All Chapters of 『身分を隠して大学デビューした内親王ですが、普通の恋が難しすぎます!』: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話 履修登録は恋愛より難しい?

第11話 履修登録は恋愛より難しい? 大学へ入ってからというもの、結月の毎日は驚くほど速く過ぎていた。 朝起きれば大学へ向かい、講義を受け、美月と話し、ときどき高瀬湊と言い合いをし、宮邸へ戻ればその日の出来事を思い返す。 入学前までの結月の日常には、もっと明確な区切りがあった。 予定表に従って動き、公務を終えれば次の予定へ移る。その一つ一つには開始時間と終了時間があり、同行者も移動手段も決められている。 大学は違った。 講義と講義の間に何が起きるか分からない。 人と話しているうちに予定より時間が過ぎることもある。 美月から突然「このあと購買見に行かない?」と誘われることもあるし、湊から意味のないメッセージが届き、それに返しているうちに数分が消えることもある。 結月は、その「予定外」をかなり気に入り始めていた。 ただし。 予定外を楽しむためには、予定そのものに余白が必要なのだという、ごく基本的な事実にはまだ気づいていなかった。     ◇「だから、これは無理だって」 昼休み。 共通図書館二階のラウンジで、高瀬湊は結月のスマートフォンを見ながら、もう三度目になる言葉を口にした。「どうしてですか」「どうしてって、この時間割見て自分で何とも思わない?」「大変有意義だと思います」「そうじゃない」「では何でしょう」 湊が深いため息をつく。 テーブルを挟んだ向かい側で、結月は背筋を伸ばして座っていた。 画面には、今週中に確定させる必要がある履修登録の一覧が表示されている。 月曜から金曜。 朝一番の講義から夕方まで。 見事なほど予定が詰まっていた。
last updateLast Updated : 2026-09-19
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第12話 人生初、男子大学生と二人きりの昼食

第12話 人生初、男子大学生と二人きりの昼食 金曜日の朝、結月はいつもより十二分早く目を覚ました。 理由は分かっている。 今日の昼、高瀬湊と二人で食事をする。 ただそれだけだ。 場所は大学の学食。 予約している店でもなければ、夜景の見えるレストランでもない。周囲には大勢の学生がいるし、食事が終わればそれぞれ午後の予定へ戻る。 どう考えてもデートではない。「ですから、問題ありません」 ベッドの上で自分自身へ言い聞かせた。 誰も反論していない。 それなのに、なぜ説得が必要なのだろう。 結月は布団から抜け出し、大学用の服を選ぶ。 最初に手に取ったのは淡い桃色のブラウスだった。 数秒眺める。 戻した。「少し意識しているように見えるかもしれません」 次は白。 これも戻す。 コーヒー事件の記憶が蘇ったからである。 薄い水色。「……これなら普通ですね」 何を基準に普通と判断しているのか、自分でもよく分からない。 さらに鏡の前で髪を整える。 いつもより少しだけ時間をかけてしまった。 その事実に気づくと、自分へ腹が立った。「ただの昼食です」 もう一度言う。 その背後から。「何が?」 声がした。「きゃっ」 振り返る。 弟の直希が、半開きになった扉のところから顔を出していた。「直希!」「ノックしたよ」
last updateLast Updated : 2026-09-20
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第13話 五百円のランチと、知らなかった幸せ

第13話 五百円のランチと、知らなかった幸せ 高瀬湊と初めて二人だけで昼食を取った翌週、結月には一つの小さな変化が起きていた。 財布の中身を、以前より気にするようになったのである。 大学生活用に渡された茶色い財布には、必要以上の現金を入れないよう決められている。それでも結月自身が日々の支出を細かく気にする必要は、本来それほどなかった。 大学で必要になる交通費や教材費は別途管理されているし、昼食代や日用品についても不足しないよう調整されている。 けれど。 五百二十円。 先週、高瀬湊と一緒に食べた定食の値段が、なぜか頭から離れなかった。 五百二十円払えば、温かいご飯があり、味噌汁があり、鶏肉のおかずがあり、小鉢までつく。 結月にとって、食事はこれまで「いくらなのか」を考える対象ではなかった。 宮邸では食事が用意される。 公式行事なら主催者側が準備する。 外食する機会があっても、会計を自分ですることなどほとんどない。 つまり十九年間。 毎日食べてきたものに、当然値段があることは分かっていた。 でも。 その金額が自分の生活と結びついていなかった。「五百二十円……」 大学へ向かう電車の中。 結月はスマートフォンのメモ画面を見ながら、また呟いた。 向かいに座っていた年配の女性が、ちらりとこちらを見る。 結月はすぐ口を閉じた。 最近、独り言の多さを本気で改善しなければならないと思っている。 画面には、自分で作った簡単な記録があった。『月曜日 昼食四百八十円』『火曜日 昼食五百五十円』『水曜日 飲み物百六十円』
last updateLast Updated : 2026-09-21
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第14話 創作文化研究会へようこそ

第14話 創作文化研究会へようこそ 結月には、大学へ入るまで知らなかったことがたくさんある。 セルフレジの使い方。 電車の乗り換え。 学食の席は遠慮していると本当になくなること。 大学生は講義と講義の間に、思っていた以上に自由な時間を持っていること。 五百円という金額が、温かい昼食一回分とほぼ同じであること。 そしてもう一つ。 好きなものについて話す人間は、ときどき初対面から驚くほど仲良くなれる。 これも結月にとっては、大きな発見だった。「水瀬さん、本当に入ってくれるの?」「はい。ぜひお願いしたいです」 放課後。 旧学生会館三階、創作文化研究会の部室で、結月は部長の藤沢真帆から入会届を受け取っていた。 前回の見学から数日。 一晩考える必要など、本当はなかった。 結月の心は、初日にほぼ決まっていた。 漫画。 ライトノベル。 映画。 ゲーム。 物語。 ここでは、それらを好きだと言っても誰も驚かない。 むしろ、もっと話せと言われる。 結月にとって、それは少し信じられないほど自由な場所だった。「美月ちゃんも入るのですよね?」「私はそのつもり。映画も漫画も好きだし」 隣で美月が入会届を書いている。「じゃあ一年生二人追加だね。嬉しいなあ」 真帆が笑う。 二十二歳の三年生。 丸眼鏡に肩のあたりまで伸ばした黒髪。普段は穏やかだが、作品の話になると急に話が長くなる。 結月はすでに、この人をかなり好きになり始めていた
last updateLast Updated : 2026-09-22
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第15話 推しの話だけは止まりません

第15話 推しの話だけは止まりません 結月には、自分は比較的、感情を制御できる人間だという自負があった。 幼い頃から公の場へ出る機会が多かったのだから、それは当然と言えば当然だった。 嬉しいからといって、その場で飛び跳ねることはない。 腹が立ったからといって、あからさまに顔へ出すこともない。 疲れていても、人前では背筋を伸ばす。 予想外の質問を受けても、すぐに表情を崩さない。 少なくとも。 大学へ入るまでは、そう思っていた。「違います。その展開だと、彼がここまで二年間抱えてきた感情が、たった一回のすれ違いで全部なかったことになってしまうではありませんか」 放課後。 創作文化研究会の部室。 結月は机を挟んだ向こうにいる相原直人へ、かなり真剣な顔で訴えていた。「いや、だからさ」 直人も負けていない。「物語としては一回離れたほうが盛り上がるんだって。そこで別のヒロイン候補と距離が近づいて、主人公が自分の気持ちに気づく」「気づくために別の方を利用する必要はありません」「利用って言い方する?」「結果的にはそうなります。二人の恋愛を進めるためだけに第三者へ期待を持たせるのであれば、その人物にとってはたまったものではありません」「でもラブコメってそういうのあるじゃん」「あることと、私が好きかどうかは別問題です」 結月は一歩も引かなかった。 周囲の部員たちは、もう議論へ参加するというより見物する側に回っていた。 美月など、完全に楽しんでいる。「結衣ちゃん、今日も飛ばしてるね」「大切なところです」「架空の作品の架空のプロットだけどね」
last updateLast Updated : 2026-09-23
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第16話 大学生ならアルバイトをしてみたい

第16話 大学生ならアルバイトをしてみたい「五百円の昼食?」 父・雅久の書斎に、低い声が響いた。「はい」「アルバイトの話ではなかったのか」「その話です」「私には、五百円の昼食とアルバイトがどうつながるのか分からない」「ですから、そこから説明します」 結月は父の机を挟んだ向かいへ座った。 大学へ通いたいと願い出たときも、この部屋だった。 あの夜は自分の心臓の音が聞こえるほど緊張していた。 今日は少し違う。 緊張はしている。 けれど大学へ通い始めたこの数週間で、父へ何かを願うことにも以前より慣れてしまったらしい。 それがよい変化なのか、父にとっては迷惑な変化なのかは分からない。「大学の学食では、五百円前後で昼食をいただけます」「それは先ほど聞いた」「私は最初、それがどの程度の金額なのか実感できませんでした」「五百円は五百円だろう」「数字としてはそうです」 結月は少しだけ笑った。「でも、お父様。五百円を稼ぐには、普通はどのくらい働く必要がありますか」 雅久が止まった。「……急に難しい質問をするな」「難しいですか?」「仕事内容による」「たとえば大学生のアルバイトなら」「それは」 父は答えようとして、少し考え込んだ。 結月は気づいた。 おそらく父も、自分とそれほど変わらない。 五百円が昼食一回分であることは分かる。 だが、それを得るために何分働くかという感覚は、日常の中にはないの
last updateLast Updated : 2026-09-24
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第17話 高瀬家の喫茶店は、思っていたよりずっと普通でした

第17話 高瀬家の喫茶店は、思っていたよりずっと普通でした 土曜日の正午過ぎ、結月は一軒の喫茶店を前にして、入学式の日より少しだけ緊張していた。 大学から歩いて十五分ほど。 駅前の大通りを一本外れ、昔ながらの個人商店と新しい飲食店が混在する商店街の一角に、その店はあった。 大きな店ではない。 少し色の褪せた木製の看板。 広いガラス窓。 入口脇には、小さな黒板が立てられている。『本日のランチ 煮込みハンバーグ 九百円』 その下には、少し丸みのある文字で、『自家製プリンあります』 と書かれていた。「……九百円」 結月が小さく呟く。 以前なら、それで終わっていた。 今は違う。 時給千円を少し超える程度なら、一時間近く働いた金額。 もちろん材料費や店の経費があるから、九百円すべてが誰かの収入になるわけではない。 そういうことまで考えるようになった。「結衣ちゃん」 隣から美月が言った。「また値段見て考えてる?」「分かります?」「最近すぐ分かる」「成長しているつもりなのですが」「別方向にね」 美月は楽しそうに笑った。 今日の結月は、大学へ行くときより少し落ち着いた服装をしていた。薄いクリーム色のブラウスに濃紺のスカート。髪も普段通りにまとめている。 面接ではない。 高瀬湊の母親と話をするだけ。 だから特別な服装は必要ない。 そう言われた。 それでも昨夜、結月は服を三回選び直した。
last updateLast Updated : 2026-09-25
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第18話 「うちで働いてみる?」と言われました

第18話 「うちで働いてみる?」と言われました それから三日後。 結月は、大学の講義が終わったあと、再び高瀬家の喫茶店を訪れていた。 今度は美月と一緒ではない。 一人である。 正確には、一人に見えるだけで、近くには当然のように警護担当者がいる。それでも、店の扉を自分で開け、中へ入り、誰にも案内されずに席へ向かうだけで、前回より少しこの場所へ馴染めたような気がした。 入口のベルが鳴る。「いらっしゃいませ……って、結衣ちゃん」 カウンターの向こうにいた香織が、すぐ気づいた。「こんにちは」「いらっしゃい。今日は一人?」「はい」「湊なら奥で豆の整理してるわよ」「高瀬さんに会いに来たわけではありません」 結月は反射的に答えた。 香織がにやりとする。「何も言ってないんだけど」「……そうですね」 最近。 美月だけでなく香織にまで同じことをされるようになってきた。「今日は先日の話をもう一度伺いたくて」「バイト?」「はい」「じゃあちょうどいいわ。少し待ってて。今、空いてるから」 夕方前。 ランチと夕方の混雑の間で、店内には客が三組ほどしかいなかった。 結月はいつものように窓際近くの席へ座る。 前回とは違って。 店の中を少し見てみる余裕があった。 カウンター。 客席。 厨房。 入口。 奥の従業員用扉。 黒川たちから
last updateLast Updated : 2026-09-26
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第19話 内親王殿下、人生初のアルバイトです

第19話 内親王殿下、人生初のアルバイトです 結月はこれまで、かなり多くの服を着てきた。 式典に出席するためのドレスもあれば、海外からの賓客を迎えるための落ち着いた装いもある。地方訪問では訪問先や季節に合わせた服装が選ばれ、写真に残ることまで考えて色や形が決められることも珍しくない。 けれど。 そのどれとも違う一枚を前にして、結月は朝からかなり上機嫌だった。「……似合っていますよね?」 宮邸の自室。 姿見の前で、結月は身体を少し横へ向けた。 白いシャツ。 黒いパンツ。 その上から、深い茶色のエプロン。 胸元には、小さな名札。『結衣』 もちろん今日はまだ店へ行く前なので、本来ならエプロンまで自室で着る必要はない。 昨日、高瀬家の喫茶店から受け取ったばかりの制服を「一度確認したい」という理由で着てみただけである。 確認。 あくまで確認だ。「殿下」 少し後ろに立っていた藤崎香澄が言った。「はい」「すでに十五分ほど確認なさっています」「そんなに?」「はい」 結月は時計を見た。 本当だった。「では、そろそろ脱がないと」「そのほうがよろしいかと。勤務開始まで三時間以上ございます」「分かっています」 そう答えながらも、結月はもう一度鏡を見る。「……普通の店員に見えますか?」 藤崎は少し考えた。「エプロンは普通です」「私は?」「非常に
last updateLast Updated : 2026-09-27
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第20話 普通になりたいのに、私は普通ではない

第20話 普通になりたいのに、私は普通ではない 人生初のアルバイトから一夜明けた朝、結月は目を覚ました瞬間、自分の身体に異変が起きていることを悟った。 正確には。 目を覚ましただけでは、まだ分からなかった。 問題は、そのあとである。「……起きましょう」 いつものように掛け布団をめくり、身体を起こそうとした。 腹筋へ力を入れる。 脚を動かす。「……っ」 止まった。 もう一度。 慎重に。 右脚をベッドの外へ出す。「いたっ」 今度は声が出た。 太腿。 ふくらはぎ。 なぜか腰まで。 全身ではない。 しかし、昨日長時間使った部分だけが、こちらへ明確な抗議を申し立てていた。「これは……」 結月はベッドの縁へ腰掛けたまま、真剣に考えた。 怪我だろうか。 昨日、どこかで無理な姿勢を取った覚えはない。 重い物を持ったわけでもない。 皿を運んだ。 歩いた。 立った。 三時間。 それだけ。「三時間……」 もしや。 筋肉痛。 その言葉へ辿り着いたところで、扉がノックされた。「殿下、お目覚めでしょうか」 藤崎である。「起きています」 返事をして。 
last updateLast Updated : 2026-09-28
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