、千景さんのせいよ!あの人が動画で何もかも暴露しなければ、ネット中から責められることもなかった。私がこんなに取り乱すことも、赤ちゃんに何か起きることもなかったのに……全部あの人が悪いの。私と赤ちゃんが幸せになるのが許せなくて、わざと傷つけようとしてる!」朋花は口を開けば、千景を責めてばかりだった。宗介の中では、ここ数日積み重なった苛立ちが限界に近づいていた。聞いているだけで疲れ切り、こめかみが脈打った。一瞬だけ横を向き、感情を抑えた低い声で言った。「もうそのことは考えるな。今は気持ちを落ち着かせることがいちばん大事だ。心配するな。大丈夫だ。俺がいる」宗介は少し語気を強め、朋花をなんとか落ち着かせようとした。アクセルを緩めることなく、一刻も早く市立総合医療センターへ向かった。車を止めると朋花を抱いて救急外来に駆け込み、医療スタッフを大声で呼んだ。慌ただしく受付を済ませ、必要事項を記入するあいだも手元は定まらず、手のひらには冷たい汗が滲んだ。看護師がストレッチャーを押して駆けつけ、朋花の状態を素早く確認した。そのまま手術室に運び込んだ。重い扉が閉まり、中の様子は完全に見えなくなった。宗介は力が抜けたように、廊下の椅子に崩れ落ちた。自分の手のひらを見下ろすと、指の間から手首まで、まだ温かい血がべったりとついていた。鮮やかな赤が目に刺さった。その血を見た瞬間、何年も前
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第13話

宗介は胸に込み上げる鈍い痛みを必死に押し殺し、壁に背を預けた。指先が白くなるほど拳を握り、先ほど電話でスクープの話をしていた男が個室から出てくるのを、黙って待ち構えた。ほどなくして、隣の個室の扉が静かに開いた。出口を塞ぐように立つ宗介の険しい顔を見た途端、男は足を止めた。目に動揺が走り、とっさに身をかわして逃げようとした。「待て」宗介の低い声が男の足を止めた。全身から押し殺した怒気がにじみ、誰も近寄れそうになかった。週刊誌記者は内心怯えながらも、平静を装った。「鷹取社長、何のことでしょう。私はトイレに来ただけです」「さっき電話で話していたスクープだ。朋花のお腹の子に関する証拠を出せ」宗介は男を鋭く見据えた。その口調に交渉の余地はなかった。記者はなおも口を閉ざし、視線を泳がせながら、どうにかその場を離れようとした。宗介は込み上げる感情を抑え、わずかに声を和らげて条件を出した。「証拠をすべて渡せ。今回のスクープを見送り、今後いっさい口外しないと約束するなら、それに見合うだけの額を払う」多額の報酬を前に、記者はしばらく迷った。だが結局は誘惑に勝てず、周囲に人がいないことを確かめると、バッグから書類の束とUSBメモリを取り出し、宗介に渡した。宗介は震える手で受け取り、冷たい壁にもたれたまま、一枚ずつ目を通した。そこには、鮮明な隠し撮り写真が何枚もあった。数か月前、朋花が人目を避け、見知らぬ男と郊外のホテルに入る姿。二人の距離は、ただの知人とは思えないほど近かった。妊婦健診のたびに撮られた写真にも、診察を待つ朋花の隣にいたのは宗介ではなく、同じ男だった。USBメモリには、隠し撮りされた動画と音声が保存されていた。画面の中で、朋花は男の肩にもたれ、打算に満ちた声で話していた。「もうお腹も目立ってきたから、これ以上会いに来ないで。宗介に気づかれたら困るの。無事に生まれれば、みんな宗介の子だと思う。あなたにはお金を渡すから、もう二度と私の前に現れないで」宗介は画面の中の朋花を見つめ、呆然と立ち尽くした。激しい怒りが湧くと思っていた。だが胸に残ったのは、異様なほどの静けさだけだった。証拠をすべてしまうと、宗介は手術室前の長椅子に戻った。手術中を示す赤いランプが、青ざめた顔を照らしていた。行き交う医療スタッ
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第14話

飛行機は幾重もの雲を抜け、南の海辺にある小さな街の空港へ静かに降り立った。到着ロビーの人波から少し離れた場所で、背の高い痩身の男が待っていた。大学時代、千景や宗介とともにデザインを学んだ同級生、芦原理人(あしはら りひと)だった。当時、千景の才能を誰よりも惜しみ、海外留学を強く勧めたのが理人だった。大学4年の時、海外のデザインスクールから学費全額免除の合格通知が届き、周囲は皆、千景にこの機会を逃すなと勧めた。中でも理人は、彼女ほどの才能をこの街だけに埋もれさせるのは惜しい、海外に出ればもっと可能性が広がるはずだと、誰よりも彼女の将来を気にかけていた。だが当時の千景は、起業を決めたばかりの宗介しか見えていなかった。迷うことなく留学を断った。数年ぶりに再会した今、千景の心はあの頃とはまるで違っていた。華奢な姿を見つけた理人は足早に近づき、小さなキャリーケースを受け取った。穏やかな笑みを浮かべ、冗談めかして言った。「久しぶり。あの頃は何度説得しても、海外へ行く気にならなかったのに。ようやく、君を縛っていた街を離れる決心がついたんだな」千景もかすかに笑った。かつての苦しさはもう目になく、穏やかな静けさだけが残っていた。「うん。やっと決心がついた」千景はハンドバッグから封をした書類袋を取り出し、理人に渡した。中には弁護士がまとめた権利関係の書類がすべて入っていた。「ブランドを立ち上げた頃から私が一人で描いてきたデザイン画、意匠権、それに著作権の分割協議書も全部ここにある。これからは、これらのデザインをもとに、あなたと一緒に事業を進めていく。宗介とはもう何の関係もない」理人は書類を受け取ると、慎重にバッグへ収めた。それから、あらかじめ話し合っていた全国ジュエリーデザイン大賞について切り出した。「コンテストは今月下旬だ。あまり時間はない。ホテルに落ち着いたら、時間を作って応募作品の細部まで詰めよう」「分かった」千景は迷わずうなずいた。理人の車で、予約していた海辺のホテルへ向かった。建物はそれほど高くないが、窓を開ければ果てしない海が見渡せた。爽やかな潮の香りが部屋を満たしていた。理人を見送ると、広い部屋に残ったのは千景一人だけになった。千景は大きな窓のそばにしゃがみ、キャリーケースを開いて、服をゆっくりと
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第15話

窓の外では潮が満ち引きし、朝の光がレースカーテンを通して部屋に差し込んでいた。千景は自然に目が覚めるまでゆっくり眠った。長く蓄積していた疲れも、かなり取れていた。簡単に身支度を整えると、理人が時間どおりに朝食を持ってきた。二人は手早く食事を済ませ、長いテーブルを挟んで座った。図面と画材をテーブルから床いっぱいに広げ、応募するジュエリーシリーズの方向性を本格的に詰め始めた。理人が最初に見せたラフスケッチは、山と海の自然をモチーフにしていた。線は大胆で伸びやかで、従来のジュエリーが持つ優美さの枠に収まらないものだった。千景は黙って話を聞き終えると、木炭を手に取り、わずか数本の線で人の温もりを感じさせる柔らかなニュアンスを加えた。意見を交わすたび、二人の発想はぶつかり、溶け合っていった。千景が描く繊細で物語性のある線を見て、理人は感嘆を隠せなかった。離れていた数年間、千景は結婚生活と悲しみに縛られ、才能を人前に見せることはほとんどなかった。それでも、自由に描ける余地さえあれば、生まれ持った感性は今も鮮やかに輝いた。一つ一つの細部に、誰にも真似のできない、見る者の心に寄り添う力が宿っていた。千景もまた、理人から大きな刺激を受けていた。理人は長年、海外を拠点に研鑽を積み、数多くの最先端のデザイン思想に触れてきた。その視点が、鷹取ホールディングスの商業的な枠組みに閉じ込められ、凝り固まっていた千景の発想を解きほぐしていった。宗介のそばにいた頃は、どのデザインも売れ行きと利益を最優先し、美しさや初心を削らなければならなかった。だが、理人の発想は自由で、異なる価値観にも柔軟だった。芸術性を追求しながらも、身につける人の気持ちに寄り添う温かさを忘れない。その考え方に触れるうち、凝り固まっていた千景の視野も、少しずつ広がっていった。千景は、自分の現状をはっきりと自覚した。結婚生活に縛られていた数年間、千景は悲しみと後悔に囚われ、家のことと会社から与えられる仕事だけに追われていた。いつの間にか視野も狭まり、めまぐるしく変化する業界の流れから、すっかり取り残されていた。千景の表情がふっと曇ったのを見て、理人は画筆を握るその手に、そっと自分の手を重ねた。「今さら焦る必要はない。君の基礎も感性も、何一つ失われていない。
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第16話

何日も朝から晩まで一緒にデザインを磨くうち、千景と理人は、言葉にしなくても通じ合えるほど息が合うようになっていた。二人は何十回も図面を描き直し、互いの不足を補いながら細部まで検討した。妥協も迷いも一つずつ削ぎ落とし、応募するジュエリーシリーズ『海を越えて』を完成させた。シリーズを貫くモチーフは、波と一艘の舟、そして流れ星だった。そこには、過去を抱えたままでも前へ進もうとする千景の姿が重ねられていた。亡き息子への静かな思い。縛られていたものから抜け出し、広い世界へ踏み出していく感覚。千景はそれらを一つひとつジュエリーに落とし込み、自分にしか作れないシリーズへと仕上げていった。鷹取ホールディングスにいた頃のように、市場受けや利益を最優先にする必要は、もうなかった。コンテスト前日、会場の設営が終わり、すべての応募作品が厳重に保管された。千景はテーブルに座り、無意識に筆の軸を指でなぞっていた。胸の奥には、隠しきれない緊張があった。宗介のもとを離れてから、独立したデザイナーとして全国規模の舞台に立つのは初めてだった。自分の力を証明するだけでなく、新しいブランドを立ち上げる第一歩でもある。成否がここで決まると思うと、幾重もの重圧に心が乱れた。理人はすぐに不安を見抜いた。テーブルの図面をすべて片づけ、穏やかに言った。「もうデザインのことは考えなくていい。何か食べに行こう。今夜はゆっくり休んで、明日に備えたほうがいい」理人の車で向かったのは、古い町並みの奥にひっそりと佇む小料理屋だった。店は小さく、落ち着いた内装で、昔ながらの甘味と家庭料理を出していた。二人は窓際の席に座った。理人はメニューを千景に渡し、好きなものを選ぶよう促した。ページをめくっていた千景の目が、ある一品で止まった。白玉ぜんざい。見慣れた名が胸を強くつかんだ。指がわずかに止まり、厨房から漂う甘い香りに目を向けると、封じ込めていた記憶が抑えようもなく込み上げた。起業して最も苦しかった頃、仕事場は資金不足に陥り、注文もほとんどなかった。千景は重要なデザインを仕上げるために3晩続けて徹夜し、何度も一から描き直しながら、不安と自己否定に沈んでいた。宗介はなけなしの金を握り、何軒も店を回って温かな白玉ぜんざいを買ってきた。息を吹きかけて冷まし、一口ず
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第17話

オークションは市の中心部にあるコンベンションホールで開かれ、華やかに着飾った業界の著名人が一堂に会していた。千景は飾り気のない淡い色のワンピースをまとい、理人と並んで客席に座った。テーブルには、出品作をまとめたカタログが置かれていた。壇上では、ジュエリー作品が次々に披露された。ベテランデザイナーによる重厚な伝統技法の作品もあれば、駆け出しの若手が生み出した作品もあった。千景はカタログをめくり、若いデザイナーの作品に目を留めた。業界の中心から1年以上離れていたこともあり、デザインの世界は今もまだ、古い価値観に縛られているのではないかと思いかけていた。けれど、実際に作品を目にすると、若い世代の発想は驚くほど鮮やかで大胆だった。さまざまな芸術表現を自由に取り入れながら、それぞれに強い個性がある。千景はいつの間にか、時間を忘れて見入っていた。オークションが半ばを過ぎても、隣の理人は一度も番号札を上げなかった。千景は横を向き、不思議そうに尋ねた。「面白い作品がいくつもあるのに、コレクションに加えたいものはないの?」理人はかすかに笑い、率直に答えた。「いろいろなデザインを見るのは好きだが、収集するつもりはない。今日は『海を越えて』が出るまで、君と一緒に待つために来たんだ」千景は納得してうなずき、再び壇上へ視線を戻した。最後を飾る作品の登場を静かに待った。数十点のジュエリーが次々と落札されると、司会者は声を張り、最後の作品を紹介した。金賞を受賞した千景の『海を越えて』、全作品のセットだった。ショーケースに光が集まった。波をかたどった銀細工には、小粒のアクアマリンが散りばめられていた。物語性と技術的な美しさを兼ね備えた作品は、瞬く間に会場中の視線を集めた。開始価格が告げられると、客席のあちこちで札が上がった。価格はみるみる上がり、千景が事前に見積もっていた額を大きく超えていった。千景は驚いて目を見開き、理人と顔を見合わせた。二人の顔には同時に、ほっとしたような笑みが浮かんだ。これほど市場から評価されたことは、鷹取ホールディングスを離れたあとに築いた千景自身の作風が、本当に人の目に届いた証だった。価格はなおも上がった。入札の勢いがようやく弱まり始めた時、後方から聞き慣れた低い男の声が響いた。提示された額は
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第18話

『海を越えて』の落札が決まると、千景と理人は休む間もなく、独立したジュエリーブランドの準備を進めた。会社設立の手続き、工房との調整、実店舗の候補地選び、新シリーズの制作。二人は毎日、工房とオフィスを行き来し、昼夜を問わず働いた。半月以上、ホテルには一度も戻らなかった。忙しい日々の末、新シリーズの初稿がようやく揃い、仕入れと製造の体制も整った。久しぶりに丸1日の休みが取れた。千景は全身の疲れを引きずり、一人でタクシーに乗って、滞在しているホテルに戻った。ロビーに入ると、フロントスタッフがすぐに歩み寄り、困った顔で呼び止めた。「三枝様、お疲れのところ申し訳ございません。このところ、鷹取様という男性がほぼ毎日いらして、さまざまなプレゼントを置いていかれます。保管室には入りきらず、空いている客室を一室、保管用に使っている状態です。私どもも、どう扱えばよいか分からず困っております」千景は足を止め、目に苛立ちを浮かべたまま、その場で固まった。宗介がここまで執着するとは思ってもいなかった。オークションで高値をつけただけでは足りず、毎日のようにプレゼントを持ってきていたのだ。千景が黙っていると、スタッフは急いで案内し、脇にある空室の扉を開いた。室内には高価な品が所狭しと並んでいた。精巧なジュエリーボックス、限定版の画集、高級オーダーメイド服、収集家向けの原石が詰まった箱。さまざまな包みが部屋を埋め尽くし、目を見張るほどだった。千景は、ただ呆れるしかなかった。スタッフに向き直り、静かに詫びた。「ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません。次に鷹取様が何か持ってきても、受け取らずにすべてそのまま返してください。相手の肩書きに配慮する必要はありません」スタッフは壁の時計に目をやり、さらに困った表情を見せた。「恐れ入りますが、ご本人からお伝えいただいたほうがよろしいかもしれません。いつもの時間ですと、鷹取様はそろそろいらっしゃいます。こちらでも何度か遠回しにお断りしたのですが、どうしても置いていかれるため、止められませんでした」スタッフが言い終えるのとほぼ同時に、千景はその場を離れようと振り返った。だが背中が、温かく硬い胸にぶつかった。反射的に少し前へ出て距離を取り、振り向くと、疲れの滲んだ宗介の暗い目とぶつかった
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第19話

千景が口を開き、再婚の申し出を断ろうとした瞬間、宗介は慌てて手を上げ、言葉を遮った。声には取り乱した懇願が滲んでいた。「すぐに断らないでくれ。今日持ってきたプレゼントを開けて、中を見てから決めてくれないか」千景は動きを止めた。宗介の目に隠しきれない焦りを見つけ、しばらく黙ったあと、差し出された精巧な木箱を受け取った。表面は滑らかに磨かれ、かつて宗介が自ら注文して作らせたものと同じ形だった。千景が指先で蓋を開け、中に目を落とした瞬間、全身が固まった。箱には、100枚の仲直り券がきれいに並べられていた。紙は真新しく、文字や絵のインクもまだ新しかった。宗介があとから一枚ずつ描き直したものだった。恋人だった頃に作った、端が黄ばみ、破れていた券とは違う。新しい券には、一枚残らず同じ言葉が書かれていた。宗介は仲直り券を見つめながら、胸に長く溜め込んでいた思いを掠れた声で語った。「あの頃、どんなにひどい喧嘩をしても、もう駄目だと思うくらいすれ違っても、この券を一枚出したら、それ以上は争わずに仲直りするって約束しただろ。千景、俺は本当に後悔してる。10年も一緒にいたのに、終わらせようと思えば簡単に終われるんだって、どこかで思ってた。この1年、お前は財産分与の話を何度も持ち出して、離婚を急いでいた。周りは、俺がそれにうんざりしてると思ってた。でも本当は違った。話し合いが続くたびに、まだ完全には終わってないんだって、どこかでほっとしてた。離婚して楽になりたかったのか、それとも、お前がいつか考え直してくれるのを待ってたのか、自分でも分からなかった。でも、全部知った今なら分かる。俺はずっと、お前を手放したくなかった。千景。もう一度だけ、やり直すチャンスをくれないか」千景は、箱いっぱいの新しい仲直り券を見下ろした。過去の光景が、抑えようもなく込み上げた。宗介と朋花の関係を知ったあの日、千景は古い仲直り券を箱いっぱい抱え、泣きながら別れないでほしいと縋った。だが宗介は、冷酷にも箱を手で払い落とした。愛し合っている間しか価値のない物だと、言い切った。今になって100枚を作り直し、紙切れだけで傷のすべてを消そうとする。その愚かさが、千景には滑稽だった。短い沈黙のあと、千景は手首を軽く返し、木箱を逆さにした。100枚もの真新しい
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第20話

ホテルから追い出されても、宗介が諦めることはなかった。後悔と未練はますます募っていった。10年前、千景の心をつかんだ頃と同じことを一つずつやり直していけば、いつかまた自分を受け入れてくれる。宗介は、そう思い込んでいた。宗介は物置を隅々まで探し、10年前の日記を見つけ出した。千景が喜んだ出来事を一つずつ書き留めた記録を読み返し、当時の行動を一つずつ再現した。毎日、千景のスタジオが入る建物の前で帰りを待った。10年前、大学卒業を控えた頃。千景はコンテスト用のデザイン画を仕上げるために徹夜し、食事の時間もばらばらだった。宗介は半月分の生活費を切り詰め、毎朝5時に起きた。弱火で小豆を煮込み、白玉を丸め、ほどよく冷ましてから、保温容器に入れてアトリエの前まで届けた。今の宗介は会社の仕事をすべて脇に置き、毎日夜明け前からキッチンにこもった。甘さを何度も調整し、当時と同じ配合で作った白玉ぜんざいを、同じベージュ色の保温容器に詰めた。そしてスタジオの入口で、千景が現れるのを待った。千景が理人と一緒に建物を出ると、宗介はすぐに歩み寄り、保温容器を差し出した。表情には、おずおずとした期待が浮かんでいた。「10年前とまったく同じ味だ。一口だけでも食べてくれないか」千景は目も上げず、宗介の脇をまっすぐ通り過ぎた。隣のアシスタントに淡々と告げた。「気にしなくていい。このまま行きましょう」温かな甘い香りが流れてきても、千景は少しも足を止めなかった。保温容器を抱えて立つ男は、まるで何の関係もない通行人だった。宗介はその場に取り残された。起業したばかりの頃、二人は狭い部屋で暮らし、プレゼントを買う余裕もなかった。宗介は毎晩、千景が眠ったあとに机に向かい、絵を描いた。デザイン画に向かう姿、うつむいて麺を食べる姿、傘を差しながら雨に濡れる姿。そうした千景の姿を100枚描きため、一冊のイラスト集に綴じてプレゼントした。その後、宗介は会食をすべて断り、夜になると人気のない部屋で一人、当時の絵柄を一枚ずつ描き直した。十数日、夜を徹して仕上げた分厚いイラスト集を、千景に差し出した。「ここにあるのは、全部、昔の俺たちの日常だ。何一つ忘れていない」千景は一ページも開かず、イラスト集をスタジオの受付に置いた。「過去の物を残すつもりはない
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