All Chapters of 『身分を隠して大学デビューした内親王ですが、普通の恋が難しすぎます!』: Chapter 21 - Chapter 30

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第21話 内親王殿下、「いらっしゃいませ」が上手くなる

第21話 内親王殿下、「いらっしゃいませ」が上手くなる 二度目のアルバイトを迎えるにあたり、結月は一つだけ自分に誓っていた。 今日は絶対に、「本日はご来店いただき、誠にありがとうございます」 とは言わない。 喫茶店へ向かう電車の中でも、結月は心の中で何度か確認した。「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」 これでいい。 短い。 簡単。 普通。 あまりにも簡単なので、今度こそ間違えようがない。 そう考えている時点で、すでに少し力が入りすぎていることには本人だけが気づいていなかった。     ◇「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」「……」「……」「香織さん」「何?」「なぜ黙るのですか」 勤務開始から十五分。 最初の客を迎えた結月は、前回教えられた通りの言葉を使った。 笑顔。 自然な声。 頭を下げすぎない。 完璧。 少なくとも結月本人は、そう思っていた。 常連らしい年配の男性客も、「はいはい」 とごく普通に窓際の席へ向かった。 問題はない。 それなのに。 カウンターの中で香織が、妙に感慨深そうな顔をしている。「いやあ」「何でしょう」「成長したなと思って」「前回から一週間しか経っていません」「それでもよ。前回の第一声を考えたら」
last updateLast Updated : 2026-09-29
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第22話 放課後のクレープは、ちゃんと甘かった

第22話 放課後のクレープは、ちゃんと甘かった 予定というものは、守るためにある。 結月は、かなり長い間そう思っていた。 何月何日、何時何分。 誰と会い、どこへ移動し、どれくらい滞在し、何時に戻る。 時間はずれないほうがいいし、予定は変更しないほうがいい。 公務では、それが正しい。 予定が変更されれば、移動する人間も、警備も、迎える側も困る。 だから結月は、予定が崩れることを好まなかった。 けれど大学へ入ってから。 一度なくなった予定が、別の日にもう一度やってくることもあるのだと知った。 前回は行けなかった。 だから終わり。 ではない。「結衣ちゃん」 講義終了後。 美月が鞄を肩へ掛けながら言った。「今日は大丈夫なんだよね?」「はい」「本当に?」「昨日のうちに相談しました」「昨日?」「正確には一昨日です」「……クレープ食べるだけで?」 美月は少し呆れたような顔をした。 結月も、今ではその反応が普通なのだと分かっている。「少し事情があるので」「その事情、いつか聞いていい?」 美月が軽く言った。 責める声音ではない。 ただの好奇心。 その程度。 なのに。 結月の胸には、小さく残った。「……いつか」 そう答えた。「話せることなら」 
last updateLast Updated : 2026-09-30
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第23話 写真一枚が怖すぎます

第23話 写真一枚が怖すぎます 翌朝、結月は目覚ましが鳴るより前に目を覚ました。 珍しいことではない。もともと寝起きは悪くないし、公務がある日は朝が早いことも多い。それでも今日に限っては、目が覚めた理由を自分でも分かっていた。 枕元に置いた大学用スマートフォンへ、手を伸ばす。 昨夜、美月とのやり取りはそこで終わっていた。『そんなに写真ダメなんだね』『家が厳しくて。』『そっか』 たったそれだけ。 怒っているわけではない。 責められてもいない。 絵文字一つなかったことに意味があるのか、それとも考えすぎなのか、それすら分からない。 結月は何度目か分からないほど画面を見返し、小さく息を吐いた。「……言い方が悪かったですね」 昨夜の自分は、怖かった。 楽しかった時間の直後だったから、なおさらだ。 美月と撮ったプリクラがSNSへ出る。誰かが見る。誰かが結月内親王に似ていると気づく。検索される。画像を比較される。大学が特定される。 考え始めれば、際限がなかった。 実際には、あの程度に加工された小さな写真一枚で即座に正体が露見するとは限らない。それでも、警備側から写真の扱いについては何度も念を押されている。 だから止めた。 止めるしかなかった。 ただ、その理由を説明できない。 そこが一番苦しかった。「殿下、お目覚めですか?」 扉の外から藤崎の声がした。「はい。起きています」 返事をして、スマートフォンを伏せる。 数秒後、藤崎が入ってきた。「お早いですね」「
last updateLast Updated : 2026-10-01
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第24話 高瀬湊は、結衣の嘘に気づき始める

第24話 高瀬湊は、結衣の嘘に気づき始める 高瀬湊は、自分が他人の事情へそれほど興味を持つ人間ではないと思っていた。 誰がどんな家庭で育ったとか、親が何をしているとか、どうしてその大学へ来たとか、本人が話したいなら聞くが、わざわざこちらから掘り返すほど暇でもない。 人には事情がある。 話したくないこともある。 自分にだってそういうものはある。 だから、放っておけばいい。 そのはずだった。「……いや、でも変なんだよな」 土曜日の夜。 自室のベッドへ寝転がりながら、湊はスマートフォンを持ったまま呟いた。 画面には、水瀬結衣とのトーク画面が残っている。『高瀬さん個人に見られることが嫌なのではありません。』 昨日届いた文章だった。 写真を他人へ見られるのは困る。 だが、自分が見ること自体は嫌ではない。 そんな意味らしい。「これだけ見たら、普通に嬉しいんだけどな」 問題はそこではない。 水瀬結衣。 文学部一年生。 十九歳。 都内出身。 父親は会社員。 母親は専業主婦。 一人っ子。 厳しい家庭。 本人から聞いた情報だけを並べれば、それほど不自然ではない。 かなり過保護な家庭で育った、少し世間知らずな女の子。 それで説明できる。 説明できるはずなのだ。 なのに。 コンビニのセルフレジで戸惑う。 学食の返却口を知らない。 家では食事を「家
last updateLast Updated : 2026-10-02
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第25話 雨の日に、相合傘をしました

第25話 雨の日に、相合傘をしました 翌朝。 結月は、窓の外を見て少しだけ眉を寄せた。 空は明るい。 雲は多いものの、雨が降りそうには見えない。 それでも天気予報では、午後から降水確率が上がると言っていた。「折りたたみ傘をお持ちください」 大学へ出かける準備をしている結月へ、黒川沙耶は当然のように告げた。「分かっています」「昨日も夕方に降りましたので」「今日は持っていきます」「本当に?」「黒川さん」「はい」「私は十九歳です」「存じております」「傘くらい、自分で用意できます」「昨日、大学にお忘れになりかけました」「……持ち帰りました」「高瀬様に言われて気づいたそうですね」「なぜそこまでご存じなのですか」「警護担当ですので」 便利な言葉である。 結月は少し不満そうに鞄を開き、小さな折りたたみ傘を入れた。「これでよいでしょう」「はい」「今日は絶対に忘れません」「そのお言葉を記憶しておきます」「何のために?」「念のためです」 嫌な予感がした。 そして。 こういうときの嫌な予感というものは、なぜかよく当たる。     ◇ 午後三時。 講義棟の窓へ。 最初の雨粒が当たった。「あ」 美月が窓を見る。「降ってきた」
last updateLast Updated : 2026-10-03
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第27話 玲央が大学へ現れました

第27話 玲央が大学へ現れました 前日の雨が嘘のように、翌朝はよく晴れていた。 結月は宮邸の玄関を出る前から、いつもより少しだけ機嫌がよかった。理由など考えるまでもない。昨日、湊から届いた最後のメッセージに「明日会えば、元気なの分かるだろ」と書かれていたからだ。 つまり今日は、高瀬湊が本当に風邪をひいていないか自分の目で確認できる。 ただそれだけの話である。 少なくとも結月は、そういうことにしていた。「殿下、本日は随分とお早いですね」 玄関先で藤崎が言った。「遅刻しないためです」「普段も遅刻されたことはございませんが」「余裕を持つことは大切でしょう」「ええ。それはもちろん」 藤崎はそこで黙り、意味ありげな笑みを浮かべた。 結月は靴を履きながら眉を寄せる。「何ですか」「何も申し上げておりません」「その顔で何も言っていないことにはなりません」「では一つだけ。高瀬様がお元気だとよろしいですね」「……どうしてその話になるのです」「昨日から、それ以外に殿下が朝からご機嫌でいらっしゃる理由が思いつきませんので」 結月は返事をせず、鞄を持った。「行ってまいります」「はい。お気をつけて」 逃げるように玄関を出る。 すると今度は、少し離れたところで待っていた沙耶が腕時計を確認しながら言った。「本日は予定より七分早い出発です」「よいことではありませんか」「理由については伺いません」「誰も聞いてほしいとは言っていません」「では参りましょう」
last updateLast Updated : 2026-10-05
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第28話 完璧な幼なじみと、失礼な先輩

第28話 完璧な幼なじみと、失礼な先輩 御門玲央は、自分が嫉妬しているという事実を、できれば認めたくなかった。 嫉妬という感情そのものが嫌いなわけではない。ただ、自分がそれに振り回されるのが嫌だった。 感情は整理するものだ。 何か問題が起きたなら、原因を確認し、必要な情報を集め、解決策を考える。幼い頃からそうしてきたし、そのほうが失敗は少ない。 結月についても。 ずっと。 そうだった。 彼女が公務の前に緊張していれば、必要な資料を確認した。外国語で困っていれば、先に会話の相手をした。宮邸で息が詰まりそうな顔をしていれば、余計な人間を近づけないよう気を配った。 そういうことなら、いくらでもできる。 問題は。 高瀬湊という男だった。「……何が気に入らないんだ、俺は」 玲央は車の後部座席で、小さく呟いた。 運転手には聞こえない程度の声。 昨日。 大学。 結月。 高瀬湊。 二人が話していた。 それだけ。 それだけなのに。 距離が近かった。 言葉遣いも。 表情も。 結月は、玲央が知っている彼女とは少し違っていた。 昔から美しい。 昔から聡明。 昔から礼儀正しい。 でも。 昨日。 高瀬と話す結月は。 少しだけ。 子供っぽかった。 言い返して。 むっとして。 笑って。
last updateLast Updated : 2026-10-06
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第29話 なぜ高瀬さんに説明したくなるのでしょう

第29話 なぜ高瀬さんに説明したくなるのでしょう 御門玲央は幼なじみである。 それ以上でも、それ以下でもない。 少なくとも。 結月は、ずっとそう思ってきた。 幼い頃から顔を合わせ、同じような式典へ出席し、互いの家族を知っている。結月が泣いていた時期も、反抗期らしいものを迎えかけて結局ほとんど迎えられなかった時期も、玲央はだいたい近くにいた。 それは恋ではない。 家族とは違う。 友人とも少し違う。 あえて言葉にするなら、幼なじみ。 それで十分だった。 それなのに。「……どうして説明しなければならないのでしょう」 翌朝。 大学へ向かう電車の中で、結月は小さく呟いた。 もちろん。 誰にも頼まれていない。 高瀬湊から。『御門ってどういう関係?』 と聞かれたわけでもない。『付き合ってるの?』 とも。 言われていない。 なのに。 昨日。 美月から。『御門さん、結衣ちゃんのこと好きそうでした?』 と振られ。 さらに。『先輩は結衣ちゃんのこと好き?』 まで。 聞かれた。 そこで。 湊は。『分かんない』 と答えた。 その言葉が。 困るほど。 頭から離れない。 嫌いではない。 どうでもよくもない。
last updateLast Updated : 2026-10-07
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第30話 これは恋ではありません、と言い切れなくなりました

第30話 これは恋ではありません、と言い切れなくなりました 翌朝、結月は目を覚ますと、昨夜閉じたはずの紺色のノートをもう一度机の上へ置いた。 昨日、自分で書いた文章が気になって仕方がなかったからである。『高瀬さんも「分からない」』『私も「分からない」』『でも、二人とも相手が他の誰かと付き合うのは少し嫌』 そこまで書いてしまった。 しかも最後には、自分自身で「かなり分かりやすいのでは」とまで考えた。 朝になれば冷静になれるかもしれないと思ったのだが、残念ながら恋愛感情というものは一晩眠った程度では都合よく整理されてくれないらしい。「では、最初から確認しましょう」 誰に言うでもなく、結月は椅子へ座った。 机の上には、紺色のノート。 窓から差し込む朝の光。 そして、これから自分自身へ行う予定の、あまりにも個人的な検証。 公務なら資料の確認は得意だった。事実を並べ、状況を整理し、必要な結論を導く。曖昧な表現を避け、感情と事実を分けて考える。 ならば恋愛も同じように分析できるのではないか。 結月はそう考えた。 この時点で既に少し間違っていた。     ◇ 最初の記録。『昨日ぶつかった男。かなり失礼』 結月はその文章を見て、少し笑った。「これは間違っていませんね」 今でも失礼である。 そこは変わっていない。 さらにその下。『笑った顔は少しだけ悪くない』 結月は眉を寄せた。「……これは」 かなり初期。 まだ知り合って間もない頃。
last updateLast Updated : 2026-10-08
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